0-45 ワンダフル・インフェルヌム
無事に合格したことに対して、盛大に舞い上がった。だが俺の中では、まだ一つの疑問が残ったままだ。それは、どうやってユーサネイコーに降り立ったか、である。
ここに来てから、すでに一ヵ月弱が経とうとしている。けれど、一度たりともキッカケを思い出す節は無かった。
「千道くん。実はですね、君がルージャ山に籠っていた二週間。私はあの忌々しい『国際世界政府』へ行ったのです」
「どうしてです?」
「この世界に住んでいるすべての人の名前と顔を、調べていたのです。目をホットタオルで休ませる毎日でした。十徹は経験済みです」と、茶寓さんは笑顔で話した。
もちろん、他の仕事もこなしていたらしい。もしや、仮面の下には酷い
総団長は、俺の存在証明を探してくれていた。暫定として、俺はこの世界の人ではない。けれど、それはあくまでも『魔力がないから』という理由でしかない。
確固たる証拠は、今までどこにも存在していなかったのだ。
『それで、どうだったんです? 末成 千道は、この世界に存在していましたか?』
「いいえ。千道くんは、やはりこの世界の人間ではありません。そっくりさんも、同姓同名もいませんでした。君は『チキュウ』という惑星から来た、異端な存在です。それこそ、記憶喪失でも無いのでしょう。生身の状態のままここへ来た、と言えます」
「そうですか。けれど、どうやってここまで来たのかは、本当に思い出せないのですよ」と、俺は腕を組んで首を傾げた。
さすがの茶寓さんも、こればっかりは突き止められなかった。『いつか分かるだろう』と諦めようとしたら、望遠鏡から声が聞こえた。
『……千道。手紙を見せてくれませんか』
「手紙ですか? どうぞ」と、テレスコメモリーに向けて紙を広げた。
茶寓さんも、後ろから眺めている。しばらく無言だったが、勇者さんは『ほほう』と呟いた。
『やっぱり。それ、英雄が書いたんですよ。前に彼女は、その手紙を遙か遠くへ飛ばしました。長距離移動して掠れたから、所々は読めねぇんです。ふむ、勝手に千道の言語に変わったようですね。星を越えて通用するなんざ、魔法は凄いですね。それには、一度きりの『転移魔法』が施されています。とても薄れていやがりますが……僅かながら、痕跡がありますよ。ほら、茶寓もよく見やがれください』
「どれどれ……むむむ、たしかに、あの日は本当に気が付きませんでしたが……神経を極限まで尖らせると、ほんの少しだけ見える気が、します……!! あの日、初めてこの手紙を見た時。私が
『まさか、こうなることを予測していたのか? いつだって、規格外なことをしてくれますね、君は』
その瞬間、俺はすべてを思い出した。
幾度となく家出を繰り返していたが、結局は自宅に戻る日々。本当に帰らないと決心したあの日は、酷い大雨だった。雷鳴が鳴り響くのにも関わらず、俺は傘すら持たないで走り続けていた。
近所が見えなくなると、たらたら歩き始めた。夜中にも関わらず、警察が真面目に俺を探しに来る。悪足搔きとして、行ける所までまた走り出した。
疲れ果てた時に着いた地点は、とても細い小道だった。初めて来た場所だったから、すぐに捕まらないと信じていた。
目撃者がいたのか、ガサガサと草が揺れた。新しい発見を今回の収穫ということにして、右膝を立てて自首しようとした。
その時、視界の端に映ったモノに釘付けになった。それは、手紙だった。足元にあるそれは、はたから見ればぐしゃぐしゃで汚い。だがあの日の俺からすれば、黄金の糸と同じくらい価値があった。
『どうかこのまま、遠くに行けたら』
淡い願いを込めた俺は、手を伸ばした。気の迷いかもしれないし、僅かな希望を押し付けようとしたのかもしれない。
「俺たちには想像も出来ねぇくらいの『転移魔法』でも食らったのか?」
「神秘的な力によって、巡り会えた」
依頼人と妖精の言葉によって、俺の内側から何かが突き動かされた。この手紙は、誰かからもらった訳ではない。
紛れもなく、俺が拾ったのだ。
ここに来た瞬間に、見慣れない景色や知らない言語、不気味な怪物を目の当たりにしたからだろうか。ショックを受けた俺は、ずっと地球での最後の出来事を忘れていたのだ。
骨の彼からティッシュをもらった時は、気が付きもしなかった。総団長室で見た時も、疑問しか思い浮かばなかった。
これも運命であり、天命なのか。俺は銀河を越えて、この地獄に来た。
ずっと頭の中に残っていた疑問が、ようやく解消された。心が晴れやかになった俺は、手紙を英雄さんの前に見せた。
「受け取りましたよ、貴女の意志を。俺には、やるべきことが三つあります」
一つ目は、団長たちの魂の解放である。
十二年前の悲劇と二人のことを、すべて思い出してもらう。八人が正気を保っているということは、まだ間に合うという意味だ。完全にナイトメアの手に落ちる前に、真実を掴み取らなければいけない。
二つ目は、テレスコメモリーの完全復活だ。
他の写真を出すには、恐らくだが他の部品が必要なのだろう。集めたら本来の力を取り戻し、勇者さんが出て来れる。必ず、英雄さんの武器を元通りにする。
三つ目は、最終目標でもある。無論、ナイトメアを消滅させる。
奴を消し去ったら、ユーサネイコーからシニミは完全に根絶される。だが今は『精神災害警報』が出るほど、世界各地にシニミが大量発生中だ。
ここ以外の国には、もっと凶悪なシニミがたくさんいるに違いない。MBHのように、人間に成りすましている存在だっているのだろう。
一筋縄ではいかない。挫折する日が来るに違いない。いつか死んでしまう可能性だって、非常に高い。誰にも成し遂げられない試練へ、自ら歩いて行く。ある人から見れば愚者だろうし、また別の人から見れば勇敢だろう。
俺はテレスコメモリーを手に取り、勇者さんと目を合わせた。姿は見えていないが、彼もこちらを見ていると確信していた。これからは、彼と放浪する。
どんな出会いがあるのかは、予想もできない。困難も、苦しみも、希望も、歓喜も、歩き出さないと見つけられない。
写真を見ると、少女が笑っていた。そんな訳が無いのに、口元が動いた気がした。その言葉は、いま語り終えた物語の副題ともなっており、簡単な挨拶にもなっている。
普通に聞けば暗くて、深淵へ突き落とされる。けれど、俺だけが真逆の意味で捉えていた。永遠に宿し続ける決意の魂によってのみ、それは救われている。
魂たちの放浪旅 0 星雲を越えた地獄へようこそ
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