0-44 ソフィスタの真実

 聞けば、テレスコメモリーは英雄さんの武器らしい。またもや、衝撃が脳天に直撃した。ナイトメアとの激闘により、歪な望遠鏡となった。

 他の部品は、奴が持っているのだろう。十二年前は何故か、完全に奪えなかったのだ。言い換えると、今度こそ盗りに来るに違いない。


 勇者さんの名前を聞こうとしたら、脳内にノイズがかかってしまった。何度試しても同じだった。

 茶寓さんに視線を送るが、首を横に振られる。ついに伝説の片割れは舌打ちをしたので、咄嗟に謝罪する。


『別に、千道のせいじゃねぇです。ただ、ナイトメアの『忘却魔法』が強力過ぎるだけです。俺と■■■……あー、英雄の存在を抹消しやがるほどの力ですから。おれの声は、君と茶寓にしか聞こえてねぇですし』


「私の記憶が中途半端で食い違ってしまうのも、そのせいでしょう」と言った茶寓さんは、俺に向き直って頭を下げた。「ごめんなさい。私は噓をついていました。記憶が無くなっていたから、真実だと勘違いしていたのです。私の前の総団長は、英雄さんです。私は二代目・ソフィスタ総団長である、茶寓 娧己です」


 ずっと、オンニさんとの話が妙に食い違っていた。雰囲気が変わったのではなく、そもそも人違いだったのだ。

 妖精が見たことあるのは、始まりのソウルを持っていた少女である。


『食い違った部分って言うのは、逸材のことです。確かに記憶は消されやがりましたが、英雄のおかげで正気は取り戻してますよ。正に、不幸中の幸いって奴ですね。けれど、また洗脳されちまうかも』


「そうですねぇ。今もとても強いので、厄介事にはしたくないです」と、茶寓さんも頷いた。彼も知っているのかと、首を傾げた。


 その瞬間、ソフィスタの構造を説明してもらった夜を思い出した。動画を見ながら、細かく分かりやすく教えてくれた総団長は、こう言っていた。


 現在の国際世界調査団は、の団から成り立っている。


 そんな偶然があるだろうか。しかし、数が一致している。


「まさか、今の団長たちなのですか……?」と、震える声で問い質す。茶寓さんは笑顔になり「ご名答です!」と言い切った。


 大型トラックに轢かれて地面へ落ちる直前に、高級車に激突した気分だ。どうやら本当らしい。

 今の団長たち全員が、十二年前の逸材に選ばれていた。ナイトメアが封印されているから、完全に堕ちていない。


『ちなみに、ソフィスタ自体が誕生したのはです。当時は俺と英雄にだけ、副団長がいました。で、茶寓は俺の副団長でした。でも年が離れているからか、アイツらとは元から関わる機会が少なかったですね』


「そうですね。とはいえ、この写真だけでここまで思い出せましたよ! まぁ、それでも食い違ってしまいましたが」

「茶寓さんのソウルなら、『忘却魔法』の対策ができそうな気がしますが」と言ったら、総団長は徐々に猫背になっていき、ついにはしゃがみ込んだ。


 人差し指で床を弄っている姿は、哀れとしか言いようがない。失礼なことを言ってしまったと、早急に謝り倒す。

 仮面が揺れながら「良いですもん」と言ってくれたが、完全に駄々っ子の声色だった。地雷を踏んでしまったらしい。


『茶寓。君は未だに、そのソウルが好きじゃねぇんですか?』


「もちろんですよ。戦えないんですもん。私のソウルは、自虐も誇張も無しで雑魚です。自分の中にある記憶とか、物の記憶を他人に見せるだけですもん。『忘却魔法』みたいに意図的に忘れさせたり、自分の都合の良いようにいじくるなんて、できないんですもぉん……」


 茶寓さんが総団長になった理由。それは、ナイトメアに挑む直前の英雄さんから、「もしもいなくなったら、君がやってくれ」と、頼まれたからだ。

 決して肩書き通りの強さは持っていないと言われたが、『共通魔法』は誰よりも練習したとも言われた。とても器用なのは、血の滲む努力の賜物だろう。


『なに言っていやがるんです。ソウルも役立つ日が来たじゃねぇですか。写真の記憶を、蘇らせれるでしょう』


「でも、この写真の記憶は読み取れませんでしたよ?」


『俺と英雄を、完全に思い出してねぇからでは? 他の写真の記憶なら、いけるかもしれませんよ。彼女、たくさん撮っていやがったんで。部品が集まったら、テレスコメモリー自体が元に戻る。写真も手に入る。俺も脱出できる。一石三鳥って奴ですよ』


 ナイトメアが復活するまでに、団長たちに二人を思い出させる。茶寓さんより彼らの方が、より詳しいのだから。

 本拠地は、団ごとに別の国にある。加えて仲も悪くなったと、総団長は落ち込んだ。十中八九、元凶のせいだろう。今の関係となるよう、記憶をすり替えているのだ。


『それに『分魂魔法』の魂も殺さないと、この悪夢は終わらねぇです。十二年間に何があったかは、分からねぇですが。あの日から変わっていないなら、本体も含めて十三個に分けられていやがる。封印された本体以外は、この世界のどこかを彷徨っている。もちろん、簡単に見つからねぇ対策をしているでしょうね』


 近年になり、シニミの増加傾向が進んでいる。やはり、復活の時が近づいているのだろう。当日がいつになるかは、誰にも分からない。その日が来た時、確実に仕留められるようにする。


 この戦いは、想像しているよりも遥かに壮大で、困難な謎が絡んでいる。


 ただでさえ異端である俺は、色んな所から敵意を向けられるだろう。加えて、シニミはそこら中に潜んでいて、いつでも襲って来る。


「こんな地獄に、君は降り立った。それでも、立ち向かいますか?」


 これが、最後の二択問題になるだろう。俺はいつだって、迷ってばっかりだった。でも。もうその必要は、どこにも無い。


「この素晴らしい地獄で、生き抜いてみせます」


 茶寓さんを真っ直ぐ見つめて、宣言する。彼は「そう言うと信じていました」と笑い、俺に灰色のカードを渡した。

 いつの間に撮ったのか、俺の顔写真が貼ってあった。硬い素材で出来ているので、簡単には破損しないだろう。


「これは正団員証明書です。もちろん、試験は合格です。これからよろしくお願いします、末成 千道くん」


 右手を差し出された。満面の笑みを浮かべた俺は、総団長と握手を交わす。彼の手は少しだけ冷たいけれど、優しさを感じ取れる。タコ目がゆっくりと微笑んだ。



    末成 千道 ソフィスタ入団試験 合格

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