0-43 ユーサネイコーの伝説

 シニミの始祖である、ナイトメアの正体。それは、太古の魂たちに芽生えていた無数の憎悪が一つにまとまり、この世に具現化した姿である。その驚異的な姿から、御伽噺や作り話にしか出て来ないと語られる。


 だが実際、奴はこの世界に何度も現れている。すべてを支配するまで、完全に消え去ることは無いだろう。


 ユーサネイコーが今日こんにちまで支配されずにいられるのは、奴が封印されているからだ。誰がそうしているのかと言うと、二つの星である。


 一つは、始まりの星。


 一つは、終わりの星。


 ここから生まれ降り立った肉体に宿る魂こそ、ナイトメアに抗する存在となる。生きている内に、幾度となく復活する奴を封じ込めるのが使命である。

 古代より託された二人の人間は、まことに悪夢を封印する。その功績の中には、二人が深淵から信頼出来る、優れた逸材との協力が含まれている。


 そして、この戦いは遥か昔から続けられ……十二年前に、奴は復活した。当時、憎悪の権化に立ち向かったのは十個の魂。


 始まりのソウルを持つ英雄。


 終わりのソウルを持つ勇者。


 二人が心を開いた、八人の逸材。


 古代の文明から生まれた魔道具と共に、復活したナイトメアを再び封印するべく、対抗する。


 だが、奴は狡猾だった。


 八人の逸材の記憶を『忘却魔法』によって抹消させ、自分の駒にしたのだ。それだけではなく、『分魂魔法』も使用した。

 これは、自身の魂を分裂させる魔法である。たとえ本体を叩いても、他のどこかに分裂させた一部が生きている限り、死ななくなる。


 次々と魔道具が破壊され、止める手段が無くなった。ついには、ユーサネイコー中にシニミが蔓延した。

 世界各地の人々を虐殺し、魂を取り込み続ける奴は、本当に世界を我が物にする直前まで来たのだ。


 勇者は行方知れずになり、逸材は全員奈落へ落ちた。世界中が絶望に染まった時。


 立ち向かったのは、一人残された英雄だった。


 孤独になろうが、ナイトメアに対抗した。その結果……ナイトメアは封印されたが、英雄もまた力尽きた。


 いつ復活するかは、誰も知らない。明日かもしれないし、十年後かもしれない。ただ、一つ言えることは。ナイトメアは、まだ生きている。


――――――――


「これがユーサネイコーの伝説と、私が思い出した十二年前の出来事です」


 意識が戻ったと同時に、激しい頭痛に襲われた。手で押さえていると、茶寓さんから水を渡された。一気に半分ほどまで飲み、深呼吸をした。


 今のが、本当の話ならば。ナイトメアは何度も封印はされているが、されていないということだ。


 最後に復活したのが、十二年前。その時も、封印されただけである。今現在も、シニミが蔓延している。つまり、奴はまた世界のどこかで復活するのだ。


「英雄と勇者というのは、この写真のお二人です」と、茶寓さんは指した。


 少女が英雄、少年が勇者と呼ばれていたようだ。想像していた姿と全く違うので、驚きながらも目を輝かせる。


「かっこいい」と思わず零すと、「千道くんもそう思いますか?」と言われた。勢い良く頷いて、何度も二人を見る。


 きっと、誰もが認める強さを持っていたに違いない。ナイトメアは実際、英雄さんによって封印されたのだ。


「勇者さんは、どこへ行ってしまったのでしょうか……」

「そこにいますよ」と、茶寓さんが指した。


 驚いて先を見るが、テレスコメモリーが置いてあるだけだった。さらに周りを見渡すが、どこにも人の気配は感じない。もしかして、冗談を言っているのだろうか。


「ほら、ここですよ! 勇者くん、そろそろ話してもらっても?」


『……を送りつけておいて、おれに頼むとは良い度胸していやがりますね、茶寓』


 どこからか、声が聞こえた。テレスコメモリーを持った茶寓さんは、俺に手渡した。両手で持って見つめていると、再び耳の中へ入って来た。


『千道。信じなくても良いですが、勇者はおれです。訳あって、ここに閉じ込められちまってるんです。今までは難しかったけれど、部品が戻ったので会話ができるようになりやがりましたよ』


 突然の告白に、驚きを通り越して頭がパンクする。茶寓さんが目の前で手を振ってくれるが、まったく反応できなかった。


「おやおや。完全に思考停止していますねぇ」


『お前も驚きやがりましたよね。中途半端に思い出すなんて、有り得ねぇです』


「おぉ、その砕けた敬語の話し方! 本当に勇者くんなのですねぇ。千道くんを見ている内に、テレスコメモリーが脳内によぎったのです。そこから総団長室を漁って見つけ、渡したという訳です」


 茶寓さんとの会話を横で聞いていると、突然思い出した。ここに来てから、何度か夢を見た。その時にいつも、何度も俺に話しかけてくれる存在を。


 勇者さんの声は、正しく夢の中の声と同じなのだ。


 どうやら、俺の夢の中には行き来が出来るらしい。けれど、結局姿は見ることが出来ないと話された。


 ここに来てから、今までずっと。俺の傍にいてくれたのは、彼である。俺に勇気を与えてくれていたのは、十二年前の勇者さんだった。

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