0-42 三つの『禁句魔法』

 夜になっても、俺はベッドの上で安静にしている。最近は、茶寓さんの代わりに医療班の人が来てくれる。『洗濯魔法』で汚れを洗い落としてくれたり、治癒効果があるご飯を持って来てくれる。


 魔法を使った医療も、この世界でしか見れないだろう。おかげで、身体は動かせるようになった。まだ痛む部分は、右の手と目だけである。


 一つ不満を述べる点は、健康を重視した食事はカロリーが低い。運ばれる時間よりも早く、腹の虫が鳴き始める。三人でキャンプした思い出が、すでに懐かしく感じ始めていた。


「育ち盛りですからねぇ。でも、今日の夜ご飯からは元通りですよ!」と、寝転がっている俺と目線を合わせ、笑顔のタコ目が微笑んだ。


 とても近い距離で急に視界に入って来たので、つい大声を出して驚いた。こうして新鮮な反応をするから、つい凝った登場をしたくなると、お茶目な総団長は正直に話した。


 心音を響かせながら起き上がると、彼が夜ご飯を持っていることに気づいた。


 ルージャ山では、野菜やら菌類やらばかり食べていたと、スタンさんから聞いたらしい。山菜ばかりだったので、野菜生活は必然だった。


 差し出されたので、蓋を開けた。鮭が醬油煮込みされており、白米にも染みている。少し焼けた跡が感じられる匂いが、食欲を増加させる。ミツバも散らばっているので、彩りも良い。これは俺の好物である――偶然だが――照り焼き丼である。


 久しぶりに、歯ごたえがある食事をしている。とても美味しい。シャルバナとかチカラノコの煮込みも美味しかったけれど、タンパク質を求めてしまうのは、人間の性なのかもしれない。


 ちなみに、茶寓さんは焼き鳥が好きだと教えてくれた。少しだけ、俺と食の好みが似ていると微笑んだ。串焼きは焼き立てが一番美味しく、塩を振るとさっぱりすると話した。

 そういった肉料理の話をしていると、あっという間に食べ終わってしまった。米を一粒も残さなかったので、とても喜んでくれた。総団長は、食器を大食堂へ返すために『瞬間移動魔法』を使った。


 すぐに戻ってきた彼は、先程までとは打って変わって、真剣な表情をしていた。


「色々落ち着いてきたので、やっと君に話せる準備ができました」

「試験の結果ですか?」

「そうですね。けれど先に、知っておいて欲しいことがあります」と言った茶寓さんは、「何だか懐かしいですね」と言いながら、空中に文字を書き始めた。



『肉体融合魔法』


『忘却魔法』


『分魂魔法』



 この三つは、ユーサネイコーにおける『禁句魔法』である。一つでも使用した瞬間、を言い渡される覚悟をしなければならない。


 名前から見るに、どれもご法度モノだと思わせられる。誰にも教えなければ、する人も減るだろう。しかし――どうやって知ったのかは不明だが――誰かが使うから、後世に使用禁止と教えなければいけない。


 もちろんナイトメアは、すべてを現在進行形でやっている。


『肉体融合魔法』とは、その名の通り二体以上の生物の肉体を、融合させる魔法である。死体をツギハギに合わせて行くらしいが、生きている者同士でも可能である。


 そんなことをしたら、血液が混じってしまうのはもちろん、他人の魔力が流れ込んで来る。この世界の生物は、自分のモノではないと制御が出来ない。

 終いには、自我を失った異形と成り果ててしまうようだ。正に、シニミのことだろう。融合された肉体の数に伴い、魔力量が多くなり知能も発達する。


 そして、一番困難な点もある。すぐにシニミだとバレないように、自ら身体をすることができるようだ。

 魔力を抑制し、この世界に溶け込んでいる。いつでも、人々を襲えるように。なんて狡猾な考えなのだろう。


「この魔法は、MBHにも通ずる部分があります。ルージャ山で発見された、マルカ・ケークラ。本来の姿は、ラック・フェスナ。彼は十年前に魂が絶望へと染まり、自分の肉体を失って彷徨っていた。そこで『肉体改造魔法』をかけられ、他のシニミを取り込み始めた。いわば、彼の魂があの魔法の核となっていたのです。だから、魔法の技能はラックさんのままだった。元に戻ったケースは見つかってない、と話したのを覚えていますか?」

「はい。けれど、なんとなく分かる気がします。が見つかれば、戻るかもしれません」


 俺の意見に、茶寓さんは賛同した。元から、この状態になるケースは極めて稀である。けれど、すでに仮の姿へ変貌している可能性だってある。見つかっていない人は、まだこの世を彷徨っているのだろう。


「でも、マルカとラックさんは、ずいぶんと性格がかけ離れていました。もはや、別人でした」

「恐らく、『忘却魔法』の影響でしょう。この魔法は、特定の記憶を消し去り、別の思い出へとすり替えるのです。傍から見れば矛盾が無いので、かけられた人も無自覚です」


 これも非常に厄介な魔法だ。食らってしまった人も、まさか自分がかかっているとは露にも思っていない。

 茶寓さんは、一枚の写真をテーブルに置いた。テレスコメモリーから出て来た、あの少女と少年が中にいる。


「私は、お二人を忘れてしまっていた。あの悲劇でさえ、何もかも」と呟いた彼は、俺の頭の上に右手を置いた。


 何かを言う前に、そこから光が溢れ出てきた。眩しくなっていくので、必然的に目を閉じた。


「私のソウルは、『記憶』です。最後の説明である『分魂魔法』も兼ねて、今こそ話しましょう。ユーサネイコーの『伝説』を」


 記憶のソウル――― 伝言思想トーク・フォア・インプレス

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