0-40 試験終了
朝焼けが、ルージャ山を照らし始めている。雲が晴れ、澄み切った空気が流れてきた。
これまでの苦しみ全てを忘れてしまいそうなほど、ゼントム国は美しい。
ようやく一件落着したことに安堵し、腕を上げて筋肉を伸ばして地面に倒れ込んだ。もう、指一本も動かせない。それくらい身体を動かし気張っていたのだと、今になって気付いた。オンニさんとスタンさんも、俺の両隣に座った。
「末成さん。俺の依頼を引き受けてくれて、ありがとな。パペ住宅街に、また笑顔が戻るだろうよ。オンニさんにも、色んな所で世話になっちまったな」
「お安い御用じゃよ。これで、この山も危険地帯から外されるだろう。お前さんが救ったんじゃよ、末成くん」
ラックさんは十年の間、この山のシニミを取り込み続けていた。強さで言うと、ランク『5』は超えているに違いなかった。
これからは、パペ住宅街の人たちも自由に登山ができる。ヒノテアをしっかりと持っている依頼人は、とても幸せな笑顔をしている。
景色を眺めていると、スタンさんがソフィスタの本部を見つけた。とても広い土地の中に色んな形をした建物が、コンパクトにまとまっている。
間違いなく、DVCだろう。実際に行くと、広すぎて迷子になってしまう。
ここは島国であると、骨の彼が言っていたのを思い出した。他国はまったく見えなず、地平線が続いている。
相当辺鄙な場所に位置しているのに加え、交通機関も普及していない。飛行機も無いのだから、任務の時に非常に困る気がする。
「箒があるじゃろ」と、オンニさんはケラケラ笑った。しかし、いくら箒でもこの距離はキツイのではと言うと、答えが返って来る。
「ワープポイントで一発ですよ。箒よりもずっと楽な、移動装置です。世界の各地に置いてあります。もちろん、この国にもね」
俺は相槌を打って、後ろに顔を向けた。そして盛大に驚き、座っているのに転んだ。彼はごく自然に溶け込んで、俺たちの会話に参加してきた。
タコ目をしている仮面の大男が、目の前にいた。
「茶寓さん!」
「はい、私です。久しぶりですねぇ、千道くん」と、屈託の無い笑顔を向けられた。二週間ほどしか経っていないのに、とても久しく思い始めた。
ルージャ山を中心とし、ゼントム国が突然にも晴れ渡った。不思議に思った総団長は、他の組織と連絡を取った。
危険地帯が消滅したと判断されたので、『障壁魔法』を解いてここまで来たようだ。
「私から来てしまいましたが、送る台詞は同じですよ。『お帰りなさい、千道くん』」
「あははっ! 『ただいま戻りました、茶寓さん』」
約束を果たせたので、彼も俺も満足した。全部で五項目。長いようで短かった。俺の入団試験は、本当に終了した。
『魔力、補充……写真、復帰……現像、完了』
テレスコメモリーから、機械音声が流れた。目を向けた瞬間、一枚の紙が折り畳まれた状態で出てきた。
前に、オンニさんがこれで写真を撮れると言っていたが、それは本当なのかもしれない。
そこには、女の子と男の子が映っていた。二人は、素晴らしく良い笑顔を浮かべている。何かの記念撮影のようだ。
「あ、ぁ……それ、は……」と、震える両手で茶寓さんが手に取った。
彼は、頭を押さえながら呻き始めた。酷い汗をかいているが、自力で呼吸を整えていく。しばらくすると、写真を返してもらった。
「大丈夫ですか……?」
「えぇ……あぁ、そうだったのですね……」と、茶寓さんは仮面の位置を直しながら呟く。どうやら、彼の中で解決したらしい。
「思い出したのかえ?」と、妖精が聞いた。総団長は、頷くだけだった。それから、テレスコメモリーを眺める。もう、機械音声は流れて来ない。
「千道くん」と、茶寓さんが言った。「君には、たくさん話さなければいけない。けれど、まずは労わらせてください。家に帰って、ゆっくり休みましょう」
帰宅する前に、頂上到達を示す看板を見つけた。折れてしまっていたので、茶寓さんが『修繕魔法』で直していった。
スタンさんの提案で、事件解決と山頂到達記念の印に、写真を撮ることにした。
総団長がスマホを構え、俺とスタンさんとオンニさんは格好をつけた。後ほど現像し、写真立てに入れると言ってくれた。
麓へ降りると、パペ住宅街の人たちが出迎えてくれた。まだ朝早いのに、ほとんどの人が家から出ているようだった。
澱んだ空気が薄れ、消え去ったのを肌で感じ取ったらしい。ソフィスタの長が直々にここに来て、透明な壁を失くしたのを見て確信したようだ。
「お兄ちゃん!」と、声をかけられた。母親と二人暮らしの、勇敢な父を持った少年は言う。「助けてくれて、ありがと!」
「元気でいてね。俺、たまに遊びに来るよ」と、笑顔を向けた。
依頼人と妖精とは、この街で一度別れる。二人に頭を下げて、感謝を述べた。俺は総団長と一緒に、『瞬間移動魔法』で家まで戻った。
貧困街の人々の話によると、魔力のない少年は――大怪我をしているのにも関わらず――誰よりも希望にあふれていたという。
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