最終章 煌めく地獄へ

旅路編

0-39 取り戻した己

 ソフィスタに入るために、試験に挑戦した。たった今、その最終項目が終わった。


 ルージャ山を巣食っていた元凶、マルカ・ケークラを倒したのだ。


 俺は――奴に向かって、思い切り頭突きをしたからなのか――自分の頭から血が垂れ落ちて来るのが、皮膚の感覚で分かった。


「やったな、末成さん!」と、茂みの中から声が聞こえたので、身体を起こして崖から離れた。

 ここまで協力してくれた、依頼人と妖精が出てきた。オンニさんは重傷なので、スタンさんに肩を貸してもらっている。


「お前さんの戦いぶり、しかと見届けたわい。『決意』のソウル、か。ピッタリじゃな」

「二人のおかげです。それに、テレスコメモリーも」と言いかけた所で、スタンさんが、「末成さん、後ろ!」と指す。


 見ると、マルカが起き上がっているではないか。


「まだ、死ぬ訳にはいかない……」と怨念を吐き出した奴は、本能が働いているのだろう。

 人間離れした雄叫びを上げ、俺に向かって腕を伸ばした。そこから墨の矢を作り、飛ばしてきた。


 俺は無抵抗だった。後ろに引かず、反撃をする気も無かった。スタンさんが心配してくれるが、墨は俺の頬に掠りもしなかった。


 これでもう、攻撃をして来ない。敵は目を見開いて、俺に話しかける。


「何故、俺が外すと分かった?」

「貴方は今、『死ぬ訳にはいかない』と言った。シニミだったら、そんな言葉が出て来る訳がありません。生きている存在だから、言えるのです」


 そう伝えると、マルカはニヤリと笑った。同時に、八本の脚がボロボロと崩れ始める。


 そこから小さな光の玉が出て来て、空へ登っていく。


 それは、彼が今までに取り込んで来た魂たちである。ようやく解放され、彷徨うことが無くなった。


「あぁ、思い出して来たぞ。俺は、十年前にMBHとなったのだ。そこで『禁句魔法』をかけられ、ここに住み着いていた。俺はマルカ・ケークラじゃない。それはナイトメアからもらった、チンケな名前だ。本名は、ラック・フェスナという。麓のパペ住宅街で暮らしていた」


 目を見開いたスタンさんは走り出し、消えゆくラックさんの手を握った。涙を零し始めた依頼人は、「どうして」と呟いた。


「スタンか。ハナタレ小僧だったのに、立派になったな」

「あんたは、パペ住宅街の守り神だった。一番強くて、誰よりも優しかった。なのに、十年前。住民を守るために、シニミの大群に飛び込んで……」

「そうだったな。あのまま殺されたんだ。けれど、住宅街があるってだけで充分だ。みんなは、元気にしているのか?」

「もちろんだ。アンタの子供も、元気にしているぜ。この前ヘスロに脅されていたが、末成さんが助けたんだ」と言ったスタンさんに、今度は俺が驚いた。


 最初に貧困街へ来た時。暴漢に襲われている少年がいた。彼こそが、ラックさんの息子。真夜中に買い物する理由は、父親の代わりだったのだ。


 正気に戻った男は、『女房と一人息子に会いたい』という気持ちに悪夢が漬け込んで来た、と話した。

 結局は家族に会えなかったが、これで良いと微笑している。肉体はすでに失っているので、魂は本来の場所へ戻るのが正解なのだ。


「ユーフォリー家か。生きているとは驚きだ」と、ラックさんはオンニさんに話しかける。


 ただでさえ、存在しているかすら怪しい妖精族。加えて、一番有名な家系と巡り合えるとは思いもしていなかったようだ。


「やはり、人間の魂は美しいのぉ」と、老人は微笑んだ。シニミではなくなった魂もまた、微笑する。


 俺と目を合わせた彼は、頭を下げる。


「末成 千道と言ったな。十年間も彷徨っていたの魂を解き放ったことに、感謝を送ろう。それに、息子も助けてくれてありがとう。死にゆくというのに、不思議だ。喜びがある。あの悲愴な姿から、解放されるからだろう」


 そう言った彼は、すでに憎悪が籠った表情をしていない。醜い感情は、面影すらなくなっていた。

 微睡みの中へ行くような、満足した表情をしている。下半身は完全に消滅し、左腕も消えている。


「千道。最後の最後に、お前のような暖かくも心強い人間に出会えた。せめての恩返しだ、この部品を授けよう」と言った魂は、右手を差し出した。


 変な形をした部品だった。怪訝そうに見ていると、テレスコメモリーの一部だと言われた。


「MBHになっていると、周りにあるすべてが負のエネルギーとなり、力が倍増される。誰かの肉体でも、魔道具でも同じだ。これはナイトメアに渡されていたが、もう俺には必要ない。正しい場所へ連れて行け。お前の未来へ、天命へ! 持って行くのだ!」


 俺の武器が勝手に浮き上がり、部品を補完した。少しだけ、本来の姿に戻ったようだ。それでも、まだまだ先は長そうな姿をしている。


 雲が晴れ、朝焼けが出て来る。


 明るい地面から浮かんで行くラックさんは、ついに光の玉となった。空が祝福するように、暖かさに包まれながら昇っていく。


「さらばだ、絶望にも打ち勝つ魂を持つ者たちよ」


 彼らは、ようやく新しい道を歩める。


 どうか、良い旅路になりますように。遙か彼方へ駆け巡っていく魂たちの安寧を、心の底から祈り捧げる。

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