0-33 マルカ・ケークラ
マルカは三本の脚をこちらに向け、同時に魔力砲を放った。オンニさんが相殺し、一気に距離を縮めようと走り出す。
奴の不格好な姿は、死体でも繋ぎ合わせたようだった。足の長さと太さはどれも違っており、どれが本来のモノなのかは誰も分からないだろう。
お互いに魔法を撃ち合う両者は、接戦のように見える。だが、攻めているのはマルカだった。オンニさんは攻撃を繰り出す隙が無く、相殺しかしていない。怪物はこのまま畳みかけようとしているが、妖精は一人ではない。
俺は奴の背後に回り込み、死角からテレスコメモリーを叩き込んだ。鈍い音がし、マルカの右頬が腫れあがった。
口の端から血を垂れ流す奴は、即座に俺の左頬を殴り返した。口内まで切れたので、唾と一緒に血も吐き捨てた。
「よくやったよ、末成くん! これで奴に、隙が出来たぞい!」と叫んだオンニさんは、上空に向かって魔法砲を撃った。
その光の帯は氷へと変わっていき、一つの粒が細い針となった。
氷のソウル―――
凍てつく嵐が、マルカに向かって一気に降った。五月雨のように止まる気配が無く、奴の身体は少しずつだが確実に凍り始めた。敵は僅かながらでも動かし、凍り付く速度を落として抗っている。
もう一度、テレスコメモリーで叩きに行った。さっきは頬だったが、今度は一撃で終わらせる気で魔力をまとい、脳天へ振り下ろした。
「うぐ、ぉぉっ」と、呻き声を上げたのは敵ではなく、味方だった。
オンニさんは、右腕を押さえながら片脚をついた。このせいで、俺は振り落とすのを躊躇してしまった。
その隙をつかれ、俺の左脚に後ろから刺されたような感覚がした。実際に貫通はしていないが、一瞬で血がズボンを染め上げている。
俺たちは、攻撃されたのだ。
どうやって後ろから魔法を繰り出したのか。俺よりも後ろにいたオンニさんが先に食らったのも、不可解である。
「下にいる雑魚共をなぎ倒して来たと言うのは、本当のようだな。だが、所詮は半端者だ。俺のソウルを見抜ける観察力は、持ち合わせていないな」と言ったマルカは、俺の正面で不敵に笑っている。
この山でシニミを嫌になるほど見て来たが、『特有魔法』が使える奴には会ったことが無かった。ドロタウスとフェイヤーも、頭は使うけれど攻撃自体は単調だった。
しかし、コイツは違う。
恐らくだが、本来の肉体は死んでいるのだ。魂だけが彷徨い続け、他の死体やエネルギーを取り込んだ。そんな状態になった人は、もはや普通のシニミではない。
マルカ・ケークラは、『MBH』である。会話をすることができて、人間のような姿を半分だけしている。ソウルが使えるのは、相応の魔力があるからだろう。
「末成くん、奴のソウルの正体を暴くんじゃ。そうしないと、わたし達は負ける」
「見抜ける訳がない。何も解決しないまま、貴様らは死んでいく」と言った人間もどきは余裕な表情をし、オンニさんが出した氷の地面を一瞬ですべて砕いた。
多少は怪我しているが、全然致命傷に至っていない。この状況で押されているのは、俺たちである。
先程の攻撃で、老人の右腕からは血が出て来ている。俺と同様、服を貫通して皮膚が腫れあがっている。火傷のような痛さがしているが、炎のような明るいモノは出されていない。
もう一度魔法を出してもらうには、近づくしかない。攻撃を止めない限り、怪物も魔法を撃ち続ける。ここで引くのではなく、攻めるのが正解だろう。
「その杖を寄越すんだ。貴様が持つ理由など、どこにも存在しない」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる。ナイトメアとかいうふざけた奴が、扱える訳がないんだ!」
「どこまで愚弄すれば気が済むのだ、貴様はッ!!」と、完全に怒りを露わにしたマルカは、左手から魔力砲を出した。首を傾けて避けようとしたが、左頬に掠った。
テレスコメモリーを握り締め、魔力を右手に宿した。今度こそ殴るつもりで、奴の顔面を目がける。敵は先に自身の身体に『肉体強化魔法』をかけ、俺の攻撃の威力を半減した。
加えてカウンターとして、俺の鼻に拳をお見舞いした。身体がブッ飛ばされた方向にオンニさんがいなかったら、地面に打ちのめされていただろう。
鼻血が出ていようが、気に留める暇もなかった。皮膚が裂けるほどに望遠鏡を握り締め、魔力をまとおうとした。
すかさずマルカが、俺に向かって追撃の魔力砲を撃ってきた。『今から逃げると間に合わない』と確信した俺は、両腕を顔の前で交差し腰を低くした。
「愚かな行為だ」とシニミは言った。
両腕をだらんと下げてしまうほど、感覚が吹き飛んだ。片膝をつき、望遠鏡を立てて呼吸を整える。汗と血が混ざって、土の中へ溶け込むのが見えた。
今のはソウルではなく、ただの魔法砲だった。
たくさんの魂を取り込んだ存在は、基礎ですらない技さえも凌駕している。僅かな勝機が欲しくて、『魔力強化すれば、防げる筈だ』と考えた俺は、テレスコメモリーに目を向ける。
この中には魔力が蓄えられているから、光の靄が出て来ている。当然のように、そう思っていた。
だが予想に反し、まったく帯びていなかった。まだ、ヘドロ味の効果は切れていない。魔力を目で追える状態なのに、望遠鏡のだけが分からなかった。
「電池切れじゃ」と、妖精は言った。「今のテレスコメモリーには、一切魔力が入ってない……」
俺はテレスコメモリーを使って、自身の身体を魔力強化していた。マルカを殴るのと、負傷を半減するために。その二回だけで、すべての魔力を使ってしまった。オンニさんは、事実を話した。
つまり今の俺は、何も出来ない状態になっている。
スマホのバッテリー、ゲーム機の充電のように。テレスコメモリーの中に入っている魔力の残量は、ゼロになってしまったのだ。
敵に対抗するため、歪な望遠鏡はすべての魔力を俺に注いだ。だがそれでも、奴が上回った。
右手で自分の口元を覆い、クツクツと笑うバケモノは、切り裂くような魔力砲を飛ばす。俺の頬から、皮膚と眼帯が落ちた。
「これで分かっただろう。貴様は俺に負ける『運命』なのだと。このルージャ山を登った時から既に、貴様の死は決定していた。何故なら山頂であるこの場所で、俺に魂を取り込まれるからだ! さぁ、その杖を渡すんだ。そうしたら、痛みを感じないまま死なせてやろう!」
高らかに傲慢に笑う奴を、呆然と眺めることしかできなかった。
運命、ウンメイ……この言葉が、俺の頭の中で巡っている。この不気味で恐ろしい力が、ここでも俺の目の前に現れてしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。