0-34 お先真っ暗のみ

 俺の、内側が悲鳴を上げている。『勝てないからこのまま死ぬしかない』と、何度も。『惑星を越えても放浪しようと考えた天罰である』という言葉が、稲妻のように脳天へ落ちた。

 足搔いても逃れることはない不気味な宿命が、どれだけ抗おうが無下にしようが付きまとう。


 思えば、生まれた時から決まっていたのかもしれない。


 どこに行っても、人間以下の扱いを毎日受けて来た。それから追い打ちをかけるように、髪の毛が少しずつ変わった。

 鬱憤が溜まっていたのか、白髪が早くも出て来たのだ。どれだけ休んで心を落ち着かせても治る気配は無く、ついに灰色になった。

 この忌々しい髪ですら話題にし、遊び感覚で弄り倒す奴らの相手をするのも面倒になった。


 学校に行くフリをして、放浪し始めた。欠席日数が多くなろうと、癖を直す気が無かった。誰も止めないので、拍車がかかるばかりである。

 旅先で事故に遭って家に籠ったとしても、三日も経てば「またどこかに行こう」と思ってしまうくらいに、この地獄から抜け出したいと考え続けていた。


 地球にいた時ですら満足していなかったのだから、この場所で生きれる訳が無い。


 最初の一歩から間違えていたのだ。別の惑星から来た奴が、住める訳が無い。どうして『可能だ』と思い込んでしまったのだろうか。

 放浪癖を嫌った家族の言葉を、今になって思い出す。「いつか後悔するぞ」という呪いを、ようやっと理解した。俺はこの場所、ユーサネイコーという地獄で死ぬ。


 なんて愚かな人生なのだろう。こうなるなら大人しく運命に従い続け、地球で生き地獄に浸かっていれば良かったのか。


「末成くん。眼帯が落ちたぞい」と言ったオンニさんが俺に差し出すが、受け取らなかった。

「もう、壊れたのです。二度と付けれません」

「紐部分が無いとは、不思議じゃのう。内側には、短くて太い釘のような形がある。手作りじゃったんだな、これ」


 右目を失った時、手術は完璧にできなかった。理由はとても単純で、家族が拒否したからである。どうせなら、死んでほしかったのだろう。

 けれど、善意がある医者が、最底辺だけは治療した。元から損傷が激しく、右目の周りの皮膚はブヨブヨで、生気を失った青緑色に変色してしまっている。


 完璧に塞いでいないので、空洞になっている。だから、眼帯の裏側に空洞を塞げるような形を作り、はめ込むようにして装着していたのだ。蓋が取れたら、中から血が溢れ出て来る。

 ここに来てから、誰にも聞かれない事を願い続けていた。いつか聞かれたら、はぐらかすつもりでいた。この右目を見たら離れてしまうことくらい、理解していたのだから。


 言い様のない宿命に、位置づけられなかったら。もしも、右目があって灰髪にならなかったら。この人生を地獄だと思わなかっただろうし、放浪癖も付いていなかったのかもしれない。


 ぎこちない魂は、あてもなく彷徨うだけである。何も分からないまま、誰にも認知されずに消滅する。有象無象と同然のように、自由に生きられないのだ。


「何言っとるんじゃ。お前さんはまだ死んどらんよ。あ、でも血を垂れ流すとそうなるかもしれん。ちと止めるぞ」と言った妖精は屈んで、座り込んでしまった俺に視線を合わせた。


 目元から微笑んでいる彼は、俺の右目に触れて氷を出し始めた。有無を言わせる前に、鏡を前に差し出した。

 映し出された俺の顔には、右目の傷が塞がっていた。代わりに、氷で出来た花が咲いている。


「眼帯代わりじゃよ。ただ塞ぐのは、ちと勿体無いと思ってのう。アネモネという花を付けたんじゃ。あ、勘違いするなよ末成くん。わたしは白のつもりじゃからな。全体の花言葉はさておき、色ごとに意味が変わるんじゃ。白いアネモネは、『真実』という意味を持つ。お前さんにピッタリじゃて」


 今度は歯を剝き出しにするほど笑ったオンニさんは、立ち上がってマルカの方へ歩き始めた。歩きながら俺へ話しかけ、両腕を広げて空を見ている。


「わたしはな、お前さんの容姿には、あまり興味が無いぞい。長身痩躯そうくでも、二百キロ超えた大柄でも。わたしは、君のことが好きになっていただろう。何故なら、が気に入ったからじゃ。来て間もないのに、この惑星の問題に真摯に向き合う。ソフィスタに入団すると決め、スタンくんたちを助けるためにここへ来た。そんな大それた考えは、中々持てんわい!! そんなお前さんだからこそ、知って貰いたい。従うべきなのは宿命でも運命ではなく、天命なのだと」


 俺は、ようやく顔を上にあげた。ほとんどが重苦しい雲に覆われ、光を失っている空。


 その中に、煌めく二つの星が確かに見えた。


 敵は老人を見て嘲笑する。怪我の量が少ない奴は、まだまだ動けるだろう。


「カッコつけたいのか? 傷を塞ぐのに、魔力を使っているだろう。そんなナリで俺に攻撃しようとは、笑止千万だ。ここから逆転など、できる訳が無い」とマルカは断言した。


 対してオンニさんは、肩を震わせ始めた。それから声を出して笑いながら、俺の方へ振り向いた。


「ワハハハ! 聞いたか、末成くん? コイツは『できない』と信じとるようじゃ。さて、理由も聞こうか」

「そこのド底辺と同じように、貴様も俺に殺される運命にあるからだ」

「そうか。では、もう一つ聞こう。お前さんにとって、運命とはなんじゃ?」

「良いだろう、答えてやる。それはすでに決められている、自分の運だ。後悔や懺悔をしても、もう遅い。生まれた時から、すべて未来は決まっているのだ!」


 どれだけ頑張っても、俺はマルカに負ける。右目を失ったり、灰髪になる。家族や友人から遠ざけられ、追い出される。

 すべてを失うことが、ずっと前から決められていたと、奴は話す。オンニさんは呆れた様子で首を横に振り、「全然違うぞい」と言った。


「まぁ、わたしも人間じゃないからな。もしかしたら、末成くんのお気に召さないかもしれん。けれど、言う価値はあるじゃろ。運命というのは、共通点じゃよ」


 心底理解が出来ない声を、マルカは出した。だが俺は、この言葉に目を見開いた。理屈では言いにくいのだが、理解したのだから。

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