第六章 大決戦
窮地編
0-32 山頂
現在、四百五十メートルまで到達した。山頂付近になると、岩場が多くなってきた。
加えてランク『3』のシニミが、普通に出てくるようになった。だが、一人でも倒せるようになった俺が、道を切り開いていく。
二週間ほど修行をしたからか、凄まじく成長しているとオンニさんに褒められた。スタンさんの体調を心配すると、力強い笑顔を見せてくれた。
「高山病にならねぇように、深呼吸をしっかりしないとな!」と進む彼を見て、俺たちは安心した。
岩場を登り終えると、一本線が見えた。ここを真っ直ぐ進んだら、一気に頂点へ辿り着いた。
「夕暮れ時じゃが……進むかえ?」
「もちろんだ。ここに、ヒノテアがあると信じてる……!」
シニミに出くわさずに駆け上がると、足場が広がった。勢い余って突っ走ろうとすると、崖へ落ちてしまう。踏み止まり、周りを見渡した。
自然なのか、人工なのかは分からない。ここは見晴らしがよく、ゼントム国を一望できる。だが残念ながら、今は曇っているので視界が悪い。
目当ての植物を手分けして探していたら、地面を調べていたスタンさんが大声を上げた。俺とオンニさんは駆け寄り、彼を挟むようにしてしゃがんだ。
目の前には、深緑色の茎から
「間違いない。本のスケッチに描かれていた、ヒノテアだ!! これを薬草スープとして飲ませれば、住宅街の奴らは……また、健康に……っ」
「泣くのは早いぞい、スタンくん。お前さんがちゃんと持って帰るまでが、登山じゃよ」
「あぁ……そうだな。たくさん収穫していこう」
袖で乱暴に目元をゴシゴシと拭いた依頼人は、俺と老人と一緒に根っ子から引き抜いていく。
貴重な薬草だからか、シャルバナのようにそこら一帯に生えている訳ではない。小さめなので誤って踏みつけないように注意し、他の場所でも探した。
ここは土が柔らかいので、雑草だけではなく花も咲いている。本当は、色鮮やかな山なのだろう。
青ざめてしまっているのは、悪の手に包まれているからか。けれど、怪物の気配は一切感じない。
ありったけのヒノテアを収穫していると、夜になってしまった。スタンさんは何度もお礼を言いながら、ポーチの中へきちんと大切にしまい込んだ。
あとは下山するだけだが、足元が暗い時間帯は滑落の可能性がある。すでに両脚が悲鳴を上げていると言ったオンニさんは、ここでテントを張ろうと提案した。
「朝日を見るのが楽しみですね、スタンさん!」と、俺は言った。だが、返事が無かった。「スタンさん?」
振り向くと、依頼人が地面に倒れていた。顔色は真っ青で、泡を吹いている。急に具合が悪くなったとか、疲れが一気に出たとか、そんな生温いモノではない。
彼は突然にも、死にかけているのだ。
秒ごとに体温が冷たくなり、生気が消え去っていく。急速に背中に脂汗が出てきた俺は、オンニさんへ声をかけようとする。
先に遮るようにして、妖精の手が俺の口を閉じさせた。そして彼は俺の耳元で、そっと囁く。
「山頂付近からここまで、一度もシニミに出くわさなかった。よく考えれば、おかしい。今までは大量にいたから、少しずつ進んできたというのに。強い奴がいるであろう山頂付近になって、パッタリいなくなるなんて!」
通常ならば、それが一番望ましい状態である。しかしここは、危険地帯だ。シニミが一体もいないのは、有り得ない状況。
「末成くん、まずはスタンくんを移動させるぞい。大丈夫、圧に当てられて気絶しているだけじゃよ」
氷のソウル―――
なるべく穏やかな声で話したオンニさんは、スタンさんを氷でできた棺桶に入れ、少し離れた場所へ静かに移動させた。入れ物は硬いので、そう簡単には割れないだろう。
空を見上げると、星が消えるほどの雲が出始めていた。
突然、雲の形が見る見る変わって行くではないか。渦巻き模様を造りだした雲の中心から、得体のしれない恐怖が降り注ぐ。妖精が俺の胸を押して、後ろへ突き飛ばした。
直後、凄まじい音と共に一閃の光が、目の前に落ちて来た。
眩しいのと、落ちた衝撃で飛び散った石が目に入らないように、俺は両腕で顔を覆った。
衝撃波が収まってから、目を開けて正面を見た。そこには、砂埃が巻き起こっていた。中から、影が見えた。徐々に治まっていくと共に、形が明確になる。男の人がいた。
もしも人間だと言うのなら、腕と脚の本数は二であろう。だが目の前にいる者は、下半身が八つに割れている。
『奴は人間じゃない』と理解した瞬間、テレスコメモリーを握り締めていた。
「誰だ、貴様らは」と、奴から発せられた。何の感情も持たない声は、確かに俺の耳へ入って来た。
人間の言葉を話してきたことに驚愕しながらも、「お前は今まで、どれほどの魂を取り込んで来たんだ」と震えた声で質問した。
「魔力の欠片も無い雑魚が、俺に質問する権利などない」と、化け物は言った。
同時に、奴が立っている場所からひびが入り始めた。特定の魔法を出した訳ではなく、ただの圧によって崩壊している。
俺たちは、ひび割れが届いていない場所まで走った。
「
「断る」
氷のソウル―――
敵が腕を伸ばす前に、オンニさんが地面に向かって氷を打った。急速に広がっていき、奴の八本の脚まで侵食していく。
これで動きが取れなくなったかと思いきや、一瞬で氷が砕け散った。怪物は、粉々になった破片を踏みにじりながら嘲笑する。
「こんなモノで俺を足止めしたつもりか、舐められたモノだ。氷のソウルとは、ユーフォリー家だな。忌々しい一族の生き残りめ。貴様を殺したら、主様はもっと魂をくださるに違いない」
「シニミに知られているのは、良い気分じゃないのう。お前さんの上司は、ナイトメアか。あんな外道に気に入られても、後悔しか待っとらんぞ」
「誰に許可を得て呼び捨てをしている! 貴様のような穢れた存在さえいなくなれば、主様の想い描く世界になるだろう!」
あの言い方から察するに、ナイトメアは魂をいつでも分け与えられるのだろう。目の前にいる脅威は、これまでにどれだけの人を殺して来たのだろうか。考えたくも無いが、放棄してしまうと彼らは報われない。
「そこの魔力無し」と、怪物が俺に話しかけた。「何故貴様が、主様が探し求めている『
テレスコメモリーのことを指している。奴が言ったのは、その別名であろう。見た目は望遠鏡だが、分類上だと杖になるらしい。
「ただ運が良かったからここまで生き延びたに過ぎない、ノミ以下の存在が。その杖を持つ価値は無かろう。主様のほうが、よっぽどお似合いだ。さぁ、それを渡せ」と、怪物が手を伸ばしてきた。
この世界に来て、初めて罵倒された。同時に、納得してしまう。実際にそうなのだ。骨の彼が助けてくれたのも、茶寓さんがチャンスをくれたのも、運が良かったからに過ぎない。
山頂まで来れたのも、オンニさんとスタンさんがいたからである。俺一人だと、とっくに死んでいた。
「しかし、すでに万事休す!」 と、俺は叫んだ。敵は首を傾げる。「お前のようなクソヤローに渡す意味が、まったく見つからねぇって言ったんだ」
渡す気は微塵も無い。それは俺に両手足が揃っているような、当然の思想なのだ。悪の塊でしかない奴が煌めく宝石を手に取り、思い上がるのを想像するだけで虫唾が走る。
まさか侮辱し返されるとは、露ほどにも考えていなかったようだ。敵は再び額に血管を浮き出し、怒りをまとった殺意を全開にした。
「俺には、やらないといけないことが二つある。ヒノテアをパペ住宅街に届け、ソフィスタ試験に合格する。そのために、お前を殺してルージャ山を救う」
「どこまでも舐めるとは、良い度胸だ! このマルカ・ケークラを侮辱したことを、後悔させてやる!」
「どうやらこやつは、相当ナイトメアに心酔しているな。魂たちを開放させるのに、苦労しそうだわい」
オンニさんの言う通りである。だが俺たちにはすでに、立ち向かうという選択肢しか残されていない。
この野蛮な悪をブチのめし、帰還する。
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