0-31 晩餐

 先に進めるようになったが、疲労が溜まっている。頂上まで近づいているので、今日はここまでにした。

 スタンさんは先ほど、オンニさんのソウルを見て、凄まじく驚いていた。その話もしたいと、彼は言った。


 いつもの如く三人で囲み、炎に向かって小便を放った。傍から見れば通報されるに決まっている、この変態行為はもうじき終わりを迎えている。これが最後の野宿になると、俺たちは理解していた。


 そして俺は、危機に直面していた。修行中は一度も出なかった――つまり、二週間分――大便が、今になって出たがっているのだ。さすがに、尻を出す訳にはいかない。火傷してしまうのは、目に見えている。


 オンニさんに相談すると「草むらに出し、土やら雑草やらで包んでから、火に投げると良いぞい」と言われた。過去に一度、スタンさんがやっていたのを思い出した。


 俺は少々、便秘だったようだ。最低でも週一で出さないと、不健康扱いされるだろう。二人が見えない場所にて排出し、土と雑草で少しも見えないように包んだ。

 手には酷い悪臭がついたが、どっちみち風呂代わりの『洗濯魔法』を、オンニさんにしてもらうのだ。


 火の中に、汚い野球ボールを放り投げた。入った瞬間に燃え盛り、臭さが上へ昇っていく。小便なら山の匂い――土とか山菜――に、すぐかき消される。

 だが、大便はまったく消える気配が無かった。辺りに充満していき、スタンさんが悲鳴を上げた。彼のより何倍も臭いを出した自分自身に、嫌悪感が増した。


「ま、そのうちかき消されるだろ」と言った二人は、あっさりと許してくれた。それでも罪悪感が払拭されなかったので、俺の気が済むまで何度も謝罪した。


 身体を綺麗にし、臭さが山の匂いにようやくかき消された所で、夕食を作ることにした。いつもはオンニさんが串焼きにしてくれるが、今日は肝心の刺す道具が無かった。

 代わりに、俺が料理をすることにした。シャルバナとチカラノコを手で小さく千切り、鉄製の鍋――捨てられていたのを、綺麗にした――に入れて、山菜とかき混ぜた。


「わたしはインスタント食品ばかり食べてるから、簡単な料理しかできないんじゃ。少しでも凝っているのを出されると、すぐに感心するのぉ」と老人が言った。


 確かに既成されたモノより、手料理の方が寿命を延ばしてくれるだろう。


 スタンさんが拾った薬草を混ぜたスープは、さっぱりしており疲労感が無くなった。効果は本当に適用されているようだ。


 ここに来てから、孤食の機会が減った。茶寓さんと食事した時、胸辺りに温かさが滲み出てきた。

 家族ですら顔を合わせた時間が少ないからか、ほとんど記憶にない。登山仲間と過ごす時間は、永遠を願ってしまうくらいだ。


 スタンさんは、本当にパペ住宅街が大好きである。地元愛に溢れている話し方を、毎日してくれる。今だって、家に帰りたいはずだ。それでも来てくれたのは、正義感の強さからなのだろう。

 オンニさんも「明るい場所じゃの~」と、微笑んでいた。すると、突然思い出したかのように、話しては立ち上がって老人を指した。間髪入れずに質問攻めを開始し、俺は圧倒される。


 あの名前は本名なのか。そうだったら、何で生きているんだ。なんで俺たちの力になってくれるんだ。今は何歳なのか。


「質問は一つずつにしてくれんかの」と言ったオンニさんは、オンニさんは興奮気味のスタンさんを座らせ、一個ずつ答えていく。


「そうじゃよ、わたしの本名はそのままじゃ。エギュネス・オンニ・ユーフォリー。ユーフォリー家じゃ」

「や、やっぱり本物なんだな!」と、スタンさんは興奮気味に拳を作った。


 俺だけが首を傾げていると、老人は手を胸に優しく置いて微笑んだ。


「末成くんからしたら、想像がしにくいかもしれん。わたしは人間じゃなくて、妖精族なんじゃ。DNAも遺伝子も、すべてが妖精じゃよ」


 目を見開いた。空想の世界にしかいないとされている存在が、目の前にいる。


 大声を出しそうになったが、今までの光景――魔法やシニミ――を思い出すと、どこか腑に落ちた。処理能力が高まったので、すぐに落ち着いた。


 ユーフォリー家は、妖精族の中でも有名らしい。なんでも古代から存在しており、『万物から愛された妖精』とも言われていると、スタンさんから説明された。

 ちなみに、『オンニ』というのはミドルネームである。始祖の名前が、オンニ・ユーフォリーだったので、そこから取ったのだろう。


 俺の国は法律上、ミドルネームを付けるのは認められてない。あまり聞き慣れないが、世界史でちょっと習っていた。子孫に、たくさんの祖先の名前を付ける場所も、存在するようだ。


 妖精族の不思議さを、オンニさんから教えてもらった。違う種族と結婚しても、子孫は必ず、ハーフにはならない。

 そしてとても長生きで、彼の年齢は六百五十歳である。これは人間で言うと、還暦と古希の間に当たる。さすがにスタンさんと同時に驚くと、腹を抱えて大笑いされた。


 妖精族は、卵から生まれるらしい。基本的には、夫婦めおとが卵に魔力を与え続けるが、血が繋がっていれば誰でも良い。つまり、卵生動物に分類されるのだろう。


「でもオンニさんって、見た目は完全に人間そのものですね。背中に羽があって、耳が尖がっているのかと」

「耳の形は、家系様々じゃ。羽はもげたぞい! 確かに、あれがあったら『わたしは妖精族じゃぞ』って、証明できるんじゃが。この姿は、あまり説得力が無いな」


 ゲラゲラと笑いながら話すオンニさんに、また驚かされる。痛々しい事実を、平然と笑い飛ばす彼であった。


 妖精族は他の種族よりも、ズバ抜けて魔力量が多い。しかし使い過ぎると、羽が勝手に身体からもげ落ちる。

 背中から血がとめどなく溢れ出るので、多量出血で死にかける。寝たら回復するのではなく、生えてこないのだ。

 その分の魔力量は、一生戻らない。オンニさんは、世にも珍しい味がする魔道具を食べているので、戦えている。


「昔はな、左右に三つずつ大きな羽があったぞい。じゃが何度も何度も、戦い続けていたからのう。いつの間にか無くなってて、こんな老いぼれになっちまったわい。ま、魂は生きているから問題無しモーマンタイじゃ」


 先ほどの戦いで、オンニさんはソウルを見せてくれた。あの氷は『冷たい』というより、優しい『暖かさ』があった。

 凍り付き割れていくシニミを抱き締め、彷徨っている魂たちに煌めく景色を見せ、背中を押してくれる太陽の手だった。


「長生きもしてみるモノじゃの。1000歳まで目指してみるかね」

「本当に長ぇな。俺たちは新しい人生を、何回も歩いているだろうよ」


 スタンさんの言う通りだと賛同する。人間ですら百歳まで生きるのが、困難だ。地球でも、毎日が死と隣り合わせである。今日を生きれるだけでも、恵まれているのだろう。


「わたしね、総団長さんの祖先に会ったことあるんじゃよ。今から、四百年くらい前だったかな。酷く落ち込んでた時期があった。加えてこの世界には、『種族同士の喧嘩』があるからの。妖精族ってことを隠そうとしたんじゃがな、すぐにバレたわい。覚えたての魔法で、わたしを笑顔にしてくれた。それ以来、何度思い出しても、心の底から闘志が湧く。まだまだ夢の途中、叶えさせたいのぉ」


 目を細めて空を見上げて話すオンニさんを見て、茶寓さんを思い出した。親身になってくれる彼の優しさは、遺伝から来ているのかもしれない。そう話すと、老人は首を傾げて「そんな名前じゃったかの?」と言った。


「オイオイ、オンニさん。尊敬している方の名前は、忘れちゃいけないぜ?」

「そうじゃなスタンくん。忘れるのは失礼なことじゃな。ボケているのかね、わたし」


 まだまだ話を聞きていたいが、ここらで区切られてしまう。無事に帰還したら話すと、約束してくれた。今は、ヒノテアを見つけるのが最優先である。


 テントの中に入り、川の字になった。今日はすぐに眠りにつくだろう。明日には頂上に到達するので、十分な睡眠を取ろうと目を閉じた。


「おやすみ、若い人間よ」

「あぁ、おやすみ。高尚な妖精」

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