0-30 強敵倒し②

 木が揺れ始めたので、下を見た。まだ生きているドロタウスが、何度も幹に向かって頭突きをしていたのだ。俺たちを、落とす気でいるのだろう。この木も特別太くないので、倒れるのも時間の問題だ。


「どうするんだ!?」と、焦り出すスタンさんとは対照的に、頂点まで登っていたオンニさんは、ゆっくりと立ち上がって強気に笑った。


「折れるのを待とう」

「それだと、あの泥へ真っ逆さまだぜ!?」

「いや。泥にも突っ込まんし、ドロタウスの攻撃も受けん」と言った老人は、俺と視線を合わせて質問した。


「わたしたちにもシニミにも、魂がある。両者の決定的な違いは、何だと思うかね?」


 ユーサネイコーに来てからの出来事が、総集編のように脳内を駆けた。どんなに苦しくても生き続ける俺は、決して孤独ではなかった。ここには、確かな希望がある。


 それは、幸福だと気づかせる道標だった。


 俺が不幸ではないと認識するには、歩き続ける他ない。まだまだ放浪したいと、魂が躍動し続けている。

 茶寓さんやスタンさんにも、それぞれの希望があるはずだ。生きる糧に気づかず萎むのではなく、探し求めている。その行動が、いつか己が何者かを知れる最高の手段なのだ。


 それに対してシニミは、誰彼構わず攻撃をするだけである。他者はもちろん、自分自身の魂すら認識していない。

 奴らは肉体と魂を取り込んで、知能を発達させる。強い奴であるほど、たくさん取り込んでいる可能性が非常に高い。

 元の肉体は死んでいるのに、魂は囚われたまま。だから俺たちは解放の、殺すしかない。


 二者の決定的な違いは、仁義である。


 誰しも『成し遂げる』という心を持っているが、シニミは持っていない。何故なら一度死んだ魂は、人間が持つべきすべてを失っているのだ。

 相反する両者は、襲い戦う。彷徨い続ける魂たちの放浪旅のおわりまで。


 自分の中にある偏見だらけな考えを、空に向かって叫んだ。するとオンニさんは微笑み、姿勢を低くし「わたしも同じだ」と言った。

 いつの間にか、彼の両手に魔力が集まってきていた。何故か、『いつもの魔力砲とは違う』と直感した。ついに木が折れたのと同時に、若い老人は勢いと共に飛び降りた。


 ドロタウスが狙いを定め、嚙みつこうとする。しかし彼は、空中で身体を華麗に動かし、攻撃を避けた。両腕を胸の前で交差する。


 そこから確かな煌めきが、見え始めた。


 誰しも魂の奥底に、仁義が宿っている。これが高潔である所以で、誇り高い証拠。対してシニミは、一度死んだ魂を取り込んでいる悪。


 では、悪とはなんだ? それは心を微塵たりとも持ち合わせていない、罪だ。


 罪を粛正するには、仁義の剣で叩き切る他ない。その力とは、どこから来るのか? 人間の奥底に眠る、決意そのものなのだ!

 シニミはいくら強かろうが、もう二度とその意志と勇気は取り戻せない! それこそが罪である! 滅するのが、今を生きる者たちの役目であるのだ!


 氷のソウル――― 輝く雨上がりシャイン・ダスト


 オンニさんは両手から、氷の雨を降らせた。全身に浴びた敵は瞬く間に凍りつき、そのまま砕け散った。老人は泥が無い場所へ着地し、俺たちを見上げて微笑んだ。

 今のは正に、『特有魔法』である。言い換えると、ソウルだ。ずっと隠していたのか、出さなくても勝てていたからか。初めて見たので、しばらく目を見開いた。


「ああ、アンタまさか!?」と、スタンさんは急に焦り出した。俺と同様、驚きを隠し切れてはいない。だが、少しずつ何かを確信した顔つきに変わった。


「名前も本名なら……アンタは、あの―――」


 依頼人がここまで言いかけた所で、左手首からミシミシと聞こえた。見ると、ヒビが広がっていた。

 今の今まで、ここだけで落ちないようにしていた。とうとう、ガタが来てしまったのだ。


 下を見るが、オンニさんがいる場所までは距離がある。それでも、一か八かを賭けるしかなかった。

 両脚に魔力をまとい、幹を踏み台にした。左手を抜いたのと同時に、飛び降りた。後ろから倒れる音を聞きながら、足場を確認する。


 いくら筋肉を張らせていようが、高い地点から着地するのには変わらない。そこまで頭が回らなかった俺は、骨が砕け散るのを覚悟した。

 だが、地に足が着く直前で、右腕が勝手に上へ行った。テレスコメモリーが、引っ張り上げてくれたようだ。そのお陰で浮遊感が出てきて、怪我をせずに着地に成功した。


 スタンさんも降りて、岩や倒木を使って泥を避けた。危機を打破したので、ひとまずは安心だろう。泥が少しずつ消滅し、中から光の玉が出て来ていた。

 奴らに取り込まれていた、魂たちだ。抜け殻となった身体はそのまま消滅し、望遠鏡が魔力を吸い取る。


 魂たちは本来の場所へ帰っていくと、オンニさんから教わった。辿り着きたかった終着点へ、今から歩いて行くのだ。家かもしれないし、思い出の場所かもしれない。

 俺の旅は、まだ始まってすらいない。この試験に合格して、ソフィスタの一員になった時、やっとこの世界を歩き出せる。解き放たれた魂に、輝かしい未来が訪れるのを願う。

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