成果編

0-29 強敵倒し

 俺がルージャ山で修行を始めて、早くも二週間が経過した。


 肉体も逞しくなったと、オンニさんとスタンさんから褒められた。ゴリラのようにはならなかったが、体力はついた気がしている。

 恐らく、ずっと歩き回っているからだろう。自給自足のサバイバル生活は、案外楽しいモノである。


 シニミは食べられないが、ここは山菜が豊富に育っている。栄養には困ってなく、排便排尿は夜に火起こし――キャンプのこと――をするから、証拠隠滅のため中に放り込んでいる。確かに臭みはあるが、十日以上も続けていると慣れてしまった。


 シニミに関しては、ランク『2』までは倒せるようになった。


 スタンさんが指した先に、トンプスがいた。判子のように押し潰そうとするので、横に避けた。身体が倒れた瞬間、力の限りテレスコメモリーでブッ叩いた。

 それでも動く時があるので、すかさずオンニさんが魔力砲を撃ち込み、トドメを刺す。


 歪な望遠鏡が、シニミの魔力を吸収していく。やはり、ランクが一つ違うだけで魔力量も多くなる。

 一番魔力耐性が低いスタンさんの体調を、俺たちは戦いの都度気遣う。丈夫な依頼人は二の腕を叩きながら、へっちゃらだと笑って答えた。


 進んでいると、標識を見つけた。一部剝がれ落ちているが、『300』と読めた。つまり、半分以上まで登って来たのだ。だが、ヒノテアはまったく見つからない。

 登っている最中、スタンさんが色んな薬草を見つけては、ボロボロになっているメモ帳と照らし合わせていた。しかしどれもハズレだったようで、肩を落とした。


 違っても薬草には変わりないので、一応持って行くことにしている。料理をして食べると効果が出るので、怪我の治療には助かっている。この二週間で、俺も結構詳しくなっただろう。


「あ、シャルバナがありますよ」

「おぉ! では少し持って行こう。煮込むぞい!」と、オンニさんは採取した。


 シャルバナというのは、草みたいな感触がするバナナから、付けられた名前らしい。とはいえバナナっぽいのは形だけで、皮をむく訳でもなく黄色じゃなくて深緑色である。


 木の幹の中には、チカラノコがあった。コブシみたいな形をしており、歯ごたえが抜群なので、この名前になったようだ。

 そっくりな菌類もあるので、下から覗いて白色であるのを確認するのが重要である。オンニさんが串焼きにしてくれるので、ついついがっついてしまう。


 山登りでは、遭難防止のために目印が重要になる。間違った方に行くと、滑落するだろう。目印が無かったら、大体シニミがいる。

 もちろん、印に従ってもいる可能性は十分にある。スタンさんは隠れて俺とオンニさんで倒し、三人で登るのを再開する、という法則が出来上がっていた。


 ここまで登って来て、ルージャ山のシニミの頒布がどんな感じなのか、分かってきた。オンニさんの予想通り、上に行けば強いランクがいる。麓ら辺はランク『1』が多く、三日もすれば悪戦苦闘から脱出した。

 150メートルを過ぎたあたりから、ランク『2』が出て来るようになった。それなりに強いので、怪我する頻度も増えて傷も深くなった。だが、オンニさんとスタンさんのサポートで、勝利をもぎ取っている。


「何かいる。姿勢を低くするぞい」と、先頭を歩いていた老人が手を伸ばして、俺たちを足止めした。


 先を見ると、草むらが勝手に動いていた。シニミが俺たちを発見したのだろう。何が来るだろうか。ミゴスカかザッバッだったら、すぐに対処できる。トンプスかミージでも倒せる。


 二体出て来たのは、泥上の犬だった。ルージャ山に籠って初めて、ランク『3』に遭遇した。少し後ろに下がり、距離を取った。

 オンニさんと一体ずつ対処すれば、勝機が見えるだろうか。そう考えていたら、背中が熱くなるのを感じた。


 振り向くと、火の玉ががま口を開いていた。奴は一番最初に襲った怪物、フェイヤーである。ドロタウスと、挟み撃ちにされてしまった。加えてここは急坂なので、慎重に動かないと滑落するだろう。


 いきなり窮地に立たされた時、前までの俺なら嘆いていた。だが、今の自分は少しでも変わったと信じなければ、困難を一刀両断することすらも出来ないだろう。

 別の個体だが、関係ない。今度こそ倒してみせると意気込み、テレスコメモリーを強く握り締めた。


 まずは、背後の脅威を倒す。丸焦げにされたら、木々が燃えて隠れ場を失ってしまうだろう。奴は口を開けて、早速火の玉を作り始めている。俺は放出される前に、上から叩き落そうと走り出した。


 同時に、犬もどきが後ろから突っ込んでくる。だがオンニさんが魔力砲を飛ばしたことで、行く手を塞げた。

 その隙に俺は飛び上がり、テレスコメモリーを振り下ろす。しかし、避けられてしまった。身体が小さい分、動きが早いのだ。


 口を閉じさせるのに失敗したので、火の玉は完成した。放とうとするが、俺が追いかけ回すので上手く吐き出せない。フェイヤーは鼠の如くすばしっこいので、見失わないようにするのも一苦労だ。


「だったら、避ける範囲を少なくすれば良いんじゃよ」と言ったオンニさんは、その場で高くジャンプした。


 周りの木々に魔力砲を当てて、へし折り始める。物理的に道を塞いだ衝撃により、ドロタウスが一匹押し潰された。

 俺は木ごと泥を飛び越え、怯んだフェイヤーの脳天を叩く。今度は成功した。


 スタンさんが喜ぶのも束の間、幹の下から泥が出てきた。触れると皮膚が腫れあがってしまうと、メモに書いてあったのを思い出す。ゴポゴポと勝手に動き始め、俺たちの方向へ伸びて来る。


「二人共、木の上に登るんじゃ!」と、オンニさんが叫んだ。


 俺たちは登れそうな木の上にしがみつき、地面から両足を離した。だが体勢を整える前に、フェイヤーがスタンさんのすぐ横まで来てしまった。トドメは刺せていなかったのだ。

 至近距離で、顔面を丸焦げにするつもりだ。下に降りようとした依頼人を、老人が阻止する。すでに、下から泥が登って来ている。


 このままだと、スタンさんが丸焦げになってしまう。


 そんなことが起きたら、依頼を引き受けた責任を放棄するのと同じだろう。遂行させるためには、依頼人を必ず守る。

 当然のことすら出来なかったら、ここに来た意味が無くなる。どんな時でも、優先順位を間違えてはいけない。


 俺は魔力で左手を強化し、幹を強く殴った。勢いのまま食い込んだので、宙ぶらりん状態でも戦える。

 スタンさんの先にいる敵に向かって、思いっ切りテレスコメモリーを投げた。奴は口の中にテレスコメモリーを突っ込まれた勢いで、下に落ちていく。


 後先考えずにやった行動なので、望遠鏡が泥の中へ入る瞬間を見ることしか出来ない。しかし信じられないことに、沈む直前でブーメランのように手元へ戻って来た。俺はもちろん、二人も凝視して驚いた。


 未だに信じられていないが、もしも本当に中に誰かがいるのなら。その人が、武器を動かしているのだろう。「ありがとう」と話しかけてみるが、返事は無かった。

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