0-28 初挑戦

 本来ならば一時間ほどで、天辺まで行けるようだ。しかし現在は、シニミのせいで辿り着いたら奇跡――そもそも、閉鎖されているが――と言った状態である。

 少しずつ登って行く。ちゃんと休める場所を見つけ、シニミをブッ飛ばし、ヒノテアを見つける。この難問を成功させるには、まず能力を知る所から始まる。


「末成くん、今まで何回テレスコメモリーを使ったっていう、感覚があるんじゃ?」

「二回ですね」

「ふむ。ならば、その二回のを見つけるんじゃ」と、オンニさんがアドバイスをくれた。


 脳内で、それぞれのシチュエーションを思い出す。一回目は、ペンを握り潰した時。二回目は、ヘスロをワンパンした時。

 この二つの共通点は、俺自身がほぼ無意識だったということだ。少しずつ、実感はしてきているが。


「他にはどうじゃ?」と言われたので、さらに頭を捻る。ふと望遠鏡に目をやると、あの幻聴を思い出した。


「この中から、声が聞こえました」と、正直に話す。


 攻撃する間だけではなく、最初に手渡された時も聞こえた。何度も耳の中に入って来たので、幻聴とは言い難いだろう。


「じゃあ、その中にいる人が魔力を吸い取っているってことか!?」

「いや、それは無いぞい。吸い取りは、テレスコメモリーの能力じゃ。だとすると……誰かが中に、閉じ込められているのかね?」


 オンニさんの予想に、スタンさんは顎が外れるほど驚いた。大欠損しているから、内部が丸見えである。

 どのアングルから見ても、人らしき姿は見当たらない。小人でも住み着いているのだろうか。ともあれ、話すのはテレスコメモリーの能力では無い。


「こうなれば、実行してみるしかなさそうじゃな。ほれ、末成くん。あそこの木の上を、目を凝らしてよぉく見るんじゃ」と、老人が指した木に近づき、暗闇の中にある何かを捉えた。


 そこには蝙蝠のような姿をしている怪物が、逆さまになって眠っていた。メモの内容を思い出す。

 あれはシニミである。ランク『1』の、ミゴスカという怪物だ。蝙蝠だと勘違いしそうだが、閉じている瞳が一つしかない。


「アイツらを倒してみよ。大丈夫、しっかり構えるんじゃぞ~!」と言ったオンニさんは手を伸ばし、木に向かって魔法砲を繰り出した。


 衝撃で眠っていたミゴスカは跳ね起き、一気に下にいる人間たちへ牙を向けて、突進して来た。

 一匹ではなかった。集団行動が多いと書かれていたことを、今更ながら思い出した。


「な、何体いるんだ……見えている奴らだけで、二十はいるぞ!! お、オンニさん! これ、ヤベェんじゃねぇのか!?」

「大丈夫じゃって、スタンくん。しっかり見届けるぞい」


 最弱クラスだろうが、シニミであることには変わりない。集団で来たら、威力も増す。もしも全身をあの牙に嚙まれたら、一瞬で血を吸われ切ってしまう。

 そのまま、喰われてしまうだろう。そうならないようにするには、一匹残らず倒すしかない。


 俺は右腕の袖を肩まで捲り、皮膚をさらけ出した。一番血を吸いやすい部分を、自ら作り出したのだ。

 予想通り、敵はこの部分を狙うようになった。だが次から起こるのは、俺だけの力ではない。


「なんだあれは!? テレスコメモリーの中にあった魔力が、末成さんの両脚と右腕にまとっていく!!」

「あれは……『強化』じゃ! 末成君は自身の両脚と右腕を、で強化している!!」


 スタンさんの前に立つオンニさんも、起こっていることに驚いている。ミゴスカの標的は、完全に俺だけとなった。

 囲んで来たのは、逃げ場を失くさせるためだろう。だが、もはやその行為は無意味だった。今の俺がただ突っ込んでくるだけの怪物に、負ける訳がなかった。


 テレスコメモリーを持ったまま、その場で回転し始めた。蝙蝠もどきは、右腕を目掛けて牙を見せた。かぶりつき、吸血する気なのだ。

 欠点を上げるとすれば、奴らは自身の小ささを自覚していなかった、ただ一つ。これが致命的な失敗に繋がると、俺にぶつかった所で理解しただろう。


 遠心力で勢いがついていた俺は、食いつこうとした奴らを吹き飛ばした。


 どれだけの数が突っ込んでこようが、個々の大きさは変わらない。合体でもすれば、牙も大きくなって嚙みつけたかもしれないが。


「そうか! 両手脚を強化したのは、回る勢いをつけるためだ! なんて単純で無計画な! だが、同時に強化した右腕の筋肉が張っている。言い換えると、硬いんだ! ミゴスカは、停止した車にぶつかる前方不注意の自転車! 奴らは対策を練り直す知能なんざ、元々持ち合わせていねぇ。だから、末成さんという『考えを持つ最弱』にも、成す術もなく負けるんだ!!」

「スタンくん、実況が上手じゃの。一緒に解説もしてない?」


 バギャッと鈍い音を出し、最後のミゴスカをブッ飛ばした。回転を止めた瞬間、目が回って両脚もガクガクし始めた。両手で膝をついて、目を瞑って深呼吸をした。


 どっと、汗が出てきた。『もっと、効率の良いやり方を見つけなければ』と考えていたら、拍手が聞こえた。顔を上げると、笑顔のオンニさんが近づいた。


「初勝利じゃのぉ、五十匹は倒してたぞい。どうじゃ、何か掴めたかえ?」


 息を整え終わった俺は、もう一度考えた。ミゴスカが降ってくるのを見た瞬間、怯むのを止めた。

 代わりに、『絶対に倒す』という気持ちを抱いた。その瞬間、望遠鏡が力を貸してくれた。


 パペ住宅街の皆さんを救う、ヘスロを倒す。

 過去ではそう決めた瞬間、俺の力が飛躍的に上がった。それは、テレスコメモリーの中にいる誰かが、俺と同じ気持ちになったのかもしれない。


「ならば、それがお前さんの『ソウル』になるんじゃな。ワハハハ、魔力は無いが、魂は存在しているじゃろ?」と、若い老人は微笑んだ。


 あるのだろうか、俺にしか出せない力が。


 その存在に気付く時は、己が何者かを理解した時である。


 テレスコメモリーを見ると、光の線が飛び出ていた。目で追うと、消滅しかけているミゴスカの魔力を、勝手に取り込んでいる。

 今の戦いで、魔力を消費した。また戦えるように、補充しているのかもしれない。


『君は似ている』という呟きが、鼓膜を揺さぶった。


 二人に聞いたが、首を傾げるだけだった。もしや、本当に誰かが入っているのか。まったく姿も見えないし、ノイズ混じりの声なので、性別すらも判断できない。だが、きっと良い人なんだろうと確信している。


 今日の修業が終わり、テントを張った。周りのシニミがいなくなって、安全になったので胸を撫で下ろした。

 奇襲予防として、オンニさんが『障壁魔法』をかけてくれた。これで、足を延ばして寝れるだろう。


「末成くん。明日になったら、クッキーの効果が切れてしまう。毎朝食べさせたいんじゃが、ストックが無いのう。なのでまぁ、代わりと言ってはなんだが、これを飲むと良いぞ。この缶を飲むと、一週間は魔力が見えるようになるぞい!」

「何味ですか?」

「世にも珍しい、ヘドロ味だ」と言われて、凄まじく落ち込んだ。


 ゲボ味よりも酷い。しかし、この小さな試練すらも乗り越えなければ、たどり着けない。覚悟を決め、オンニさんから受け取り一気飲みした。


 世界が反転し、全身から力が抜けた。内臓がひっくり返る感覚がし、ついに意識を手放した。

 さすがに、耐えきれなかった。最後に見たのは、手を伸ばす依頼人と、満面の笑みを向けた老人だった。


 スタンさんが足を引っ張り、テントで寝かせてくれたのを、翌朝になって知った。


 テレスコメモリーを傍らに置き、青ざめて寝ている俺を覗き見たオンニさんは、ほくそ笑んでいたらしい。


「末成くん。君はこれから、もっと強くなっていくぞ」

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