第五章 危険な山
修行編
0-27 登山開始
これは、俺がソフィスタに入団するまでの話。
ユーサネイコーという新しい地獄で生き延びるには、これしか道が無い。団長である茶寓さんをどうにか説得し、入団試験を受けることとなった。
全部で五項目。現在、第四項目まで乗り越える事に成功。遂に最終項目に挑む。これに打ち勝てば、ソフィスタの一員となれる。
茶寓さんによる『瞬間移動魔法』で、すぐにルージャ山へ着いた。夜中なので寒さが増し、足元が暗い。
入口付近で立ち止まり、総団長は手を伸ばした。『障壁魔法』を解き、俺が中へ入った瞬間に再び作り直した。
見えない壁越しに、彼と目を合わせた。青く光っている目は、綺麗な横線を描いていた。
腕を組んだ仮面の男は、首を上げて重い雲に覆われている頂上を見据える。
「危険地帯となれば、最低でもランク『4』のシニミがいるでしょう。道中、奴らに遭遇する可能性だってあります。テレスコメモリーだけだと、勝率は低い。けれど、君には誰にも無い部分がある。『難しいからできません』ではなく、『難しいのでできるようにします』という姿勢は、何よりも大切です。千道くんの帰りを、待っています。では、行ってらっしゃい」
背中を押された気がした。俺はテレスコメモリーを握り締め、山道を歩き始めた。茶寓さんは、俺が見えなくなるまで見届けてくれた。
必ず帰って来るという約束を破らず、ソフィスタに入団するために。俺は絶対に、ルージャ山の謎を解かなければならない。
『謎は二つある』と、俺は心の中で考えた。一つは、依頼内容であるヒノテアは、どこにあるのか。スタンさんたちは「ルージャ山にある」という、大雑把な部分で止まっている。これはあくまで推測なので、生息してない可能性もある。
そしてもう一つ。この山が危険地帯となった原因は、どこに潜んでいるのか。ここから出て来るシニミは、そいつによって操られているのだろう。
ここに潜む極悪集団のボスを討伐するのが、もう一つの役目だ。解決出来たらパペ住宅街は活気にあふれ、山の出入りも通常に戻る。そして、ゼントム国全体のシニミの数も、減少するに違いない。
「この山を救う。……絶対に」
「ほほう、気合が十分で何よりじゃ」と、隣から声が聞こえた。
足を止めて、首だけ動かして横を見た。俺はとても間抜けな顔をしていたらしく、「む、なんじゃその驚き方は。もしや、もうわたしのことを忘れた訳ではあるまいな?」と、相手は不機嫌な声色に変わった。
「い、いや……覚えていますけれど……え、えっ?」
俺は早速にも、シニミの攻撃を受けているのだろうか。幻覚を見てしまっているのかもしれない。何度も目を袖で擦るが、全く消える気配が無い。
「わたしたちを、幻覚だと思っとるな?」
「いッ!? いえっ、そんなことは……って、え? 私『たち』?」
「俺もいるぜ、末成さん! 依頼人たるもの、ジッとしていられなくてな!」
老人の横から、ひょこっと依頼人が出て来た。度肝を抜かれた俺は、真夜中にも関わらず叫び、辺りに木霊した。バサバサと鳥が木から飛ぶ音が、あらゆる方向から聞こえた。
茶寓さんが『障壁魔法』を解いた隙をつき、オンニさんの『瞬間移動魔法』で、スタンさんはしがみついて一気に突撃した。
「不正でもなんでもないな! ワハハハハ!!」と、オンニさんは笑った。彼はハンバーグを禁止されている人に、ロコモコを出すような考え方をしている。
なんという力技かと思った。だが確かに、「一人でやれ」とは言われてない。二人も手伝ってくれるらしい。お礼を言って、再度状況を整理し始めた。
ルージャ山の標高は、五百十三メートルである。比較的に考えると低いが、近くまで行くと、道が壁だと錯覚する。
ここに生息する危険生物は熊ではなく、シニミである。ヒノテアを探しに行くには、準備が必要だ。
「大欠損しているテレスコメモリー、魔力が無い末成くん。この二つを計算式で表すと、一+一はマイナス千じゃ! このままだと、死ぬぞ」と、ケラケラ笑ったオンニさんが、低い声で警告する。
これまでとは、難易度が桁違いだ。パソコンの中にあった依頼表の中で、一番難しいのを引き受けてしまった。
それでも、絶対に完遂させたい。この気持ちが、俺の魂を躍動させる。この山を救えるくらいの、力が欲しい。
正直に話すと、オンニさんは「よろしい、ならば修行じゃ!」と、張り切り始めた。
「修行? どこでやるってんだ。滝でも流れているのか?」と、スタンさんが疑問を投げる。不思議な老人は「チッチッ」と人差し指を横に振ってから、両腕を広く伸ばす。
「ここじゃよ、末成くん。このルージャ山こそが、お前さんの修行場となるんじゃ」
俺とスタンさんは、首を傾げた。彼は、本気で言っている。「今のお前さんは、理解しておらんじゃろ? 自分の能力を」と、歪な望遠鏡を指した。
何度か、思い当たる節がある。しかし、あれが本当にそうなのかは、定かではない。
なにせ俺は、魔力がゼロである。だから、魔法を使えるとは夢にも思っていない。
「この任務、期限はあるかね?」
「死ぬか遂行するかなので、日付は言われていないです」
「なら存分に修行が出来るの~、ワハハハハ!!」と、また物好きな考え方をしているオンニさんは、本当に俺を鍛えるつもりだ。
国際世界組織の入社基準によると、ランク『4』のシニミを倒す力を持つのが条件の一つになる。俺はまだ、最底辺ですらマトモに戦ったことが無い。
とはいえ、修行に熱中していたら、ヒノテアを見つけるのが遅れる。パペ住宅街の皆さんが気がかりとなっている俺に、スタンさんがシルクハットを指で回しながら、「見くびるなよ、末成さん」と、笑いかけた。
「俺たちは、そう簡単には死なねぇよ? 食料も何とかしているし、アンタがここにいるなら、シニミの影響も減るって見込みだ」
「そうじゃな。人間と言うのは、図太くてしぶとい生き物じゃ。お前さんが心配し過ぎることは、何一つも無いぞい」
二人の言い分を、信じることにした。山で修行するなんて、玄人がやりそうなことだ。だが俺には、やるという選択肢しかなかった。
極致へ辿り着くためには、何十倍も苦労を積み重ねる他ない。任務を遂行し、この地獄を生き抜く決意を抱いた。
観察し続けていたオンニさんによると、山に住み着いているシニミは上に行けば行くほど、強くなっていく。
俺たちがいる地点は、一番最初。すなわち、麓である。ここから順番に倒していけば、段階的に力もつくし頂上も目指せる。
ちなみにスタンさんは戦えないので、実況でもしてろとオンニさんに言われていた。老人は、解説者をしてくれるようだ。となると、俺と怪物が選手になる。
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