0-26 約束
スタンさんとオンニさんのおかげで、ルージャ山の情報が集まった。だが、テレスコメモリーに関しては、謎が深まる一方だ。
分かる日が来るかと疑問に思いながら、玄関の扉を開ける。総団長に聞いてみようと思ったが、明かりがついていない。まだ仕事中なのだろう。
手洗いをしようと思い、洗面台へ行った。ここはまだ整備してないから、悪臭とかゴミとかで溢れ返っている。水道設備も破損しているようで、少量しか出なかった。
ガスも電気回路も死んでいるので、今は部屋が暗黒である。情報を見ようと思ったが、暗くて不可能だ。茶寓さんが来たら、照らしてくれるだろう。
時間が余ってしまったので、ベッドに身を投げて姿勢も整えないまま眠りについた。俺はまた不思議な夢を見た。
前回は闇が続いていたが、今回は真っ白だ。扉と壁がどこにあるかも分からなく、何もない部屋に閉じ込められている。
「もう三回目だ」と、声が聞こえた。姿は見えない。上にも下にもいない。無意識に反芻すると、再び耳の中に入って来た。「今、千道の声がしたような……そんな訳ないか」
気がついたら、窓から光が差し込んでいる。どうやら日を跨いだようだ。のそりと起き上がり、呆然と両手を見た。
誰かと話せた気がする、と思った所で我に返った。
自身が
上半身を起き上がらせ、両腕を天井につき上げた。軽く肩や足首を回して、身体をほぐす。茶寓さんは夜に来るだろう。
その前に、危険山の詳細を一読していく。以下がその内容である。
ランク『1』のシニミ
ミゴスカ――集団行動してくる、
ザッバッ――地面から生えている雑草みたいな奴。わたしは、気付かずによく踏み潰している。葉っぱで刺すが、あまり痛くない。
ランク『2』のシニミ
トンプス――少し大きいハンコの形をしている。見た目以上に柔らかいので、攻撃は痛くない。けれど、ただ殴るだけでは死なない。
ミージ――例えるなら、すぐに折れそうな鉛筆である。集団で来るパターンが多いから、厄介者でもある。真ん中を狙ったら即死。
ランク『3』のシニミ
ドロタウス――泥で犬を形作っている。保護色にもなるから、踏まないように要注意。泥が付いた部分は、瞬時に腫れあがる。遠距離で一気に攻めると勝算はある。
フェイヤー――球体で顔しかないけど、まったく侮れない。炎しか出せないらしく、周りを丸焦げにする。加えて素早いから、山火事が起こるかもしれない。
最後の二体は、俺を襲ってきた奴らに違いない。やはり奴らは、ルージャ山から抜け出して来ていた。
『障壁魔法』は時間が経つと古くなるので、時々張り直しているらしい。だが、向こうも適応してきている可能性がある。すべてのシニミが解き放たれるのも、時間の問題だろう。
オンニさんは、二週間くらい前から張り込みをしている。だがパペ住宅街には、あまり行ってないのだろう。もしも頻繫に行ってたら、ヘスロなんてとっくにブチのめされているはずだ。
彼が何者なのかは不明だが、敵ではないと信じている。ただ、味覚はブッ壊れている。
他には、どんなマニアックな味を食べているのだろうか。茶寓さんが来るまで、まだ時間はある。今の俺は魔力が見えるので、テレスコメモリーを観察することにした。
歪な望遠鏡は伸び縮みするタイプなので、最長にしてテーブルの上に置いた。オンニさんの魔力を吸い取ったからか、少しだけ光をまとっている。
この武器には、全部で四つの
その中でも、一番酷いのは二番目である。ほとんどが欠けており、空洞化している。ギリギリ円状を保っているが、向こう側が筒抜けである。持ち手となる四番目が、一番形を保っている。
眺めていると、部屋の外から何かが割れる音がした。観察を終了し、現場まで行く。風呂場の正面にあった、全身鏡が落ちて割れてしまったようだ。
他にも、シャワーのホースが千切れ、湯船にヒビが入っている。使えない状態なので、俺は一度も入浴していない。
その代わり、茶寓さんが『洗濯魔法』をかけてくれる。寝てる間に、服装ごと綺麗にしてくれるようだ。
もしかしたら、さっきも来ていたのかもしれない。体臭がしないのは、周りへの配慮にもなっている。
夜の十一時くらいになると、総団長が突然現れた。『瞬間移動魔法』で、誰にも目を付けられずに来たのだ。調査を終わらせたと言うと、凄まじく仰天した。
彼は、早くても三日はかかると思っていたようだ。注目を集めることに成功したのは、ヘスロのおかげだろう。
それにしても、茶寓さんの魔力はやはり輝いている。だが、まったく威圧を感じない。むしろ、優しく包み込んでくれるような安心感を覚える。
じっと見ていたので「どうしましたか?」と言われた。
「魔力が見えるのって、面白いですね」
「はい!? 君、魔力が見えているんですか?!」と、また驚かれた。
ゲボ味クッキーの話をすると、「よく食べれましたねぇ」と、茶寓さんは感心した。
第四項目も合格したので、夜食――総団長が作った、春雨スープ――を食べる。
春雨はデンプンから作られているので、食後に屁をこかないように気を付けたい。加えて低カロリーなので、ダイエットにも適している。
俺は少しだけ腹が出ているので、腹筋に変えたいという願望がある。他の具材である卵とワカメは、出汁が出ていて美味しい。
「あのクッキー、有名ですよ。しかし一時的とはいえ、千道君も見えるようになるとは。やはり相当良いモノなんですねぇ」と、頬張る俺を見ながら仮面の男は微笑んだ。
味の代償と言うべきか、釣り合う効果があるのは良しとしよう。しかし効果が切れたら、再度食べなくてはいけない。
「それにしてもオンニさん、生きていたんですねぇ」と、茶寓さんは言った。
あの老人はソフィスタの一員じゃないのに、色んな危険地帯を勝手に監視しているらしい。
趣味なのか、何か目的があるのかは分からない。だが悪い人では無いので、自己責任と言う形にしているようだ。
テレスコメモリーや総団長さんの話もしていたので、思い切って聞く。「茶寓さんの前の総団長さんって、どんな方でしたか?」と。
オンニさんの年齢や、話し方からすると。彼が指している総団長は、茶寓さんじゃない気がするのだ。
「千道くん。私が初代ですよ。一番新しい『国際世界組織』なので、私が最初ですよ」
「そ、そうでしたか。失礼しました」と、すぐに頭を下げて謝った。
茶寓さんは気にしてないと言ってくれた。五つの中で一番新しいのを、失念していた。となると、オンニさんが話していたのは正しく彼のことである。
全然、暗そうな性格ではない。やはり、どこかおかしい。そんな考え事をしていたら、いつの間にか食べ終わっていた。ここに住むなら、自炊できるようにならなければ。
「さて、千道くん。次が最終項目である『遂行』です。先程の依頼を、解決するのです。私がルージャ山の『障壁魔法』を解除します。そして君が入ったら、またすぐにかけ直します。つまりこれは、リタイア不可能です」
死ぬか、完了するか。どちらかの道しか、歩くことが許されない。ここまで来れたのは、一人の力ではない。
心の中で、パペ住宅街の人々を思い描く。寒い夜も越えられるようになりたいと、誰もが願っているだろう。危険と無縁の山にするため、仁義の炎を宿した。
「最初から、覚悟はできています。シニミは俺が殺します」
「ふふっ。最初と比べて、随分成長しましたねぇ。若いって、素敵です。私は、ここで君が帰って来るのを待っています」と、総団長は微笑んだ。
待ち人がいると思うだけで、魂の底から勇気が湧いてくる。必ず帰って来ると、約束した。
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