0-24 スタン・T・アード
住民たちは俺を物珍しそうに見ているが、襲おうという気は無い。
こんなに注目を浴びている中、俺はスタン・
「ここにいるぜ」と、声が聞こえた。
民衆をかき分けて前に出てきたのは、男性だった。所々破れている深緑色のシルクハットを、胸元に持ってくるようにしていた。
背は俺より少し高いけれど、ヘスロや茶寓さんよりは低い。顎の髭は、拘りがありそうな剃り方をしている。
「ここは元から環境が悪くて、空気が淀んじまっている。加えてすぐ傍にあるルージャ山は、シニミの住処となっちまった。この二つの要因が合わさったからなのか、体調不良者が増え続けている! 子供や老人といった、魔力量が少ない奴らから、バタバタと倒れていく! 医療班なんか、他の所で働き詰めだ。こんな所には来てくれもしねぇよ! だが、アンタは違う。ヘスロを沈めてくれて、俺たちに希望を持たせた。なぁ、このまま話を聞いてくれるのか?」
一気に語り掛けたスタンさんと向き合い、首を縦に振った。真摯な瞳で見つめると、彼は微笑した。
「確かに、俺たちは魔力が少ねぇ。だがそれだけの理由で、生きるのを諦める奴が、真の愚か者だろう。どうすれば長生き出来るか? 毎日考えて、ついに見つけた。『ヒノテア』という薬草があれば、病原体を撃退できるとな。だが皮肉にも、ここら辺でそれが生えているのは、この山くらいしかねぇんだ」
親指で後ろの山を指しながら、スタンさんは肩をすくめた。周りの人たちも、諦めの顔をしている。
今の話から考えるに、『障壁魔法』があってもシニミの影響が出ているのだろう。まだ伸びている大男の背中を踏みながら、依頼人は「だが……」と言い、俺に視線を合わせた。
「俺の勘違いだったら、申し訳ないんだが。アンタ、魔力がとんでもなく少ないんじゃないのか?」
「少ないどころか、魔力が無いんです。数字で表すと0なんです」と言うと、彼らは一層目を見開いた。
この世界では、どんなに生まれつきの魔力量が極小でも、あることには変わりない。
異邦人である俺だけが、ただ一人この規則に反している。
この街で一番魔力を持っているヘスロを、ワンパンしていたじゃないか。そう言われて、俺は返答に困った。
金属ペンも、さっきの一連の流れも。どう考えても俺の力ではない。言い淀んでテレスコメモリーを見ていると、スタンさんが声を上げて指した。
「あ、アンタ! その望遠鏡を、どうして持てるんだ!? 疲れたりしないのか……?」
「いえ、まったく」と正直に言うと、彼は興味深そうな顔をした。
名前はなんて言うのかと言われたので、末成 千道と答えた。
「末成さん。アンタとは、色々話してぇな。俺の家で、情報交換しようぜ」と言ったスタンさんは、背を向けて歩き出した。
住民たちが道を開いたので、彼の後ろをついて行く。彼らはしばらく俺たちを見ていたが、それぞれの方向へ歩き出した。
色んな方向から、足音がし始める。ヘスロに手を差し伸べる者は、一人もいなかった。時間が経てば、目が覚めるだろう。
スタンさんの家に着いた。「ボロいが勘弁してくれ」と言われたが、殺風景で悪臭漂うあの家なんかと比べると、綺麗だと心の底から思った。
俺たちはテーブルを挟み、向かい合うように座った。ココアを淹れてくれたので、お礼を言ってから飲み始めた。
彼から見ると、魔力が無いのに動いているのが不思議だそうだ。少しだけ考えたが、彼は良い人なので、これまでの経緯をかいつまんで説明した。
俺はこの惑星出身ではないことと、今は入団試験の途中であることを。すべてを話し終えると、スタンさんは一切疑わずに「そうだったのか!」と納得してくれた。
「俺らよりも、大変な目に遭いまくっているんだな」と、歯を見せる程の笑顔を向けられた。
果たしてどうだろうか。骨の彼と茶寓さんが、マトモに相手してくれなかったら。そう考えるだけで、背筋が凍ってしまう。
この街の人たちは、毎日さっきのようなことを繰り返しているようだ。マトモに相手にされない環境に居たら、三日で逃げ出すのが当然だ。
熾烈な状況に置かれても、生きる努力をしている。彼らの精神は、俺よりも逞しいのは明白だ。
「にしても、不思議なこともあるんだな。俺達には想像も出来ねぇくらいの『転移魔法』でも食らったのか?」と、頭をガシガシかきながらスタンさんは唸った。
ついさっき、茶寓さんにやってもらった魔法だ。可能性はありそうだけど、犯人の目的が分からない。なんで俺なんだとか、わざわざ違う惑星からやるのか、とか。
「魔力が無いのに、あのエリート職業に入ろうとしているなんて、クールだな。羨ましい限りだ。ここに住んでいる奴らは、腐っているのがほとんどだからな。さっきだって、坊主がブン殴られているってのに、みーんな見て見ぬフリだっただろ?」
「ヘスロが恐ろしいからでは?」
「それもあるけどな」と言ったスタンさんは、人差し指を左右に振った。
どうやら、もっと別の理由があるようだ。それはとても醜く、誰にでも当てはまってしまう内容だった。
「もう、助ける気が無いのさ。『どうせ無駄だ』って、信じちまっている。所詮は自分じゃないからな、関わらないようにしているんだ。サイテーだよな。ただの傍観者が、一番被害者を苦しめているってのに」
加害者は身体の傷を、傍観者は心の傷を、被害者に追わせてしまう。俺は実体験から、そう信じている。
あの少年も、俺と同じ目に遭う直前だったのかもしれない。
「だからこそ、アンタはスゲェな。立ち向かうどころか、ワンパンしちまうなんてよ! その望遠鏡を使えるなんざ、只者じゃねぇな」
「えっと、これを知っているんですか?」
「知ってるも何も……これ、超有名な古代の魔道具だぜ? いわくつきのな」
机の上に置いたテレスコメモリーを指しながら、スタンさんは俺に視線を合わせた。この望遠鏡に触れた者は、たちまち魔力を吸い取られてしまうと、説明された。
思わず目を口を開けて驚く俺を見て、彼は「末成さんが持てるのは、魔力が無いからかもしれないなぁ」と言ってニカッと笑う。
この望遠鏡、本当は危険なモノなのだろうか。でも、どうして茶寓さんはこれを捨てたり、壊したりしなかったんだろう。放置はしてたっぽいけれど。
触れなければ無害なので、今はスタンさんの魔力を吸い取ってない。どうして、そんなに詳しいのか聞くと、少し眉を下げて答えてくれた。
「俺の知人が、魔道具マニアでな。色々話を聞かされるんだ。コイツは、良くも悪くも特殊過ぎるからな。それで覚えていただけだ」
その知人という方に会えば、テレスコメモリーを、もっと知れるだろうか。茶寓さんがこれを俺に渡した理由は、魔力が無いからという理由だけではない気がする。
今はどこにいるのかを聞くと、「ルージャ山の周辺にテントを張っている」と言われた。
「『障壁魔法』を抜けて来るシニミを、叩いてくれてんだ。ちょっと、いや……大分変わった人なんだよ。行ったら、色々試されるかもしれねぇ」
どうやら、ソフィスタの一員ではないようだ。しかしその方も、そんな危ない場所に滞在しているということは、俺と同じ気持ちなのかもしれない。
何を試されても良いと言うと、スタンさんは「アンタ、度胸もあるんだな」と苦笑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。