0-20 休憩

 茶寓さんと並んで、新しいソファーに座った。前のよりは座り心地が良いが、総団長室にあったソファーが一番だったなと、心の中で評価した。


 大仕事を終えた気分になり、呼応するようにして腹の虫が大声を上げた。茶寓さんに聞かれてしまい、少しだけ顔が熱くなった。

 彼は「時間も丁度良いので、朝ご飯を食べましょうか」と、姿を消した。『瞬間移動魔法』にも慣れてきたので、あまり驚かなかった。数分後、総団長は二つのプレートを持って戻って来た。


 マーガリントーストと、ケチャップがまばらに掛かっているベーコンエッグ。サラダも付いており、胡麻ごまドレッシングがかけられている。

 ドリンクはリンゴジュースと、グレープフルーツジュースの二種類。そして、ナタデココが入っているヨーグルト付きだ。


「豪華ですね」

「ここには大食堂があり、朝食に力を入れているんですよ」


 ソフィスタは一日中人助けをしているので、一番大切な食事となっていくのも不思議ではない。

 大食堂は十階建てであり、ソフィスタ以外にも、他の国際世界組織の人や、一般の人々も使用する。五階までは無料で、八階からは完全予約制らしい。


 手を合わせて、トーストを口に運ぶ。出来立てだからか、サクサクと歯ごたえがある。ベーコンエッグは、ケチャップも美味しい。大食堂で使われている調味料は、どれも一級品なのだろう。

 舌が肥えてしまいそうになった。こんなに美味しいモノを食べたのは、いつぶりだろうか。空腹だったって言うのもあるけれど、すぐに食べ終わってしまった。おかげさまで、とても満たされた。


 今は魔力が無い俺を、隠し通さないといけない。試験の再会は、夜である。茶寓さんは仕事に戻るようだ。彼はいつ眠るのだろうか。

 試験の最中も、誰かに見られないか見張っててくれている。掃除と買い物を待ってくれるが、本当は暇でしかないだろう。


「俺のこと、気にかけてくれているんですか?」と聞くと、「違いますよ」と言われた。


「私は試験を放棄するか、やり遂げるかを見ているだけです」と付け加えた彼は、仮面から汗が滝のように流れ出ていた。


「でも、何人かにはここに来た瞬間に見られていますよ」

「すぐに建物の中に入ったので、『魔力抑制が大の得意な人』と誤魔化せます!」

「そうですかね?」

「そうですとも!」


 茶寓さんは、俺を隠し通すのに躍起になっているようだ。総団長なので、異端者をかくまっていると知られたら、色々聞かれるに違いない。


 試験の再開は夜なので、それまで寝てても良いかと聞いた。掃除、買い物、朝ご飯。ぶっ通しでやったからなのか、睡魔が襲ってくた。昼夜逆転しているが、仕方がないだろう。


 茶寓さんは、これから精神災害に関する団長会議をするようだ。ずっと辺鄙へんぴな場所にいるのも、怪しまれてしまうだろう。

 俺がこの家から出ない――昼ご飯は運ぶと言われた――と約束し、彼は姿を消した。


 一人になった瞬間、身体の力が一気に抜けた。無意識に緊張していたのだろうか。今はもう、何もやる気が起きない。早く寝ようと思い、ベッドまで移動した。


 本当は、キングサイズよりも大きくて、羊の毛よりもふかふかな素材で、とても柔らかいウォーターベッドが良かった。

 そんなのはどれも数十万はかかるので、泣く泣くシングルよりも小さくて固いベッドにした。


「いつかぜったいに、ごくじょーベッドを……」とか、むにゃむにゃと独り言を呟いた。いつの間にか、意識を手放していた。


 この時、俺は不思議な夢を見た。真っ暗闇に一人だけ、呆然と立っていた。周りを見ても誰もいなく、果てがどこまでも見えない。

 しばらく歩いていると、上から声が降って来た。「なんだキサマは、ワタシの邪魔をするつもりか?」と言われた。


 口を開いたが、音にはならなかった。空の声は、俺の返事を待たずに話を進める。俺が何者であろうと、邪魔者には変わりないと告げた。


 瞬きをしたら、景色が一変した。俺は天井を見ていた。窓から入る日光で、手元を照らしていた。横を見ると、点滴が繋がれていた。その隣には、憎しみを帯びた顔をしている、家族がいた。


 これは俺の記憶だと、なんとなく理解した。


 家族は俺の所為で人生がメチャクチャになったとか、俺が生きているから苦しむ羽目になったとか、罵詈雑言をぶつけて来る。身体が重くて、俺は指一本すら動かせない。

 親父がナイフを持ち出した。両手で握り締め、俺の腹に向かって突き刺そうとしてきた。


 これは、記憶通りではない。


 正に悪夢の中にいるのだと、ここで自覚した。このまま血の海を作ったら、現実でも息の根が止まってしまうのだろうか。


「オイ」と、誰かが言った。


 その瞬間、家族が塵となって消えた。天井も点滴も、日光すらも無くなった。さらさらとすべてが焼失し、再び闇の世界へ帰って来た。寝そべったままだったので、上半身だけ起こす。


「お前の好きにはさせない」と、また同じ声が聞こえた。


 これは俺に話しているのではなく、先ほどの悍ましい声に対して言っている。何も見えないが、少しだけ黒の濃度が薄くなった気がした。


「千道、もう起きろ。早くしろ。ここから出るんだ」


 突然意識が覚醒し、飛び起きた。


 息が乱れており、背中に汗がベットリ付いていて、気持ち悪い。この部屋は寒いので、身体が冷えてしまいそうだ。


 ここに来ても病院の夢を見てしまうとは、思ってもいなかった。頭の中に、こびり付いてしまっているからだろうか。

 だが、今回は変だった気がする。まるで、突如停電を起こしたテレビのようだった。けれど途中から、景色が変わった気がする。

 声がした。二人いた気がするが、どんな声で話していたかは思い出せない。


 とりあえず深呼吸をして、心を落ち着かせた。叩き起こされた気分ではあるが、老人のように自然に目が覚めただけかもしれない。

 夢見は悪かったが、熟睡していたらしい、疲れは取れている。


 窓を見ると、もう夜になっていた。机の上を見ると、茶寓さんが置いてくれた昼ご飯があった。完全に冷めきってしまっていたが、完食した。

 彼が来るまで、寝起きの準備体操をして体をほぐした。第三項目ではパソコンを使うと言っていたので、充電が出来てるか確認した。無事に満タンだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る