第四章 入団試験

前半戦

0-16 環境整備

 仮面から汗を流す茶寓さんを、じっと見据える。とても驚かせてしまったようだが、俺は取り消しにする気は無かった。

『魔力が無い奴は不可』とは書かれてないし、言われてない。そして、俺が進むべき道はこれしかないと、確信していたのだ。


「入団試験があるなら、今すぐやらせてください」と、まだ驚愕している茶寓さんが有無を言う前に、勝手に話を進める。


 ここで引き下がる訳には、絶対にいかない。


「どんなにキツくても、投げ出しません。どんなに酷くても、絶対にやり遂げます。何が起きても、俺は落ちません」


 そう言い切った俺は、自ら逃げ道を封鎖した。宣言というのはにならないようにする、であるのだ。

 茶寓さんはしばらく俺を見つめていたが、やがてポツリと「そうですか」と呟き、ようやく立ち上がり微笑する。


「私はこれまでに、色んな方の『瞳』を見てきました。瞳と言うのは、魂が良く見える場所です。だから、分かってしまう。これから私が、どんな手を使ってでも、止めようとしても。君は絶対に、その決意を曲げないと」と言った彼は、俺の右肩に優しく手を置いた。


 破れたパーカーから、彼のぬくもりが伝わった。瞬きをしたら、着替えさせられていたことに気が付いた。

 白いワイシャツに、灰色のベスト。少し丈が長めの黒いブレザーには、星の刺繡が入っている。ズボンにも、お洒落な赤色の縦線が入っている。


 元々着ていたパーカーは、茶寓さんが手に持っている。所々ほつれてしまっているのが、良く分かる。


「ふふっ。良く似合ってますよ。たくさん動きますからね。その洋服には、多少の防衛機能があります。試験中は、それを着て下さい。入団試験は、全部で五項目あります。では、行きましょうか」


 茶寓さんは、扉をゆっくりと開く。ギィィィィと、とても耳に悪い音がした。廊下に出る彼を追いかけて、一歩ずつ踏み出していく。


 外は、とても綺麗な夜空が広がっている。快晴では無いけれども――電灯が全く無いからなのか――片目しかない俺でも、三等星までは肉眼で見えた。


 しばらく歩くと、長い道の上に着いた。昨日の朝に、骨の彼と一緒に歩いた場所である。今は夜中なので、人がまったくいない。

 この時間帯は、一般人は立ち入り禁止のようだ。好都合なので、ここで第一項目を実施すると話された。


「それは……掃除です!」

「ええっ、それって試験なんですか!? 雑用じゃなくて!?」と、身構えていた分、一気に脱力した。


 そのお陰で、緊張は解けたので良しとしよう。そんな俺を見て、彼は「そんなことはありません」と、急に大真面目な顔をした。


「最近は、自主的に掃除してくれる方が少なくなりまして。見ての通り、どこもかしこもゴミだらけなんです」と、総団長が指した方向を見た。


 確かに、落ち葉だけではなくて缶やペットボトル、お菓子の袋とかがチラホラ落ちている。

 なんと一般の人々も、ちゃんと持ち帰ってくれないらしい。『マナーが悪いな』と思うのと同時に、『あの家よりは全然マシな汚れだ』とも考えてしまった。


「とはいえ、『DVC』はとても広いので、全部の道をやれとは言いません。このメインストリートだけで、十分ですよ。一番の通りですからね」


 ここは入口からまっすぐに伸びていて、そのまま歩いて行ったら、岩が置いてある場所にたどり着く。オブジェのような立派なモノかと思っていたが、コケだらけでボロボロの岩だと言われた。

 朝も通っただろうが、人混みで気が付かないくらいに小さいらしい。なんだか、この場所に適していない気がした。


「その岩を中心に、この道を含め八方面へ伸びています。君が掃除するのは、その八本の道です。えーっと、今は二時二十四分ですか。団員の誰かが来る可能性も考えると、四時までに終わらせて下さい。ゴミ袋はたくさん用意してあるので、いくらでも使って下さいね」


 茶寓さんは、俺に箒と塵取ちりとりとゴミ袋――もちろん、45Lである――を渡し、「私はここに居ますからね」と微笑む。どうやら、監視をしてくれるようだ。


 まずは、道の長さを計測しようと考えた。多少の差はあるかもしれないが、大体は知っておきたかった。開始直後、岩がある場所まで走り出す俺を見て、茶寓さんは「?」という顔をしているだろう。


 しばらく走っていると、大きな岩が視界に入って来た。柵に囲まれているみたいだから、激突はしなかった。

 確かに、見るからにボロボロだった。何故、こんなに大事にされているのだろうか。普通なら柵なんて付けないと思うが、今はそれを考えている暇はない。


 ここが、メインストリートの中心となる。


 最初の地点から、何か目印になるモノを思い浮かべる。追いかけて来なかった総団長を使うことにした。

 彼の身長は目分量だが、190cmと仮定する。俺は右腕を前へ伸ばし手を直角に立て、プロポーションの法則を使う。


 俺の身長は176cmだ。肘から指先までの長さは――1/4である――44cmなので、片腕はその倍の長さとする。

 縦軸となる俺の人差し指の長さは、7cmくらいだ。そこから導き出される計算式は『88:7 = X:190』である。


 このメインストリートは、一本につき約24mもあるようだ。一つの道を十分で終わらせないと、タイムオーバーになる。

 幸いにも道自体は真っ直ぐなので、岩の前でまとめて取るのが効率的だとか、目立つゴミを中心に取り組もうとか考えながら、茶寓さんの所へ走って戻った。


 案の定、彼から「何か対策していたんですか?」と言われたので、「この試験の攻略を導き出しました」と答え、やっと掃除を始めた。


 あの部屋とは違い、臭くないのでやりやすい。しかし、ずっと中腰姿勢を保っていると、腰がキツくなって来る。

 なので時々手を止め、深呼吸をしながら、背中を反り返る。掃除、後屈、掃除、後屈を繰り返していると、あの岩が視界に入る。これを、あと七回繰り返した。


 ここには時計が無いので、いつの日にか完コピした三分ピッタリの曲を、三回ずつ脳内で流す。この方法は誤差が出ないように、集中力を極めないといけないので、余計に疲れた。


 すべての道のゴミを集めた。六割は落ち葉で、四割はポイ捨てだ。ストロー、紙パック、ガム、駄菓子の袋、生モノ。ゴミ袋の口を大きく開け、一気に入れる。たとえ45Lでも、すぐに満タンになる。


 茶寓さんが来て、「そこまで」と言った。時間切れらしい。結果は、満タンのゴミ袋が十五個も出来た。一時間半でこんなに取れるのは、範囲が広かったからだと信じたい。


「素晴らしいですうううう! 一人で十五枚のゴミ袋を、パンッパンにするなんて! このメインストリートが、どれほど汚いのか! よぉぉぉおく、分かりましたよ!!」


 満面の笑みを作り、全力で拍手する。ほとんどが落ち葉だと言ったら、「またまたご謙遜を」と手を振った。


「これは報酬も弾んじゃいますよぉ! 次の項目で使うモノです。さ、手を出して」と言った茶寓さんは、ふところから財布を取り出す。その中から三枚のお札を出し、俺の掌に乗せる。目を凝らしてみると、どれも『10000』と書いてある。


「さ、三万円!?」

「ふむ。『エン』というのは、千道くんの国の単位ですか?」

「はい」

「そうなんですね~! ゼントム国の単位は、『マニゾン』と言いますよ」

 本当は一万マニゾンのつもりだったらしいが、予想以上の出来だったので、三倍にしてくれた。元々太っ腹だったとは、恐れ入る。丁寧に折りたたみ、ポケットの中に入れる。落とさないようにしなければ。


「そうだ、さっきの攻略法が気になります」

「道の長さを図っていたんです。俺の腕と手の長さと、茶寓さんの身長を使って」


 俺は、右腕を伸ばして手を直角にし、先程のやり方を再現した。茶寓さんは、興味深そうに見ていた。ちなみに彼の身長は、192cmだそうだ。


「それと、もう一つ。先ほど、君が寝ていた時のことですが。とてもうなされていましたよ。随分と苦しそうにしていたので……何か、悪い夢でも見てたのですか?」

「え? そんなに魘されてました?」と言った俺は、頭をぐるりと回転させる。


 ぼやけてしまって、明確には思い出せなかった。誰かが、話しかけてくれたような気がする。だが、姿は見えなかった気がする。結局「覚えてないです」とだけ伝えた。


 体調も万全なので、第二項目の会場へと移動する。まだまだ試験は始まったばかりなので、気を引き締めて行かなければ。

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