0-7 執筆不明者の手紙
茶寓さんは、地球という惑星の存在は、さすがににわかには信じれないと話した。けれど、俺がユーサネイコー出身ではないと、一目で理解した。
結果的に、俺の言い分を「信じます」と、断言した。正直に言うと、歓喜よりも驚愕が勝った。一切の余念がない言葉を真正面から貰えるとは、露とも考えていなかったのだ。
「どうして信じれるのですか?」
「もちろん、君には魔力が無いからですよ」と、立ち上がった茶寓さんは俺を指した。
骨の彼も、似たような内容を話していた。脳内で、今の言葉を反芻した。
この時点で、俺は彼らにとって有り得ない存在となっている。茶寓さんは両手を広げ、大々的に説明をする。
「この世界の生物は、体内に血液と魔力が流れているのです。魔力が底をついてしまっても、死にはしません。ですが、指一本すら動かせなくなるのです。それなのに君は、魔力が無いにも関わらず動けている」
それが俺にとっての普通なのだが、この惑星の生物は違う。血液だけではなく、魔力も無いと動き回ることができない。この時点で、俺は前代未聞だと言われてしまった。
「加えて、ユーサネイコーのユの字すら知らないなんて、絶対に有り得ないですよ」
「た、確かに」と、納得せざるを得ない。
天文学者は一人たりとも、この惑星を見つけてない。ここは、銀河のどこに存在しているのだろうか。現時点で地球との違いは、魔法とシニミの存在と、聞いたことが無い言語だ。
「本当に不思議ですねぇ。手ぶらでこの国に来るなんて、水をかけても消えないロウソクを作るのと同じくらい、不可能なことなのに。そのパーカーのポケットの中にも、何も入っていないんですよね?」
俺の涙と血が付いている、骨の彼からもらったティッシュくらいしか思いつかない。丁度ゴミ箱があったので捨てようと思い、手を突っ込んだ。
ティッシュではなく、硬い紙の感触がした。
疑問に思いながら取り出してみると、それは一枚の手紙だった。丁寧に折り畳んであり、汚れが一つもない。
あんな目に遭ったのに、どうしてここまで綺麗な状態なのだろうか。とりあえず、開いて中身を見始めた。
『どうか、君に届きますように。■■■に、手を差し伸べますように。■■を、受け取ってくれますように。■■■■■が、■■■しますように。永遠に広がる、この世界の中で。■■が、ずっと宿りますように。■■を、運び続けますように。■■に、天の導きが来ますように。君はこの先、どこまでも放浪をするだろう。笑い、泣き、怒り、悲しみ、喜び。希望、絶望、過去、未来。君から失うことが、無いように。■■■へ、たどり着きますように』
とても読みやすい、綺麗な字で書かれていた。だが、所々はインクで塗り潰されたり擦れていた。そして肝心の差出人が、どこにも書かれていない。何度も見返してみるが、この手紙をもらった節を思い出せなかった。
俺はこのことに関して、何もかも忘れてしまっていたのだ。
不思議なことに、この手紙を読んだだけで心が温まった。今までの緊張が、少しずつ解けていく。この手紙には、希望が詰められていると、直感が働いた。
口元が緩んでしまったことに気が付いたのは、バサバサと物音が聞こえたからだった。
前を向くと、茶寓さんが冷や汗を滝のように流しては震え上がり、後ろにある資料棚にぶつかっていた。皮膚以外だけではなく、仮面にも汗が付いてしまっている。
大量の本や紙が床へ落ちていくが、彼の視界には入ってなかった。俺が手に持っている手紙を指し、「君……そ、それは?」と、震えた声で質問した。
「手紙ですね。もらった覚えはありませんが」
「なんです、って?」
「大丈夫ですか? なんでそんなに怯え、ッてぇ!?」と、俺が言い終わる前に、両肩を強く掴まれガクガクと揺らされた。
そして、答えさせる暇も与えないほどに、まくし立てられた。俺は「う、あ、うぇ」と、言葉にもなっていない発音しかできなかった。
「君ッ! もう一度確認するので、よく聞いて下さい! この世界に君の家は無いんですね、住民票も無いんですね!? この世界に君が存在しているという『証明書』は、どこにも無いんですねェエェエ!?」
意識が朦朧としながらも、なんとか彼の腕を叩いて「もう止めてくれ」と、微力ながら伝えた。ようやく我に返った彼は「すみません」と言い、深呼吸をした。
突然の豹変に驚いてしまったが、すぐに落ち着きを取り戻してくれた。質問に頷くと、彼は「……そうですか」と、呟いた。
「その手紙、見せてもらっても良いですか?」と言われたので、茶寓さんに手紙を渡した。彼は首を傾げ、小声で「見たことがない言語」と呟き、指を一振りした。
彼から、『翻訳魔法』を使ったと言われた。『通訳魔法』とは、少し勝手が違うようだ。無言で読み進める彼の後ろ姿を、呆然と見つめることしかできなかった。
もしかして、あの手紙は元から日本語で書かれているのだろうか。そうだとしたら、俺が地球から持って来たということになる。だがそれだと、茶寓さんが動揺する理由が分からない。
この謎はもちろん判明するが、だいぶ先になるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。