第二章 寝処探し

相談編

0-6 総団長 茶寓 娧己

 骨の彼の本部まで行くのに、屋上からは距離が結構あった。だが俺は、一歩も歩かずに辿り着いた。彼の手を握った瞬間、景色が一変したのだ。

 首を限界まで上げても視界に入り切らない、巨大な門を潜り抜ける。浮かんでいる丸い建物や、移動している四角い建物などが、ここには平然とある。お祭り会場の如く、人がごった返している。


「なにしたの?」と、首を傾げて聞く。何かしらの魔法だとは、理解していたが。

「『瞬間移動魔法』を使った。さっきも、これでイモ君を運んだんだよォ」と、教えてくれた。

 さっきというのは、俺が道端で気絶してしまった時の話だろう。地べたから人目のつかない屋上まで、一瞬で連れて来てくれた。彼の気遣いに、再び感謝する。


「『翻訳魔法』といい、便利な魔法がたくさんあるな」

「星を越えても通用するとは、思ってもなかったけどねェ」と、美少年は笑いながら進んでいく。はぐれないようにするためか、俺の手首を掴んだままだ。


 ここが、骨の彼が所属しているソフィスタの職場。ちゃんと名前があり、ドゥリア・ウィントルク・キャッシルというらしい。略称は『DVC』。意味はゼントム語で『輝かしい夢にあふれた未来』。


「ここって、大企業なのか?」と、俺は周りの人を見ながら質問した。

「五万人くらいはいる。でも、ここら辺を歩いているのは、ほとんどが一般人だよォ。この建物には、誰だって入れるから」と、周りの騒音にかき消されない声量で、答えてくれた。


 周りの人たちがちらりと見ては、パッと目を逸らす。見てはいけないモノを、一瞬でも見てしまったかのように。彼らにとって、俺は本当に変な奴なのだろう。表情に驚きが出てきている人もいた。


 大学のキャンパスを端から端まで歩くくらい、この建物はとても広い。直線上にあった建物の中に入る。左右にも通路が広がっているが、ひたすら前進する。

 加工された木で出来た長い階段を上っていき、骨の彼は黄金の扉の前でようやく立ち止まった。俺の手首を離し、ノックをせずに扉を開く。返事は聞こえなかった。


「いないのかぁ。まぁ、中に入って呼べばいいか」と呟いた彼は、勝手に扉を開けた。鍵は掛かっていないらしい。呆然としていると手招きされたので、小さくお辞儀をしてから入った。


 分厚い本が陳列されている。大量の資料らしきモノが、至る所で山積みになっている。ぶつかってしまったら、まとめるのに半日は掛かりそうだ。

 そこら中に紙が散らかっているが、テーブルとソファー、クローゼットなどの家具は、どれも超高級品で間違いないだろう。よく手入れされているのか、艶まで見える。


 この部屋の主は不在だと、すぐに分かった。待ってればいいのかと考えていたら、骨の彼が天井からぶら下がっている、黄金のスライムを握り潰した。「ピンポン、ピンポコリンピン、ポンチョンパッチョ」と、凄まじく奇妙な音が流れ始める。


「な、なにしているの?」と、戸惑いの声を上げた。「今のは?」

「総団長を呼んだ。いい人だよォ、すぐに来てくれる」

「えっ、まさかそんな簡単に」

「どうしましたか!?」と、大声で俺の言葉を遮りながら、誰かが扉を蹴り飛ばして入ってきた。『なんて行儀が悪いんだ』と失礼ながら思ったが、その容貌を見て身震いする。


 その大男は茶髪であり、顏の上半分に仮面を被っている。というより、前髪と仮面が一体化してる。いったい、どういう原理なのだろうか。後ろまで伸びているので、髪の毛自体は長いようだ。

 仮面から少し見える目は、タコのように横線で黄色く光っている。たくさんの色と模様がパッチワーク状に入っていて、後ろには白と黒のマントが付いているという、奇抜な洋服を着ている。


 怯えている俺を見て、スライムから手を離した骨の彼が、声を出して笑い始めた。仮面の大男は、「おっと、そんなに震えないで」と、見た目とは正反対と言えるくらい、穏やかな声で俺に歩み寄る。


「ここに来たということは、重大なお悩み相談ですね。では、この私が解決しますよ! さぁさぁ、ソファーに座って!」と言った大男に、優しく手を引かれ座らせられる。

 白と黒が市松模様に入っているソファーは、見た目通りの柔らかさがある。一瞬にして、尻が引き寄せられるのは明白だった。


「俺は帰るよ。じゃあね、イモ君」と、骨の彼は手を振って部屋から出て行った。ここからは、大男に任せるらしい。背中が見えなくなるまで、小さく手を振り返していた。


 彼と再会するのは、この物語の中ではない。然るべき時に、話せるだろう。


 大男は俺と向かい合って座り、一度咳払いをした。それから緊張して縮こまっている俺に、保育士のような微笑みを向ける。

 敵意とかは一切感じないので、警戒は次第にほどけていく。俺と視線を合わせた彼は、胸辺りに自分の右手を優しく置いて、自己紹介をする。


「私はソフィスタの総団長である、茶寓 娧己と申します。以後お見知りおきを」


 大男、もとい茶寓さん。彼は両膝に両手を置き、深々と頭を下げる。それでも仮面が取れないのが、なんとまぁ不思議だ。慌ててお辞儀をし返すと、茶寓さんは俺の顔色を伺う。黄色の横線が、深淵まで覗き込んでいる気がした。


「見るからに疲れてますねぇ、これをどうぞ」と呟いた茶寓さんは、テーブルの上を指した。何も乗っかっていなかったのに、独りでにホットコーヒーが浮かんで来る。

 背もたれに背中と両腕をくっつけるほど、俺は驚愕した。反応が面白かったのか、茶寓さんは大笑いする。


「心配しなくても、毒なんて入っていませんよ。さぁ、冷めない内に飲んじゃって下さい」

「い、いただきます」と、俺は催促されながらもゆっくり飲み始める。喉から内臓へ、じんわりと温かさが広がっていく。これはミルク少なめで砂糖の量が普通の、モカコーヒーだ。次第にだるみが取れて、身体の傷が治っていくことに気が付き、再び驚く。


「とても傷だらけなので、『治癒能力』があるハーブを入れました。いかがです?」

「ありがとうございます、美味しいです!」と、俺は何度も頭を下げた。実際、本当に味も良かったので、あっという間に飲み干した。

 俺の具合が良くなった所で、茶寓さんは両手の指を組み、肘をテーブルの上に乗せて前屈みになる。


「さてさて、君はどんな悩みを抱えているのですか?」

「話せば長くなりますが」と、これまでの経緯を嘘偽りなく話し始める。話し手である俺は、まだまだ現実感がない。しかし聞き手である茶寓さんは、最後まで疑わずに聞いてくれた。

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