0-3 存在不明の惑星

 どうやら、俺はまた横たわっているらしかった。先ほどと違う点を挙げるとすれば、背中におうとつを感じない部分だ。薄く開いた視界を遮る存在も、何一つとして無かった。


 冷たい風が、頬をでた。相変わらず、美しい青空が広がっていた。強いて言うならば、雲の量が多くなった。

 ゆっくりと身体を起こして、右手で額を押さえた。さっきまで、何をしていたかを思い出し始めた。


「あ、起きた?」と、美少年が横から顔をにゅっと出した。


 その拍子に、変な声を出してしまった。彼は正面でぐらをかいて、ケラケラと笑い出した。俺は彼のことを、知っている。


「骨の彼!」

「なぁに、そのあだ名。変なの」と、彼はまた笑った。


 骨を意図的に人体の外に出したから、とりあえずはそう呼ぶことにした。


 ちなみに彼の本名は、この物語ではなく次で判明する。言い換えるならば、すぐに別れが来てしまうのだ。

 再会する日まで、俺は彼を一度たりとも忘れなかったが。


 骨の彼は親切にも、「具合は大丈夫なのォ?」と気にかけた。俺は曖昧な返事をしてから、深呼吸をした。そして今度は、俺から話しかけた。


「なぁ、質問しても良いか?」

「良いけど、一個ずつでお願いねェ」

「分かった。君って、人間か?」と俺は、彼に本気で問いかけた。


 変な質問だと思ったらしく、彼は「え、うん」と、ぎこちなく首を縦に振った。

 まだ気が動転しているのかと、不可解な顔で訴えられた。俺は正気を保っている。頭をかきながら、「怪物を殺してた」と言った。


「怪物じゃなくて、シニミね。てかアンタさぁ、人のソウルを人外扱いするのは、さすがに良くないよォ。俺、傷ついたんだからねェ?」


 どうやら彼は、俺が気絶する直前に言ってしまったセリフを、引きずっていたようだ。少しだけ、不貞腐れている気がした。

 慌てて謝罪したのは良いが、また聞きなれない単語が出てきた。一緒に「ソウルって何?」と質問を投げると、骨の彼はさらに困惑し出した。


「アンタ、マジで記憶が吹っ飛んだのォ? それともまだ、顕現してないだけ? いやでもソウルって言葉くらいは、赤ちゃんでも知ってるよォ」


 ここで今一度、明言しておこう。


 俺は絶対に、記憶喪失なんかじゃない。


 名前は末成 千道で、年齢は十八。学歴は中卒である。


 高校にも三年間、不登校気味になりながらも通っていた。だが、肝心の卒業証書をもらっていない。なので、高校卒業とは言いにくい状態なのだ。


 俺という人間を一言で表現するなら、『不登校が加速して、夜な夜な放浪ばかりする社会不適合者』である。将来の設計なんて、真面目に立てた試しがない。


「てか、なんで魔力がねぇのに動けんの? 人間じゃなくて、シニミだったりして」

「人間です」

「ごめんごめん。冗談だよォ」と、骨の彼は微笑を浮かべた。


 本当に冗談のつもりだったのだろう、それ以上は深追いしなかった。


 それにしても、ここがどこなのかは未だに分からない。しばらく歩いていれば、インターネットに転がっている写真と一致する風景があるかもしれないと、心の中では期待していた。


 放浪癖がついたのは、間違いなく醜悪な見た目のせいだった。家族からも気味悪がられ、友人なんて一人もいない。

 誰にも相手にされないのを良いことに、気の迷いで『ちょっとだけ旅しよう』と思い実行した。


 それから少しずつ、自宅からの距離が長くなっていった。今回の方法はまるっきり忘れたが、最長記録だと理解している。

 一人で考えても何も変わらないので、骨の彼に「ここはどこですか」と、聞いてみることにした。


「マキミム美術館の屋上。これも知らないと」

「国の名前は」

「ゼントム国」と美少年は言った。


 脳内で『「ぜ」から始まる国』と検索をかけてみる。濁点すら付いてない、『セネガル』しか出てこなかった。


 まさか、そんな。


 有り得ないことが、俺の身に起きてしまったのか。


 地域でも国でも理解に苦しんだので、さらに範囲を広くしてみた。

 震える声で、「この惑星の、名前は……?」と、問いかけた。


「ユーサネイコー」


 俺は怪物から逃げている時に、灼熱の道の上で転んだ。両手を滑らせて、顎を打った。あの痛みはまだ、かすかに残っている。

 目の前にいる美少年は、身体から骨を引き抜いた。そして弓矢を造り、怪物を殺した。そこで俺は一度、頭がショートして気絶してしまう羽目になった。


 あらゆる証拠を見せつけられ、これから死刑宣告される罪人のような気持ちになった。

 別に、何の罪も犯した覚えは無い。強いて言うなら、不法侵入罪だろうか。俺は、パスポートなんて所持していない。


 こんなことがありえるのか?


 俺は、美少年の頬をつねった。ぐいっと引っ張ったので「痛いんだけどォ」と言われた。これが答えだ。


 手を離して、今度は自分の右目を触った。もしも夢の中だったら、――希望が具現化し――左と同じ機能を持っていたはずだ。現実は、片目を閉じただけで暗黒の世界へ一転した。


 そうか、もはや認めるしかないらしいなぁ、これは! この光景こそが、揺ぎない真実であるのだ。


 俺は放浪していたら、異世界に転移してしまった。

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