第24話 瀬戸さんのこと……

「白石君……木刀……型の稽古中ですか?」


 自己肯定感は低いからといって鈍感なわけじゃない。むしろ自分に危害を加えようとするタイプを敏感にかぎ分ける。


 白石は後輩だが、典型的にこのタイプに当てはまる。バカにした視線や、おちょくるような態度、そして周りを扇動して中学在学中、夕市に嫌がらせをして来ていた。


 その執拗な嫌がらせの燃料になっていたのが、芹葉の夕市への思いだ。表面的には不仲を装っていたが、芹葉の夕市への気持ちは全然隠せてなかった。


 それでも、昔からの知り合いだから面倒見てるのだろうと、白石としては思いたかったが、今朝の芹葉からの絶縁宣言とも取れる言葉に、我慢の限界が来ていた。


 しかし、嫌味や嫌がらせをしたくても、高校まで足を運んでは出来ない。それなら力づくで、無理やり芹葉を自分の物にしようかと考えていたところ、不幸にも夕市が目の前に現れた。


 いや、力づくで芹葉を奪われるくらいなら、その企みの方向が夕市に向いたのは結果としてよかったとも言える。


「まぁ、っすね。どうです、久しぶりに相手してくれませんか? そしたら、いま盗んだ財布のこと黙っててあげますよ、


 うんざりするような嫌味たらしい声、舐めた視線。中学時代の夕市なら、穏便に済ませたい一心で耳を貸していただろう。


「いいよ、黙って貰わなくても。瀬戸さんに頼まれて探してたんだから。警察にでもなんでも言ってもらっていい。すぐに誤解は解けるし」


「瀬戸さんって、もしかして瀬戸藍華のことっすか? イイ女ですね~~そうだ、センパイ紹介してくださいよ~~オレ、写真集持ってんすけど、やっぱじゃないですか、ねぇ? いいでしょかわいい後輩の頼みなんすから~~」


 ここまで酷かったか? それともあの頃の僕は目を逸らしてたから、見えてなかったのか……相手にしない。それが僕のやり方だったんだけど……


「無理です」


「なんで? いいじゃん、紹介してくれたら後はオレが適当にヤリますから~~大丈夫、大丈夫! オレまだ14なんで殺さない限り、どうにでもなりますから、ね? いいでしょ? センパイ~~」


 ここでキレるのは悪手だ。そんなこと夕市にはわかっていた。英雄的行動に目覚めたワケでもない。


 何となくムカついたから。


「無理ですよ、クソ野郎、瀬戸さんが相手するわけないじゃないですか(笑)なんの冗談ですか~~性格の悪さが顔に出てますよ(笑)」


 出来るだけ爽やかな声で言い放った。一瞬、白石はぽかんとした顔をした。バカにし続けた夕市に、まさかバカにされる日が来るとは思ってない。だから聞き間違いだと思った。


 聞き間違いだと思ったから、ありがちで間抜けな質問をしてしまった。


「いまなんつった?」


「嫌だなぁ……耳までクソ野郎なんですか? 白石君。バカは休み休み言えと言いますが、バカがバカなことを言うのは仕方ないですよね。同情します」


 次の瞬間、白石は怒りに任せて木刀を横振りした。それを読んでいた夕市は半歩下がって交わした。


(木刀は短いから……)


 竹刀とは感覚が違う。もし白石が握っていたのが竹刀なら夕市に届いていただろう。しかも剣道経験者とは思えないくらいの棒振り。怒りに力んだ腕から繰り出される太刀筋は、思ったほど速くない


 少し冷静になった白石は上段に構える。木刀の長さを再認識し、次は外さない構えだ。


(ビビッて引いてみろよ、センパイ! 頭かち割ってやるぜ!)


 ここで理解すべきだった。夕市が弱いと言われる理由。それは優しさ故に、打ち込むのが苦手だった。相手に痛い思いをさせるのが苦手だった。


 芹葉はそれを知っていた。だから彼女は「筋はいいのに」と残念がった。


 つまり、夕市が苦手とするのは、痛みを与えたくない相手にだけであって、今の白石はその基準を外れた。


 そして白石の読みも外れた。


 夕市が怖がりの弱虫なので、後ろに下がると山を張った。いや、張らせたのだ。一刀目、下がって避けたのを見せた。その行動が白石に思い込ませた。


 それと普段、剣道場の床に素足だ。わずかな感覚も伝わりやすい。しかし、アスファルトの上、しかも運動靴だ。いつも通りとはいかない。


 竹刀ほど使い慣れてない木刀。足元も異なり、怒り任せの上、山を外された。


 夕市は下がるのではなく前に出た。もちろん素手だ。もし万が一攻撃を受けたとしても、破壊力は相手の手元に近づくほど弱くなる。弱くなるとは言え木刀だ。無傷ではいられない。


 懐に入り込み握られた木刀を腕ごと押し返し、白石の鼻を強打した。しかし、それだけではない、夕市の踏み込んだ足の踵が、白石の左足の甲を激しく踏み抜いた。


 堪らずしゃがみ込む白石は叫ぶ。


「何しやがるてめえ……地区予選前だぞ!」


「えっ、何言ってるんです。通りがかりの高校生に木刀で殴りかかって、大会に出れると? 本気ですか? それにこの感じ以前にありましたよね。僕が大会前、稽古中に僕をワザと踏んで、僕は足の爪を剥がしてしまった。大会は散々な結果でした、ハイ」


 どうしたんだろ。今日の僕はよくしゃべる。瀬戸さんをバカにされて腹が立ったんだろうか? それとも、どこかで僕は瀬戸さんのこと……


 その僅かな妄想が夕市の優位を崩す結果となる。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る