第22話 冗談だろ……。
「ぶちょー遅かったわね、いま何時だと思ってるの? 芸能人気取り?」
4限目が終わったところに、肩で息を切らせながら現れた藍華を、星奈が皮肉たっぷりに煽る。3人でじっくり話し合うという、束の間の休戦協定が破綻する日はそう遠くない。
「誰がぶちょーよ、って言うかぶちょーって何? 芸能人気取りって芸能人ですが?」
言い返す声も絶え絶えなくらい息が上がっていた。かなりのスピードで走ってきたことは間違いない。
「重役出勤ってヤツ?(笑) でもあなた、考えてみたら『なんちゃって彼女』だったり『なんちゃって芸能人』だったり、なんちゃって好きね~~なんちゃって(笑)」
藍華は机に手をつき呼吸を整えながら、世にも情けない顔で夕市に無言で訴えかけた。その姿は確かにトップカーストの頂点にも、芸能人にも程遠い。乱れた髪は枯れ草が纏わりついていた。
「えっと……降旗さん、その……ちょっと言い過ぎです。ぶちょー泣いちゃいますよ?」
「山家君までぶちょー呼び⁉ 私が居ない間に性悪女子に洗脳された⁉ 何してたの、戸ヶ崎君! しっかり見張ってなさいよ!」
「あぁ、今日も思ってないところからあらぬ批判が。うん、平常運転~~」
恭司は呑気な声で返す。まったく気にしてない。
「なんか髪ついてますよ、その……遅れてきたのはアレですか、芸能活動とか?」
「あぁ……寝坊です(小声)」
流石に星奈はコメントを差し控えて、呆れた。昼過ぎまで寝坊。スケールがデカすぎて扱いに困ったようだ。
「ああ⁉ 無い‼ 無い無い無い無い~~っ‼」
「あなた、遅れてきてやたら目立ってるけど、まだ足りないの? それで何がないの? 貞操観念?」
「お財布……」
一同顔を見合わす。思っていた以上に大事だ。
「家に忘れて来たってことないの? ほら玄関に置き忘れたりとか俺よくやるんだけど……」
事が事だけに恭司の口調もいつもと違い、慎重だ。
「うんん、持って出た。だってコンビニで肉まん食べたもん……」
(4限目遅刻するほど寝坊して)
(コンビニで肉まん買って)
(くわえながら走ったとか?)
流石芸能人。一同変に納得したし少し尊敬した。
「それでお財布はどこに入れてたの? ポケット? それともカバン?」
「手に持ってた。手に持ちながら走ったの……」
まるで4歳児のような受け答え。いや、しっかりした4歳児には勝てんかも知れない。
(肉まんくわえて財布を持って激走する芸能人……)
夕市の脳裏に藍華のシュールな映像が浮かぶ。
「それでね、こけたの」
「こけた⁉ あなたケガ大丈夫なの? 私が言うのもなんだけど、芸能人としての自覚なくない? あっ、膝擦り剥いてる! 痕残ったらどうするの! ごめん山家くん。私、瀬戸さん保健室連れてくわ。戸ヶ崎と手分けしてお財布探してあげて」
「わかった。瀬戸さん、こけた時お財布持ってた?」
「う……ん、わかんない。肉まん庇うので必死だったから(笑)からしは付けた後だよ、だから大丈夫(笑)」
(いや、何が大丈夫なの……?)
「何となくでも覚えてない?」
「覚えてない。こけたのは学校のすぐ外の道。なんにもない所でよく転ぶんだ、私。でも、くつ履き替える時持ってたような、持ってなかったような……わかんない」
(ねぇ、山家くん。瀬戸さんってもっとクールな感じじゃない? これじゃあ、おバカに見えるんだけど……)
(こけたショックでその、意識がぼーっとしてるのかも)
そうかなぁ、みたいな顔しながら星奈は小首を傾げていたが、夕市と恭司は財布を探しに教室を出た。
「恭司、手分けしよう。僕は瀬戸さんがこけたっていう学校の外の道を見てくる。恭司は瀬戸さんのくつ箱とか、教室までの廊下、落とし物で届けられてないか職員室で聞いてみて」
「わかった、見つかったら『まいん』するから」
「了解」
夕市は恭司と別れ校内を出た。
□□□
並浜中学剣道場。
「なに、白石。戸ヶ崎が山家先輩に告ったから朝から不機嫌なの? 受ける~~! 1年時から戸ヶ崎、見たまんま先輩ラブだったじゃん! あれで隠してたつもりとか!」
爆笑しながら、座り込む男子剣道部部長白石の肩を、バシバシ叩く彼もまた剣道部。副部長飯田。飯田は数日前部活で捻挫をし、顔を歪めながら座った。
人なつっこい彼は偏見を持たずに夕市と接していた後輩のひとり。夕市は自己肯定感が低めだが、人に優しく、後輩に対しても丁寧だ。
「うっせえなぁ、アイツ弱いだろ」
「弱いかもだけど、いま戦国でも幕末でもないぞ? 強さじゃないだろ。だいたい、優しいだろ? あの人。オレ好きだけど。修学旅行のお土産で、キーホルダーまでくれたの山家先輩だけだし……いい人だよ、うん。戸ヶ崎は見る目あるよ、ホント」
「ちっ、物でつられやがって」
「そうだよ、でもさ、修学旅行で一瞬でも、オレのこと思い出してくれるってことだろ? そういうのなんかよくないか? あっ、噂をすれば山家先輩だ」
捻挫している飯田は道場の床に寝そべって、地窓から何となく外の景色を見ていた。そこに隣接している岬沢学園から、藍華の財布を探しに出てきた夕市を見かけ笑顔になった。
「懐かしいなぁ~~って、おい! 白石、そんなもんどうすんだ‼ おい!」
白石は飯田の声を振り切り、型の稽古に使う木刀を片手に飛び出した。
「じょ、冗談だろ……木刀で殴ったら死んじまうぞ……」
飯田は痛めた足を引きずり竹刀を杖代わりに後を追った。
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