第21話 何となく。
「夕市~~今朝さぁ、芹葉お前んち行った?」
岬沢学園。夕市は芹葉と別れたあと自席についていた。いつもなら通路側に掛けるリュックを壁側に掛けた。芹葉の履き替えたパンツが、カバンの中にあるのを気にしていた。
親友の恭司の声で「芹葉」と言われドキリとした。芹葉との急接近。昨日のビデオ通話。今朝芹葉にしたこと。それとリュックの中の彼女の下着。
(そんなことわかるわけない)
平常心を保つように溜息をつきながら返事した。
「来たよ」
「へぇ……あいつにしては珍しいなぁ、いや昨日さぁ、お前に対してもうちょい優しくしたらって言ってやったんだ。あとふたりの事。瀬戸さんと降旗さんの事」
「そうなんだ、なんて言ってた?」
「ん……どうだっけ? 忘れた。でも思い立ったみたいに『ユウちゃんに会いに行く』って言ってたから反省したんじゃね? 謝ってたか?」
恭司の前での芹葉は……恭司に言われたからって素直に応じる感じじゃない。だから夕市は首を振った。
「そうなの? じゃああいつ朝から何しに行ったんだ? 大事なところでヘタレやがって」
いつも通りの親友の表情に夕市は安心しながら、親友に秘密が出来たことに戸惑いを感じた。あと気になったのが芹葉の言葉。
『あの軟弱者、無駄に勘いいから』
芹葉はとの決め事。
芹葉が3番目の彼女になったことは当面内緒。夕市は芹葉に尋ねた。
「3番目でいいの?」
「彼女として3番目なだけ。私は妻を目指してるんで。今の序列なんて5年後には笑い話よ。ユウちゃんの色んな初めては私のものだし(笑)」
屈託のない笑顔は昔よく見た笑顔と変わらない。妥協はあるだろうけど、現状に満足してる顔だった。
「それに動画のデータあるの、ユウちゃんだけじゃないんだよ?」
そう言ってまた笑った。言葉だけ聞いたら脅しとも取れるが、その笑顔が「冗談よ」と言っていた。
「戸ヶ崎。知ってた? そこ私の席なんだけど」
低めの声で恭司に話しかけたのは星奈だった。話しかけると言うよりは威圧に近い。
「あと、私イチゴオーレでいいから」
「おはよ、降旗さん。俺、朝からパシらされる感じですか?」
「冗談に決まってるでしょ(笑)いいから退いて」
「笑い声が斬新なくらい怖いんですけど……」
「はぁ……退くか、イチゴオーレで」
「退きます~~夕市、また後でな!」
瓶底伊達眼鏡の恭司は一目散に教室を飛び出た。どこへ行くやら。
「おはよ、山家くん。寝れた? 私さ、きのうあれから柿崎に付き合わされて」
「えっ? 先生に?」
「うん、ほら、もう1通の手紙あったでしょ? アレ柿崎だったの。でね、私。里親探してるの猫ちゃんの。手紙はその件だったってわけ」
「えっと、つまり先生が猫ちゃんが欲しかったと?」
「そう!」
「なんで手紙なの?」
「それ! ね? 中々あいつキショいでしょ? しかもくつ箱って(笑)いや、笑えないわぁ~~」
星奈はタレ目を一段とタレさせて笑った。こんな感じで話すのは夕市にだけ。普段は物静かで、必要最低限しか言葉にしない。
そういう意味では、夕市つながりで恭司とはまだ言葉を交わす方だ。まぁ、脅しや蔑みの言葉が中心だけど。
「その、付き合わされたっていうのは……」
「それ、柿崎がさぁ『一刻も早く猫ちゃん飼いたい!』って駄々こねるからさぁ、待ってたの。仕事終るまで、おかげで暗くなるは猫ちゃんお腹すかせるわで大変~~」
「大丈夫なの……その」
「あっ、帰って思った。あいつロリじゃんって(笑)でも、大丈夫よ。一応赤本持って行ったし。ありがとね」
「えっと、赤本があれば大丈夫なんだ」
夕市はきのう担任の柿崎の後頭部に炸裂した『赤本アタック』を知らない。因みに生みの親は藍華。
「でも、意外だね。先生、猫好きなんだ」
「みたいね、一応成長記録として定期的に、写真送ってくれるって。意外にマメね」
「写真?」
「そう『まいん』でだけど。なんで?」
「いや、別にだけど……」
「なんか引っかかる言い方ねぇ、あっ妬いてたり?(笑)大丈夫よ、そうゆうのは全然だから、大丈夫……アレ? ん? えっ? もしかして、私、猫ちゃんの成長記録をエサに、まんまと柿崎にID聞き出されたの⁉ えっ、これって口車に乗って『猫ちゃんのとっておき動画送るから、お前のとっておきも送れ』とか? あるかも‼」
「ねぇよ‼ なに朝っぱらから風評被害バラまいてんだ? 山家、お前がそういうのちゃんと抑止してくれよ、お前だけが頼りなんだからな?」
担任の柿崎だった。
星奈と話している間にホームルームの時間が来ていた。そしていつもと変わらず間延びした声。
夕市は無意識で藍華の後姿を探した。ひとりだけ少し離れた席だった。今朝はまだ話していない。
(あれ……瀬戸さん、いないなぁ……休みかなぁ……)
藍華の席は空席のまま、机にはカバンも掛けられてないところを見ると、休みのようだ。
(体調わるいのかなぁ……)
そんなこと考えながら、視界の隅に入った星奈の言葉が、不意に心をよぎった。
『お前のとっておきも送れ』
芹葉の『とっておき』動画は、夕市のスマホにデータとして記録されていて、彼は朝からその『とっておき』を使った。
その事は芹葉には言っていない。だけど、芹葉が夕市に使われることを望んでいるのは何となくわかっていた。
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