第20話 波浜中。

「ごめんね。手持ちなくて、また返すね」


「うん、中学校あんまりお金持って行けないもんね」


 コンビニ前。芹葉が下着を買い、トイレで履き替えるのを、夕市は外で待っていた。


「はい、これ」


「うんと…お釣り……えっ? 何これ⁉」


(お釣りとね、さっきまで履いてたヤツ! 私だけ満足しちゃったでしょ、欲しいかなぁ、なんちゃって!)


 芹葉はお釣りを渡すフリをして、小さく折り畳んだ、さっきまで履いてた下着を夕市の手に握らせた。


(ちょ、ちょっと! 芹葉ちゃん!)


(知らな〜い! 逃げろ〜〜!)


 人目を気にして夕市は慌てて、芹葉の下着をポケットに隠す。


 隠したものの、気が気じゃない夕市は、小走りで逃げる芹葉を追いながらリュックの奥底に隠した。


「どうすんの、抜き打ちで荷物検査とかあったら!」


「知らな〜い!(笑)」


「それで恭司が『それ芹葉のじゃ…』とかなったらどうするの?(笑)」


「あ……やめて。それ普通にモヤッとする……アイツまさか、妹のパンツ把握してないだろうなぁ……怖ッ‼」


 芹葉は変わった。この数年夕市に対して取っていたツンツンした態度がまるで別人のようだ。そしてこの顔は普段誰にも見せない顔でもあった。


(なんだよ、アレ……)


 その戸ヶ崎芹葉の屈託のない笑顔を目で追う1つの影があった。


 □□□

 市立波浜中学校。


 夕市と恭司の母校で、今現在芹葉が在籍していた。岬沢学園とは道路1本を跨いで目と鼻の先にあった。


 岬沢学園は進学校なので、目と鼻の先とはいえ、波浜中出身者が多いわけではない。


 波浜中からの新入生は夕市と恭司、他数名程度だ。夕市のように中学で成績が良くても、岬沢学園では真ん中くらいになる。


 多少頑張ったくらいでは、順位はびくとも動かない。進学校とはそういうものだ。もちろん頑張らなければ、驚くような速度で順位は滑落する。


 話は変わり、波浜中。


 朝から夕市とのじゃれ合いを終えた芹葉は波浜中の剣道場にいた。


 朝ひょんなことから、汗をかいたので部室に置いてある、私物のデオドラントシートを使う。


(ユウちゃんの汗の匂い…消したくないけど……)


 含み笑いをしながらシートを使い、部室を出たところで声を掛けられた。


「戸ヶ崎」


 振り向くと男子剣道部部長の白石がいた。ちなみに芹葉は女子剣道部部長なので、何かと接点がある。


 そのせいか、ふたりは付き合っているという下世話なウワサ話が絶えない。絶えない理由として白石が満更ではなく、ウワサを否定しないどころか、自らウワサに尾ひれをつけた。


 周りからじわじわと攻めて、なんとなくそういう雰囲気を作れば付き合えると考えているようだが、芹葉にその気はサラサラなかった。


 いや、むしろ嫌いな人物だった。理由はいくつもある。高圧的で自意識過剰。何より先輩であり、芹葉の想い人、夕市の悪口がライフワークなのだ。


 白石は気づいていた。夕市が在学中、芹葉が思いを寄せていることを。


 そういう面では敏感なのだが、恋はシーソーゲームではない。夕市の悪口を言って、夕市の価値を下げたところで、白石自身の評価は上がらない。


 上がらないどころか、好きな人の悪口を聞かされていい気がするわけがない。


 大人な芹葉は反論せず、聞き流すことで部長同士の関係を維持していたのだが。


(そろそろ限界かもね)


 限界になった理由はある。それは夕市と一線を越えたから。一線と言っても世間一般の一線ほど、一線ではないが、芹葉の思う一線は特別な関係だったので、その一線なら越えたことになる。


 一線を越えたことにより、逆に堪え性がなくなったというか、気分的に無敵になっていた。

 何より、いつか白石にキレてやろうと心に決めていた。


「今朝コンビニで見かけたけど」


 あっ……アレか……アレは若干マズい。夕市にイタズラで、履き替えたパンツを渡すという暴挙をした場面。遠目にはパンツだとはわからない。広げたわけじゃなく、小さく折り畳んで渡したのだから。


「そう。それで?」


 芹葉は平常心を装い返事をした。


「仲いいんだな」


「仲? ユウちゃんと? そうね。幼なじみだし、兄貴の親友、道場の門下生だし、勉強もたまに教えてもらってる。、岬沢学園だから頭いいの。なんで?」


「アイツ評判悪いからやめといた方がいいと思って」


「そう? 小学校入るかどうかから知ってる仲なんだけど。世間の評判が正しいなら、私相当な節穴ね(笑)逆にお似合いじゃない?」


「口がうまいんだろ、騙されてるんだよ、戸ヶ崎は」


「口がうまいねぇ……そんな白石みたいに饒舌に話す人じゃないけど? あと、人の悪口言ってるの聞いたことないけど、ユウちゃん」


「その呼び方どうなの? 変じゃない? ただの幼なじみだろ? キモくない?」


「それって、白石の感想だよね。私強要されないとなの? 今更山家先輩とか、山家さんとか呼べないし、もしさ、呼び方強要するなら、白石だって先輩相手にアイツなんてどうなのって感じ」


「ど、どうしたんだ? 今日やたらアイツの肩持つじゃないか、なにかあったのか?」


「そうね、あったよ」


「えっと…なに」


「答えないとなの?」


「出来れば」


「言っても仕方ないんだけど、そうね、昔から好きだったの私が。きのうやっと告れたってところ」


「告った⁉ あ、あんな弱いヤツに? なんで、剣道戸ヶ崎よりめっちゃ弱いじゃん! ありえないって!」


「別に剣道がすべてじゃなくない? まぁ、別にいいけど。私ら付き合うことになったから、こういうのさぁ、困るんだぁ。一応、私カレシ持ちなんで(笑)今朝コンビニで見たんならわかるでしょ? 仲いいんだ」


「カレシ持ち……」


「じゃあ行くね。こういうのもうやめてね」


 芹葉は振り向きもせずに、その場を去った。










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