第18話 君の手が、僕の手が。
よく眠れぬまま明けた朝。起きるにはまだ早かったが、夕市はリビングに降りた。
昨日のこと、夜のこと、芹葉とのことが親にバレてないか気になっていた。
いや、答えはわかっていた。彼の両親は彼が気にする何分の1も彼には興味を持っていなかった。
特に問題はない。かまってもらいたい、そんな気持ちはもう諦めて数年過ぎていた。
だけど気になっていたのは、今回のことは芹葉に関わることだったから。
芹葉のプライバシー……裸。だから、いつもは起きていても寝ている振りして起き出さない時間帯にリビングへと足を踏み入れた。
リビングには甘い残り香。昨日夕市が買い出しを頼まれたバターと卵で作られたお菓子の匂い。
彼の母親は自分の実家の事業に携わっていた。海外からの重要な来客がある際、手作りのお菓子でもてなす。今回もそうだ。
形ばかりのお裾分けとして、いつも使っているテーブルの夕市の席にラッピングされた焼き菓子が置かれてあった。
早朝にも関わらず、彼の両親はもう仕事に出ていた。考えてみたら、今週顔を何度合わせただろう?
そう考えて、別に構わないやと思った。会おうが会うまいが何も変わらない。そのことはどうしようもなく、本当のことだった。
夕市の中には両親に対して根強いあきらめの気持ちがある。だけど、残念ながら、その気持ちは言語化出来ないでいた。言語化出来れば少しは楽になれたかも知れない。
夕市は諦めの気持ちと共にコーヒーでも、作ろうかと思った。
その時だった。
ピン〜ポン〜♫
夕市の家のインターホンがなった。両親が帰ってきたのかと、レース越しに外を見たが、ガレージには車はなかった。
もしかして、急ぎの忘れ物で玄関先に路駐してるのかも知れない。
スルーしたいところだが、路駐だと近所に迷惑を掛ける。だから夕市は仕方なく玄関のロックを開けた。鍵持ってるだろ? と思いながら。
カチャ……?
「お、おはよぉ……」
「――せ、芹葉……ちゃん…」
どうして、そう言葉を続けようとした夕市は焦る。今にも崩れそうな目はうるうると潤み、唇はワナワナ震えている。
言葉なんていらない。怖いんだ、昨日してしまったことで、僕に嫌われたのではと思って、怖いんだと夕市は思った。その指先は――
「ふぇん、私〜〜っ」
泣き崩れそうな芹葉の涙より速く、何もかも受け入れる為に手を伸ばし、芹葉を引き寄せ、抱きしめた。
腕の中に収まった
抱き寄せた体を髪をくしゃくしゃになるまで激しく撫で、夕市は芹葉の存在を熱を温もりを確かめた。
涙で頬にへばりついた髪を丁寧にかき分け、両手で白い頬をなぞる。溢れる涙をひと粒ひと粒丁寧に指先で受け止めた。
「わ、私あんなことして、ユウちゃんに嫌われて」
「大丈夫、嫌ってないって」
「でも、あんな事する娘だって思うじゃないですか」
「僕にだけ、なんでしょ。大丈夫だって、知ってる。その……誰にでもなんかしないってこと、知ってる。ふふっ、何年の付き合いだと思ってるの。逆に僕のことも信用してよ、ね?」
そう言って抱きしめた芹葉の耳元で囁いた。芹葉は夕市の胸に顔を埋め何度も頷いた。そう言いながら夕市は自分の言葉に驚いた。
こんな誰かを励ますような言葉が自分の口から出たことに、驚き、戸惑い、新鮮さを感じた。
「ありがと、信じる……信じてた、大好き。ユウちゃんだ…大好きなユウちゃんだ……うれしい…」
それからどれくらいだろう。夕市は芹葉が落ち着くまで、腕の中で彼女を柔らかく抱きしめて頭を撫でた。
腕の中で芹葉は小さく「くすっ」と笑った。小首を傾げる夕市に芹葉は腕の中で上目遣いで言った。
「ユウちゃん。ユウちゃんのあたってる……」
「あた……⁉ ご、ごめん!」
「謝んないでよ~ほら…離れないで(笑)」
「で、でも…あ、あたってるし…」
「きのう、見せてもらったじゃない(笑)だかは、こうなるの知ってるよ? ユウちゃんが私に教えたんだからね(笑)」
「ごめん、変なこと教えちゃって……」
夕市は逃げようとするが、芹葉は頬をスリスリしたまま、回した腕を離さない。
「変なことじゃないよ、この先こういうこと全部ユウちゃんが私に教えるんだよ、でね…私ユウちゃん好みの女の人になるんだ、ヘヘっ……照れるね(笑)」
「あの…芹葉ちゃん…照れてないで、は、離れて〜」
「嫌〜っ! ユウちゃんのイジワル〜〜きのう夜、芹葉がどれだけ不安だったかわかんないの? 大好きなユウちゃんに嫌われた〜〜って泣いたんだよ(笑)」
「めっちゃ笑ってない?」
「ふふふっ、笑ってる(笑)でもね、こうなるのって私だからなのかなって思ったら…なんかイジワルしたくなる(笑)」
(イジワル…したくなる…?)
夕市の頭にあることが浮かんだ。浮かんでしまうと、どうしようもなく、そうしなくては、そうしたいという衝動に駆られた。我慢が出来なかった。いや、我慢しないといけないという発想がなかった。
「イジワルしたくなるの?」
「したくなるよ(笑)」
「じゃあ僕もイジワルしたくなっても怒んない?」
「ユウちゃんがイジワル(笑)出来るの? だってユウちゃん優し……えっ⁉」
戯れてたつもりの夕市の真剣な顔に芹葉は圧倒された。いつもは前髪で隠した目元が髪の間から覗いた。
どくん、どくん、どくん……
こんな近くでユウちゃんと目が合ったの初めてかも……こんな目なんだ……どくん。
見とれて、意識がぼうっとしている芹葉のセーラ服のスカートの裾から、夕市の右手が入ってきた。
あ……っ
手が……ユウちゃんの……私に触れてる……
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