第17話 確かめたい。

(芹葉)『ユウちゃんはズルい』


 軽く握った人差し指を芹葉は噛む。上目つかいで訴える。それでも芹葉は恥ずかしいのを我慢して胸元を隠さない。


 発育途上のささやかな大きさ、大好きな人に見られて顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。


(夕市)『ズルい? 僕が……ごめん』


(芹葉)『それもズルい……ユウちゃんすぐ謝るから、私、言いたいこと言えないのわかりますか? ユウちゃんって無意識かもだけど、言いたいこと言わせないようにしてます! ズルいです……』


 抗議の視線。上半身を露わにして真っ赤な顔で抗議した。芹菜にそんな気はなかったが、裸になったことで心も裸になって、裸の言葉を投げつけずにはいられなくなった。


 でも、長い付き合いの芹葉はわかっていた。大好きな異性の前であり得ない姿になって、頭に血が上っていても、わかっていた。


 夕市を責めてもなんの言葉も解決も得られないこと。夕市に必要なのは寄り添うことと、理解。


 あと、わかりやすい答えを示すこと。


 芹葉は軽く深呼吸をする。スマホの画面に映り込む見慣れた、ささやかな胸に恥じらいを感じる。


 そして、そのささやかな胸は自分の指示で録画されていた。大好きな男子のスマホにデータとして記録されている。


 耳まで熱い。こんなこと自分がするなんて思ってもなかった。腹が立った。いつもいつも弱々しい態度を取り続ける夕市に、腹が立った。


 そして、その夕市を大好きでたまらない自分に腹が立った。どうしようもなく、腹が立った。煮えきらない夕市にも、自分にも。


 でも、1番腹が立ったのは決めつけていた自分に。


 夕市の、夕市の魅力に、優しさに気付ける人は現れないと決めつけていた。人と話すのが得意じゃない夕市。ましてや、女子と話すイメージなんてなかった。


 だから、どんな形でも時間を積み重ねていたら、一緒にいれると思っていた。


 負けヒロイン。

 兄恭司のオススメで何冊か読んだことがあるラノベに出てくる負けヒロイン。


 見え見えの溢れ出る大好きな気持ちに気付かない主役の男子。


 馬鹿じゃない、ふたり共なんでもっと素直になれないの?


 そんな風に鼻で笑って、ないない、こんなのあり得ない。実社会では起こりようがないと。


 いま、起こってない⁉


 いや、目の前で起こってるよね! 私ありがちな幼なじみのツンツンキャラじゃん!


 しかも何⁉ 芸能人とロリっ娘風で気の強系女子ってなに? 凶器だよね? 狂気の沙汰よ!


 はっ⁉


 狂気の沙汰は今の私じゃない⁉ 痴女じゃん‼


 芹葉の頭は今頃真っ白になった。そして、浮かんだ言葉は「目には目を、刃には刃を」物騒な娘だった。


(芹葉)『わ、私だけ裸なんてズルい! ユウちゃんも脱ぐ! すぐ、すぐ脱いで!』


 ぐるぐると渦巻きのように目が回る。


(やらかした〜〜やらかした‼ 史上かってないほどやらかした、黒歴史の金字塔を建立した〜〜)


 目には目を、裸には裸を! その短絡的な発想で芹葉は自分の恥ずかしさが少しでも薄まると思った。


 しかし、得てしてこういう無計画な思いつきがうまく行くことがある。


(夕市)『上、だけでいい?』


 どくん。芹葉の胸は夕市の言葉で激しく鼓動を高めた。


(芹葉)『うっ、上だけって、女子の上と男子の上を一緒にしないで! し、下も……見たい……です、ごめん』


 最終謝った。いくら勢いとは言えここまで言ってしまうと変質者の域だと彼女は思った。


(夕市)『えっと……下ですか……でも、それはその……』


(芹葉)『そのなんですか? 恥ずかしいですか? 私だって十分恥ずかしいです!』


(うぅ……勝手に脱いどいて逆ギレとか……嫌われる、負けヒロイン確定演出〜)


(夕市)『は、恥ずかしいけど……そうじゃなくて』


(芹葉)『そうじゃなくて? なに?』


(夕市)『いや、その……』


(芹葉)『もう、どうしてユウちゃん、いつも煮えきらないんです? そんなに私のこと嫌い?』


(夕市)『芹葉ちゃんが、どうとかじゃないって!』


(芹葉)『私じゃない……?』


(夕市)『うぅ……になってるから(泣)』


(芹葉)『大変なこと……? その下が?』


(夕市)『はい、下が……』


(芹葉)『下が大変なことに……はっ⁉ それって勃○⁉ 勃○……してるの⁉ えっ、その……私で⁉』


(夕市)『勃○って言わないで! その、ごめんなさい』


(芹葉)『あ、謝んないで! ちゃ、ちゃんと答えて‼』


(夕市)『しょ、しょうがないじゃないですか!』


(芹葉)『何がしょうがないんです!』


(夕市)『だって……』


(芹葉)『だってなに!』


(夕市)『怒んないでください!』


(芹葉)『怒ってない! ちゃんと答えないと怒りますよ!』


(夕市)『だって…』


(芹葉)『だってはいいって!』


(夕市)『だって、しょうがなくないですか! 好きな子のその……裸見てこうならない方が変じゃないですか?』


(芹葉)『いや、尋ねられてもわかんない! す、好きな子⁉』


 あわわわわわわぁ〜〜


 取り乱した芹葉の耳に「ぱたん」という乾いた音が響いた。誰か来た時のために、脱衣所の扉に立てかけていた、ホウキが倒れた音だ。


「芹葉〜〜っ、大丈夫? のぼせて倒れてない〜〜?」


(芹葉)『ヤバッ……ごめん、お母さん! 切るね、ごめん!』


 芹葉は慌てて通話を切った。そして何食わぬ顔して自室のベットに濡れた髪のまま転がった。


(何やってんだ……私。いつも偉そうにしてるのに……どんな顔して会ったらいいの……でも、になるんだ……ユウちゃんが私でに……嫌われてないかな……会うのが怖い。怖いけど、今すぐ会いたい。確かめたい……ユウちゃんの気持ちを確かめたい)













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