第16話 3番目。

 芹葉は胸元に巻いたバスタオルを押さえつけた。発育途上の胸の谷間がスマホの画面に浮かび上がる。


(芹葉)『あのね、私この下なんにも着けてないの。ごめんね、痴女、だよね』


(夕市)『そんな風には……思ってない。全然』


(芹葉)『そう? よかった。いつも偉そうに言ってるクセに、クソビッチとか? どうしよ、そんなこと思われたら泣いちゃう……』


(夕市)『そういうのも全然だから! あの……変な言い方だけど、安心して、ね? だから泣かないで』


 スマホ画面の芹葉の眼の淵には、既に大粒の涙が溢れていたが照れ笑いをしながら『ありがと』と口が動いた。


(芹葉)『噓つきだって思ってない? ほら、バスタオル巻いてるの』


(夕市)『別に、それは……仕方ないというか……』


(芹葉)『ふぅん。ユウちゃんは仕方ないで済むんだ。なんだ、もっとガッカリして欲しかったなぁ……怒ってくれるかなぁって思ったのに……ばかぁ……』


(夕市)『がっかりはしたよ、その……うん。すごく、でもそれで責めて仲悪くなりたくないし……』


 がっかりしたんだ……そうなんだ。私、ユウちゃんをがっかりさせることなんて、出来たんだ……意外にやれば出来る子なんだ……ははっ……悪くない。

 よし……


(芹葉)『質問! 女子の裸見たいか! お〜っ!』


(夕市)『えっと……お〜っ! ってなに? いや、まぁ……はい、見たいです』


(芹葉)『素直でよろしい(笑) ぶっちゃけ、誰でもいいの?』


(夕市)『誰でも……』


(芹葉)『正直に答えてください、肩の力を抜いて、ウソはダメです、泣いちゃいますよ(笑)』


(夕市)『――正直、見たことないから……見たいです。ごめんなさい』


(芹葉)『すっごい、間があったけど……なんか切実で』


(夕市)『引くよね……ごめん』


(芹葉)『引くとかじゃないけど……じゃあ、次の質問。1番見たいのは誰の裸? 正直に言って、怒んないし今度会った時とか無視しないし……教えて』


 沈黙の時間が流れた。すごく長い時間のようにふたりには感じられたが、実際は1分あるかないか。でも、その1分ですら長かった。


(きっと、瀬戸藍華だ……きれいだし……それとももうひとりの茶色い髪の人かなぁ……ホント、あのクソ兄貴余計なこと教えてくれるから……もう、私グラグラだよ、ユウちゃん取られたくない……もう)


(夕市)『――芹葉ちゃん』


(芹葉)『はい』


(夕市)『あっ、じゃなくて……呼んだんじゃなくて』


(芹葉)『呼んだんじゃない?』


(夕市)『だから……1番見たいのはその……芹葉ちゃんなんだけど。あっ、ダメだ……シにたい……』


(芹葉)『いや、シなないで! ってマジなの? あれじゃない? そう言っとけばこいつまんまと脱ぐ? みたいな? あっ、それともアレ? あまりにも、ささやかな胸だから記念に見とこうか、みたいな?(笑)』


 あっ……やっちゃった……びっくりした反動でやっちゃった。いや、でも普通に考えて、ここは瀬戸藍華だよね?


 なに、どうなの? ただの幼馴染でしかも体は発展途上真っ只中、いや、まだまるで発展を開始してない説さえある。


 つらつらと、自分が選ばれない言い訳を並べてみた芹葉だが、ふとスマホ画面をチラ見した。するとそこには意外にもそっぽを向いた夕市の姿が……


(ぷぅ~~~~っ‼ 拗ねてる! 子供の頃とまんまの拗ね方‼ か、かわいい~~!)


(芹葉)『ユウちゃん?』


(夕市)『……』


(芹葉)『ねぇ、ごめん。ユウちゃん、無視しないでよ~~』


(夕市)『別にしてないし……』


(芹葉)『してんじゃん』


(夕市)『してねぇし!』


(芹葉)『怒ったし!』


(夕市)『芹葉ちゃんは、いっつもだ、そうやって僕をからかって面白い? どうせタオルの下だって水着とかでしょ? 何が面白いの? 別にいいけど……』


(怒った~~‼ ユウちゃん、怒った‼ 超かわいい~~抱っこしたい~~! っていくらなんでもそんな場合じゃない!)


 気を取り直した芹葉は、ほんの少し優しい声でちゃんと謝った。それからからかったんじゃないことと、でもからかったみたいになってしまったことを謝った。


(夕市)『別にいいよ、いつものことだし。怒った感じになってごめん』


(芹葉)『ユウちゃんが謝ることじゃないよ、えっと……知ってる? スマホ画面のビデオカメラマーク長押ししてみて』


(夕市)『えっと……押したけど』


(芹葉)『点滅してる?』


(夕市)『赤く点滅してるけど……なに?』


(芹葉)『録画機能があるの。いま録画出来てる感じなんだ』


(夕市)『そうなんだ……なんで?』


(芹葉)『あのね、ラッキースケベってファンタジー世界だけだよ? だから、偶然とかじゃないから』


(夕市)『えっと……うん』


 芹葉は顔を真っ赤に染めながらも、青髪に巻かれたタオルを外し髪を整えた。濡れた髪が、いつもより芹葉を大人に見せた。



 躊躇いながら指先ではらりとバスタオルをほどいた。白い肌。芹葉は自分にスマホ画面を向ける。


 自分にスマホ画面を向けるってことは、露わになった胸が夕市に丸見えなになる。心臓が飛び出しそうなくらい緊張した。


 しかも、自分の指示で録画までしている……


(夕市)『せ、芹葉ちゃん! 前! その、見えてるから!』


(芹葉)『わ、ワザとです! 見たいって言ってくれたから! ウソ、ですか?』


(夕市)『ウ、ウソじゃないけど! あっ、芹葉ちゃん録画……してるよ!』


(芹葉)『それもワザとです! もう2度と見たくないですか?』


(夕市)『見たいです……見たいけど……いいの?』


(芹葉)『いいです! でも、平気じゃないです! 男子の前で裸なんて初めてだし……な、なんか言ってください! 感想とかないですか⁉ 私恥ずかしくてシにそうです‼』


(夕市)『き、きれいです! その、めちゃくちゃかわいくて、できれいです』


(芹葉)『想像してた……』


 ドクン……ドクン……


(夕市)『ごめん、その……いつも想像してた。芹葉ちゃんの裸。最低だろ……?』


 想像してくれてたんだ……どうしたんだろ? これ怒るトコじゃない? キレるトコじゃない? 引いちゃうトコじゃない?


 でも、喜んでる。ユウちゃんが自分の事、想像してくれてた事、喜んでる。


 (芹葉)『ユウちゃん、お願いがあります。3番目……3番目でいいからユウちゃんの彼女にしてくれませんか?』


 乾きかけた芹葉の頬から一筋の涙が零れた。












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