第12話 親友の妹。

「まぁ、話まとまったみたいでよかった」


 後頭部を擦りながら担任の柿崎が復活した。藍華の赤本アタックを喰らって、しばらく突っ伏したが意外にタフな男だ。


「先生の目には丸く収まったように見えるんだ、節穴だね」


 星奈は肩をすくめて呆れた。三角関係。望んだ着地点ではないが、ここで我を出して夕市を追い込んでもよくないと判断した。それは藍華も変わらない。


 言うなら束の間の平和というヤツだ。時が来れば戦いの火ぶたは切られる。だけど、今朝から続いた舌戦にふたりは飽きていたし、ふたりの顔色を見続けていた夕市も疲労困憊だった。


「ごめん、今日は行くところがあるんだ」


「そうなの? どこ?」


「降旗。おまっ、それ聞くの? 男子的には息苦しいんだが?」


「先生、先生が男子の代表みたいな口きかないでください。男子基準が下がります」


「辛辣~~山家。嫌になったらいつでも俺のトコに相談にこい。高坂先生を紹介する、相談はそいつにしろ」


「先生通す必要なくないですか? 少しくらいお仕事してください」


「あっ、瀬戸もそんなこと言うんだ、ダメだぞ降旗みたいな……いえ、何でもありません」


 命の危険を感じたのか、柿崎は言葉を途中で切った。どうやら先程の赤本アタック。些か打ち所が悪かったみたいで、星奈の攻撃だと思ってるようだ。


 星奈は口がアレだけど、手が速いのはどうも藍華のようだ。


「あの、その……今日は恭司の家に行く日なんで」


「そうなんだ、山家君って戸ヶ崎君と長いの?」


「えっと……恭司中学から」


「そうなんだ」


「ごめん、ちょっと急がないと。じゃあ、また」


 夕市はそう言い残し、廊下で待っていた恭司と合流して足早に生徒指導室を後にした。


(カラオケでも行くのかなぁ……)


 遠ざかる後姿を目で追いながら、星奈はそんな事を考えていた。そんなぼんやりとした感覚に浸る星奈に柿崎は声を掛ける。


「まぁ、お前らの話はこれくらいで本題に入るぞ」


「本題?」


「あぁ、降旗。そろそろ見せてくれ」


「……はぁ?」


 星奈は口を開いたまま、藍華と目が合う。ふたり共「なに言ってんだ、こいつ」みたいな、生ごみを見る目で見た。


「見せてくれって、その……パンツ的なものですか? やっぱ噂通りのロリコン変態教師じゃない‼ せ、瀬戸さん! つ、通報‼ もう、直で警察でいい!」


「わ、わかった! へ、変なことしたら大声出します‼ わ、私最近テレビ出てないけど、ボイトレ意味なくしてますから、大声出します‼ な、なめんなよ! このクズ教師!」


 し~~ん


「あのさ……言いたいこと何となくわかるし、お前らがど~ゆう目で俺のこと見てるかよ~くわかったから、瀬戸。モップ置け、軽く傷つくだろ?」


「お、置けるワケないじゃないですか! い、いくら恋敵とはいえ、こんな変態教師にぐちゃぐちゃに凌辱の限りを尽くされて……ちなみに、ど、ど、どんなプレイ予定なんですか? 参考までに……」


「何の参考かな? お前それ聞いて山家に何しようとしてる? お前ら揃いも揃ってドSなの? 荷が重いよ! ドS女子ふたりと3○なんて! ってか、ちげーよ! 誰がお前のパンツなんか見たいんだ⁉ いや、どうしてもセンセイに見せたいって言うなら、やぶさかでもないが」


「やっぱりだ、このロリコン! 自分の事ロリ顔って認めたワケじゃないんだからね、勘違いしないでよね!」


「降旗さん……そのツンデレ文法、使うタイミング今なの? 何で変態喜ばしてるの? もしかして、にされたいの? 凌辱推進派なの? それなら人呼ぶのよそうか? あっ、ごめん。私席外そうか?」


「意味わかんない配慮しないの! そのモップでこの変態に一撃お願い! その後モップでお掃除すれば流血の証拠は隠滅出来る!」


「あったまいい~~それじゃあ、遠慮なく、南無~~」


「南無じゃねえよ、南無じゃ、違う、猫ちゃんの写真! 降旗、里親探してたんだろ! て、手紙に書いたろ!」


「猫ちゃん?」


「里親?」


「「あっ」」


 □□□


「でも仕方なくないですか? こういうの身から出たサビって言うんです! 普段からJK好きみたいな発言するから天罰です」


「あのなぁ……じゃあ聞くが、この日本においてJKが嫌いな男がいるとでも? お前らこの国のこと何にもわかってねえよ」


「自分の尺度で日本を語らないでください。マジでシんでください(笑)」


「だいたい生徒に連絡取るのに何でくつ箱なんですか? なんで手紙なんです? そこからキモいです!」


「まぁ、キモいのは認めるから、それより猫ちゃんの写真ないの? 正直JKよか猫ちゃんなんだけど、俺」


 そこまで熱烈に言われたら答えないワケにはいかない。星奈の弟さんは猫アレルギーなので、自宅では飼えない。


 飼えないけど、放っとけないのでお世話をする。こんな感じなのだけど、お世話をしている公園のご近所からは煙たがられる。


 早く貰い手を見つけて安全なところで飼われて欲しい。


「あの……一応聞きますけど」


「あのな、猫ちゃん相手に変なことしねぇよ! なに系を心配されてんだ、俺?」


「この3匹なんですけど……」


「3匹か……1匹でもいいか?」


「それは……ちゃんとお世話してくれるなら助かります」


「お世話はする。獣医さんにも連れて行くし、何なら定期的に写真も送るぞ?」


「わかりました、それじゃあ、お世話になります。よろしくお願いします」


 星奈は珍しく頭を丁重に下げて柿崎にお願いした。


 □□□

 恭司の自宅。

「じゃあ、夕市。俺は自分の部屋行っとくな、芹葉せりははもう行ってんじゃないか? また後でな」


 恭司は軽く手を上げて、夕市と別れた。芹葉とは恭司の年子の妹で、いま中三だ。ここに来たのは恭司と遊ぶためでも、ダベるためでもない。


 芹葉に用事があるからだ。夕市は定期的にこの家を訪れ芹葉と会っていた。

 夕市は芹葉に会う前に深呼吸をして軽く頭を振った。


 不安そうな顔をしてないか、気にしていた。


 実のところ夕市は恭司より、芹葉の方が付き合いが長い。そしてその密度も。だから不安な顔を見せたくなかった。


 ふたりの事、一段落したとはいえ全部うまく行くとは、自己肯定感低めの彼には思えなかった。




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