第8話 聞き捨てならない。

「な、なんで降旗さんが断るの!! 私は山家君に告白してるの! しかも、なんでそんなに声マネうまいの? 山家君かと思うじゃない!」


「あら、バレた。うまいのはいつもふたりで話してるからよ。ぽっと出の瀬戸さんとは違って」


「ぽっと出って言わないで! にゅ、入学式で話したもん! 鼻炎がひどい時助けてもらったもん!」


「あぁ…あのハナタレてた時ね。山家君優しいのはいいけど、何でもかんでも情を掛けちゃだめよ? 懐かれたら、後が大変よ?」


 星奈は捨て猫を拾ってきた子供を諭すように夕市に微笑みかける。


 油断したら頭でも撫でそうな勢いだ。そして小さくため息をつき、言葉を続けた。


「瀬戸さん、話戻すけどさぁ、髪切ったのってさぁ、瀬戸さんの判断だよね。それとも優しい山家くんの罪悪感を刺激して、山家くん引き留める? 縛るの? 何だったらいっそ、山家くんに責任取らせて坊主にでもさせようか? その方が後腐れなくなくない? 私は別に坊主でも山家くんと付き合うけど?」


「僕はそれで構わない……そんなのが償いになるかわからないけど」


 ニコリと夕市に笑いかける星奈だが、目は笑ってない。マジなやつだ。


 水を打ったように静まり返っていた教室だったが、星奈の『坊主にさせようか』発言にクラスメイトは今度は凍りついた。


 クラスメイトの何人かは、星奈ならやりかねないと心から思っていただろう。


 実際もし余りにも藍華がゴネるなら、手切れとばかりにそうするかも知れない。


 ちょっと星奈は予測不能の行動を取るところがあるから断定は出来ない。


 これからどうなるんだろう。クラス中が固唾を呑んで見守っていると、そこに間延びした声が響いた。


 このクラスの担任柿崎のものだった。


「はいはい、ホームルーム始めるぞ〜〜降旗。最近教師でも丸坊主とか言ったら保護者会面倒だからさぁ、そういうのやめてくれない? 先生一応注意したから、あとは自己責任だからな」


 アラサー男性教師神崎はいつものように、自身に責任が降りかからないように、釘を刺した。本人が言うように『一応注意』したくらいのものだった。


「あとさぁ、山家。そういう男女の修羅場は放課後学校の敷地出てからな? 先生的にはモテ自慢にしか見えんからな。そこんとこ頼むぞ」


 どうやら神崎ははじめの方から見ていたらしい。


 注意したのもチャイムが鳴ってしまったからで、もしホームルームじゃないなら素知らぬ顔でスルーしていただろう。


 それから思い出したように付け加えた。


「降旗~~お前さぁ『猫ちゃんの里親募集』の貼り紙貼りたいんならちゃんと生徒会通せよ、センセイ朝から生徒会長に𠮟られたじゃないか。まぁ、センセイ的にはご褒美の側面はあるから、別にいいけど……」


(うわっ……早く辞めさせろよこの教師)

(JKにしか興味ないってマジなんだ……)

(こっちの方が保護者会黙ってないんじゃ……)

(あの猫ちゃんのポスター降旗さんなんだ……)


 生徒たちは数々の陰口を叩きながら自席についた。


「ごめん、なんか迷惑掛けて」


 夕市は自席に戻ると星奈に小声で謝る。


「山家〜〜そういうの後でな? それから謝るならセンセイにも謝ってくれ。モテ自慢の件とか」


 神崎は夕市の小声も拾っていたらしい。夕市は諦めて謝罪は後ほどすることにした。


 身の入らないまま、ホームルームを終えクラスは移動教室に向かった。


 1限目からの移動教室は慌ただしい。


「夕市、大丈夫か?」


「ああ、恭司…なんか悪かったなぁ」


「俺は別に大丈夫」


「戸ヶ崎。大丈夫ならちょっと外して。私が1番事情わかってないんだから」


 恭司は星奈にジロリと睨まれると、一目散に退散した。


 星奈自身はタレ目で優しい顔立ちをしているのだけど、睨みを効かされると優しい顔だから逆に怖い。


「それを言うなら私もなんだけど?」


 夕市と並んで歩く星奈に後ろから声を掛けたのは藍華だった。


「おかしいなぁ、誤解解けてない? わかりやすいよね〜〜間違って届けられた恋文に勝手に舞い上がったってだけだと思うんだけど?」


「降籏さん、言い方……」


「はいはい、山家くんは優しいよね。でも、これは女子同士の問題だから」


「そうね、山家君。ありがとね、待っててね。ちゃ〜〜んとわからず屋に言い聞かせてくるから」


「瀬戸さん……」


「あのね、瀬戸さん。私はさっき山家くんにオッケー出したの。だから私が山家くんの彼女。あなたはなんちゃって彼女だと思うの」


「な、なんちゃって彼女⁉ それは聞き捨てならないわね」


「二人共ちょっと冷静になろ? ね、話せばわかるよ」


 平和主義の夕市は物事は話せばわかるし、理解し合えると思っていた。


 しかし、女子ふたりの局面は拳で語り合う数歩手前まで訪れていた。


「山家君って、私のことその……好きなの?」


「降旗さん……それ今答えないとなの?」


「恋文くれたって事が答えだと思うんだけど、私読んでないし。読んた瀬戸さんに直接聞いてもいいけど?」


「それはその……えっと……」


 移動教室への廊下。この会話に聞き耳を立ててないクラスメイトがいるわけない。


 いつもならバラバラと移動するのだが、今朝に限っては3人を中心にクラスメイトは移動教室まで歩く。


「ごめん、今はちょっと」


「うん、そうね。みんないるもんね。でもさ、瀬戸さんの事はハッキリして欲しいかなぁ。誤解だから謝りに行ったってことでいいのよね」


「降旗さん、悪意を感じる。そんな聞き方じゃ山家君かわいそう」


「あっ、大丈夫。山家くんに言ってる感じにしてるけど、瀬戸さんに言ってるから。や〜ね、嫌味に決まってるじゃない」


「あははっ、めっちゃ宣戦布告されてるんだ私!」


「誤解しないでね。私は基本山家くんには優しいから、そうよね、山家くん?」


「本人目の前で違うとは言えないよねぇ、山家君?」


「表で話そうか、降旗さん」

「望むところよ、瀬戸さん」


「いや、そこの女子〜〜マジで外で話してね、もう移動教室着いたよ? ってかもう授業始まってそこそこなるんだけど、山家〜〜これ先生に対する当て付けかなんかか? 生徒指導室にお前だけ呼ぶぞ?」


 担任の神崎は移動教室の教壇で、腰に手を当てて首を振った。元々やる気の少なめな神崎。


 今日はいつにも増してやる気が出ないのは夕市のせいかも知れない。


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