第7話 残念だけど。
「えっと『ウチの人』ってどういう意味? 降旗さん、まさかそれって山家君のこと?」
「ウチの人はウチの人なんだけど。ちょっとはしょり過ぎた? 確認したいんだけど、山家くんが私に恋文くれたって流れだよね? それが間違って瀬戸さんに届いちゃったって理解でいいよね?」
夕市も藍華も気まずく顔を見合わすだけで、返事をしたのは恭司だった。
星奈は宙を見ながら「そう」と短く答えた。
手を形のいいあごに添え目を閉じて少しの間考えを巡らせた。その思考を中断するように藍華が口を挟む。
「あの、降旗さん悪いんだけど、私と山家君と話してるとこなんだけど。お付き合い始めたばかりで、そりゃ誤解もあるだろうけど、それは私たちの問題だから」
口を出さないで。
学園のトップカースト頂点に立つ藍華が、クラスメイトの前で交際宣言をした。
クラスメイトだけではなく、藍華と近い女子グループもざわついた。
まさに寝耳に水。しかも相手はそれほど目立たない夕市。
「お付き合いしてるか……ホントに? 山家くんは瀬戸さんに間違って恋文送ったって事でしょ? しかも、それ戸ヶ崎のミスなんでしょ? 山家くん優しいから戸ヶ崎庇った感じじゃない? ついでに浮かれて現れた瀬戸さんに悪いって思った。ほら、今さら言えねぇ~~とかじゃない? 違う?」
「う、浮かれてなんて……浮かれてないとも言い切れないけど! ま、間違いから始まる恋愛もあるかもだし‼ お願いだから後にしてくれない? どうしても山家君と話したいの! それと、間違いって認めたわけじゃないんだから!」
「あっそうですか。後にか……別にいいけど。えっと、山家くん。私の気持ちはね、恋文。内容見てないけど山家くんなら……違うか。うん。山家くんと付き合いたい。普段から仲よくしてるもんね?」
星奈が更に一歩藍華に近寄る。至近距離でのバチバチに藍華が少し怯む。
それを確認した星奈は藍華に「どうぞ」と手の先で譲る仕草をした。
藍華の「後にして」に答えた感じだ。その証拠に星奈は数歩下がって腕組したまま状況を見守った。
「えっと……勢いで正座したものの、降旗さん俺はどうしたらいいかな?」
1人取り残されかけた恭司は星奈に助けを求める。星奈は夕市を見る目とは別人の蔑んた目で言った。
「「黙ってて」」
星奈と藍華が息ぴったりで答えた。
「はい、スミマセン」
恭司の出る幕ではなかったらしい。
敵に塩を送られた感じの藍華は「すぅはぁ、すぅはぁ」と何度も呼吸を整えた。
いきなりのことで何の準備もしてなかった。
突然付き合ったばかりの夕市に訳も分からないまま、土下座され昨日の受け取った恋文が自分宛でなかったことを知った。
本当に受け取るべき相手は不良っぽいと噂のクラスメイト降旗星奈。
しかも、星奈はふたりに割り込むように、夕市との交際を受け入れた。
自分が身を引けば万事解決とも思った。夕市が同じクラスなのは知っていた。
入学式。
突然の鼻炎に襲われたその時名前も知らない夕市に助けてもらった。
恩を感じてるんじゃない。
ありがたいな~~優しいな~~いい人だよね。
そんな感想が藍華の中にあった。でもこれくらいの印象を受ける相手は、きっとたくさんいて、実際その中のひとりだと藍華は思っていた。
でも違った。
自分への恋文じゃなかったとはいえ、夕市からの恋文にときめいた。胸の高鳴りを感じた。
藍華は岬沢学園のトップカーストの頂点に立つ女子。入学して僅か数ヶ月で何度も交際を申し込まれた。
いつもなら断っていた。色んな言い訳をして断った。
だけど今回は心が動いた。夕市と付き合いたいと思った。
理由はわからないけど、理由はひとつじゃない気がしていた。
勘かも知れないけど、自分が付き合いたいと思った理由が知りたかった。
夕市と付き合えばぼんやりと、靄が掛かったままの気持ちに答えが出る日が来るように思えた。
それに……
人に対する優しさって得難い貴重な物。その貴重なものを持っている夕市の傍にいられたら、これ以上望むものはないように思えた。
「瀬戸さん、言うことないならそろそろいい?」
「ちょ、ちょっと待って」
星奈は時計を気にした。ホームルームの始まる時間が近づいている。
藍華はもう一度「すぅはぁ、すぅはぁ」を繰り返した。
「山家君! 山家夕市君! もう一度、もう一度やり直します、私から‼ 私、瀬戸藍華と付き合ってください、お願いします‼」
クラス内はどよめいた。あの学園のトップカーストの頂点に立つ瀬戸藍華の告白劇に立ち会ったのだ。
しかも相手は普段冴えないと思われていた、クラスメイト山家夕市。
クラスメイトから見たら、最初は夕市の恋文による告白で交際が始まったと思われたが、どうやらその恋文は降旗星奈に宛てたもの。
そして突然星奈が交際宣言。そこからの藍華の告白。
いったいどうなるんだ? クラス内が動きを停めて見守る。
「ごめん、残念だけどそれは無理です。僕は降旗さんが好きです」
間髪入れず返された答えに教室は、どよめいた後一層静まり返った。
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