第2話 恋愛背水の陣。

 初夏を迎えようとする岬沢学園の校舎屋上。日差しの割にそこまでは暑くない。


 そんな屋上に身を伏せ、スナイパースタイルで状況を見守る恭司のヘッドセットに通信が入った。


 恭司は何事も形から入るタイプだ。自前のヘッドセットを夕市に渡し、スパイ映画っぽい演出をしていた。


 恭司は瓶底伊達メガネさえしてなければ、視力はいい。眼鏡


『来てくれるかなぁ……』

 夕市だ。星奈への恋文で、待ち合わせ場所と指定した屋上に降旗星奈が現れるのを待っていた。自分に自信が持てない夕市は不安で仕方ない。


 教室では普通に話せるようになっていた。

 それは今日の天気だとか、星奈が猫のおすすめ動画の話を小声で話すのを、聞き取りやすいように少し寄るのだけど、近寄っても嫌な顔されない。


 だから他のクラスメイトより仲がいいとは思うが、それと告白ではあまりに意味が違う。ちなみに恭司は今現在アドバイザーとして、隠れて彼を見守っていた。


『ターゲットは校舎屋上に向かう階段に到着済み。幸運を祈る、以上』


 恭司は形から入るタイプだ。スナイパーと化していた。恋のスナイパーといったところか。因みに恭司が隠れている場所からは校舎全体が見渡せるのだが、彼は今、瓶底伊達メガネを着けていた。


 夕市の座右の銘は「足るを知る」だ。前にも言ったが彼はどう贔屓目に見繕っても平均点な男。


 それは成績もだし、運動も顔面偏差値も、可もなく不可もなくというか、やや不可はありみたいな、平均点より下回ると自己評価。自分に自信が持てず、精一杯頑張って、居がちな男子だと思うように努力していた。


 たまに褒められるのは声くらいで、イケボとか言われることがある。


 そんな夕市とは対照的に、恭司はノリノリで、目の前で展開されようとしている友人の恋愛ミッションを全力でサポートし、夕市に自信をつけさせようとしていた。


 夕市に足りないものは、成功体験の積み重ねだと確信していた。


(降旗さんがもう階段まで来てるって言ってたなぁ……)


 落ち着かない。それはそうだろう。夕市にとっては初告白。それに初恋。


 相手は学園のトップカーストの一角を占めるプチ不良女子、降旗星奈。控えめに言ってもハードルは高い。バカ高い。少し話せるようになったからって告白って成功するのか、夕市は不安で仕方ない。


 夕市の告白ミッション。何度も言うが成功率は極めて低い。低いにも関わらず、振られた時の事を夕市は考えてなかった。


 星奈とは同じクラス。しかも席は隣同士。振っても、振られてもめちゃくちゃ気まずい。


 夕市は今ようやくその事に気付いた。気付いたけど、遅い。余りにも遅すぎる気付きだった。


 最初の心意気。


 当たって砕けろみたいな勢い。だけど、砕け散った後も隣の席という日常は変わらない。 


 そんな当たり前のことを、今更気づいて動揺した。手のひらは汗でびっしょり。

 降旗星奈はもうそこまで来ている。逃げ出したくても、階段ですれ違う。

 緊張に耐えきれなくなっても、逃げる場所は……地上へのダイブしかない。


 まさかの恋愛背水の陣。そんな夕市を気づかって恭司はヘッドセットに喋りかける。


『夕市、こういう時はアレだ』

『アレって?』

『オレこの戦争が終わって、故郷に帰ったら彼女と結婚するんだ、みたいなのあるだろ?』

『それ、ダメなヤツな。死亡フラグの香りしかしない。えっと、やっぱしそんなに見込みないかなぁ……』

『実はないに等しいかも!』

「知ってた!』


 不思議とほんの少し緊張がほぐれた。

 その時夕市の背後で、屋上のドアがノックされる。

 普通なら外につながるドアにノックをすることはない。


 それがされたということは、ここが告白会場だと知ってることになる。その人物は恋文を受け取った星奈しかいない。


「ど、どうぞ!」

 生唾を飲み込みながら、ノックの返事をした。すると、錆び付いた金属の音と共に扉が外向きに開かれた。


 えっ? 誰?


 夕市は固まる。扉を開けたのは降旗星奈だとばかり思っていた。だけど、扉を開けたのは星奈ではなかった。


 そこに一筋のイタズラな風が吹く。スカートを舞い上げるような強い風ではない。

 だけど、そこに立つ女子の漆黒の長い髪を舞い上げるくらいの風ではあった。


 長い黒髪……


 夕市の思考回路が固まる。星奈は肩に掛かるか掛からないかのボブカットで茶髪だ。


 しかし、そこにいたのは腰までの黒髪ロングの持ち主。ただ、星奈と負けず劣らずの美少女。


 更に夕市を混乱させたのは、その殆ど話したことのない美少女が体の前で小さく手を振ったのと、ほんの少し引きつったような笑顔。


「あの、ごめんね山家君。んだけど、先生がプリント集めてくれ、なんて言うから。ほら、私今日日直。いや~~神崎って人使い荒いよねぇ」


 夕市の隣の手すりに美少女が並んで立った。

 彼女はこの学園で知らないものはいない、そう断言してもいい。

 決して過言ではない。

 その過言ではない美少女は手すりに軽く手を添え、夕市に笑い掛けた。


 見ると深呼吸しながら呼吸を整えようとしている。


 彼女の名前は瀬戸藍華 らんか。名実ともに岬沢学園のトップカーストの頂点に立つ女子だった。


 元天才子役で今はCМや雑誌モデルを中心に活動していた。


 そんな学園のアイドルが、芸能人が、こんな時間に校舎の屋上なんて辺鄙なところに現れる理由が夕市には分からなかった。


(待てよ『ごめんね山家君。んだけど』って……)


 偶然学園のアイドル瀬戸藍華が現れたのではなく、目的があってここに来た。その目的が自分みたいだ。 


(そうか、瀬戸さんは僕に何か用事があってきたんだ)


 夕市はすぐ彼女の目的に気づいた。自分に自信が持てない夕市はすぐに悟った。振られるんだと。

(瀬戸さんが頼まれて代わりに来た感じなんだ……) 






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