第3話 お断り代行?

(あっ……)


 次の瞬間、夕市はある天啓を受けた。閃きと言っていい。そしてその閃きに果てしなく自信があった。


(これ、降旗さんに頼まれた感じだ。きっと、瀬戸さんが代わりに断りに来たんだ)


 女子あるある。代役を立てて穏便に済ませようとしていると夕市は理解した。


(隣の席だし、直接断るとか気まず過ぎだもんなぁ)


 振られることは想定していたけど、ショックがないわけではない。夕市は初告白が成就する方が奇跡なんだからと自分に言い聞かせる。諦める事に関しては慣れていた。自己肯定感低めが、役に立つこともあるんだと変な納得をする。


(でも……)


 夕市はここで、あることに気付いた。降旗星奈も瀬戸藍華も同じクラスだけど、特に仲良くしている記憶がなかった。


(こういう色恋沙汰って、相当仲良くないと関わらないもんじゃ……相談する方も気を使うだろうし)


 女子の常識が夕市にわかるはずがない。

 紙のように薄い紙メンタル夕市は、一刻も早くこの場を走り去りたいくらいだった。

 流石にそれは代わりに断りに来てくれた瀬戸藍華に悪いと踏みとどまった。


 マジで振られる5秒前。目の前がクラクラきそうで情けない。でもまさかここで倒れて、藍華の手を煩わせるのはダメだと目を見開く。


「ところでさ、山家君暑くない? ハハッ、私だけかなぁ~~暑い」

 藍華は手のひらで顔をパタパタと扇ぐ。心なしか早口。


 むしろ、夕市の心の中は極寒の嵐が吹き荒れている。顔面は蒼白だし、額には脂汗すら浮かんでいる。前髪で目元を隠しているので表情は伝わらない。


 それに引き換え、藍華の顔は真っ赤でよく見れば首のあたりまで朱に染まっていた。


(早く帰りたい……)


 油断すれば心の声が漏れてきそうだ。夕市はなんとか笑おうとしていたが、この笑顔は引きつった自虐的な笑顔だった。


(告白が少しでもうまくいくかもなんて思っていた頃の僕、シネ……)


 もう、口から魂が抜けてしまいそうな勢い。夕市が風船なら完全にしぼんでいる。


「あのね、うん。ビックリしたって言うか……ビックリした、ハハッ…まんまだね。だってそうじゃない? 私と山家君ってほとんど話したことないし」


「あっ、うん」


(ほとんど話したことないのに断り役なんて、荷が重いだろうなぁ、なんか申し訳ない……瀬戸さんのためにもさっさと振られてあげないと)


「あっ、でもでも覚えてるよ! その入学式の時、私花粉症で鼻水が大変だった時、山家君何も言わないでポケットティッシュくれたの」


「そんなこともあったね……なんか、うん。懐かしい」


(瀬戸さんは優しいなぁ。落ち込んでる僕の気持ちを和らげてくれようとしてるんだ。そりゃ人気もあるよなぁ、美人で気づかい出来て。因みに何も言わないでティッシュを渡したのは、話したことない女子と話せないからだけど……)


「だから、その……はい!」


 藍華は右の手を夕市の前に差し出した。

 状態はお辞儀してる感じに似ていた。

 夕市はその仕草が、何を意味するのかすぐにはわからないでいたが、思いついた。

 そして慌ててポケットからあるモノを取り出して手渡した。


「えっと、なに? その……ポケットティッシュ?」

「えっ? いや、そのあの……鼻水かなって」


 夕市はしどろもどろだった。夕市の中では藍華が手を出すということは、鼻炎が酷くなったからだと……


「もう、ウケる! えっ、なんでわかるの? 私すごくしてたんだけど? 女優っぽくない? いや、女優のつもりだけど……まぁ、それはいいや。実はすっごく緊張してたの私! 心臓バクバクで、ほら体育で200メートル走した後みたいに! ポケティって、緊張ほぐしてくれるためにボケたんでしょ? ありがと、すっごく楽! うんうん、楽しい!」


 気が付けば、見た目クールビューティの藍華が、夕市の前で何回も飛び跳ねていた。ギャップ萌えというやつか。


『――夕市……なんか雲行きが怪しくないか?』


 恭司の声が不意にヘッドセット越しに聞こえた。夕市は慌ててヘッドセットを外した。付けたまんまなのを忘れてた。


(確かに恭司が言うように雲行きが怪しいかも……)


 いくら他人の色恋沙汰とはいえ、目の前の藍華は夕市の目にもはしゃぎすぎのようにも見えた。何より彼は今から振られるワケだし、藍華には関係ないかも知れないが無神経にも見える。

 しかし、その疑問はすぐ晴れた。


「山家君、本当にいいの? 私で?」

「えっ?」


 夕市としては「えっ?」にもなる。外したばかりのヘッドセットを付け直して「お前なんか仕込んだだろ」と恭司に詰め寄りたい気分だ。


「私、なんていうかとかしたことなくって、この先もないだろなぁ〜なんてどっかで思ってて」


「瀬戸さんって、付き合ったことないの?」

「えっ? ないよ? なんで? その、山家君はあるの? その……女子とお付き合いするとか」

「ないけど」


 ないけど、なんか論点がズレてる。

 どうも想定の範囲を遥かに超えていた。何が起ころうとしてるのだろう……夕市の背中に冷たい汗が流れた。


「それじゃあお互い、お付き合いするの初めての相手ってことで、よろしくお願いします!」


 藍華の絹のような滑らかな黒髪が波打った。深々とお辞儀してゆっくりと体を起こし夕市に笑い掛ける。緊張のせいで頬は一段と真っ赤に。


「えっと、これは……」

「あっ、その……ОKってことで。よろしくね」


 夕市は「何を?」と聞き返しそうになったが、慌ててその言葉を飲み込んだ。

 夕市が目にしたのは恭司に代筆を頼んだ、星奈宛ての恋文を胸の前で持つ藍華の姿。

 気のせいかうれしそうだ。


 こうして夕市の初告白は想定外の方向にコマを進めた。


 そして大事なことを忘れていた。差出人の名前は書いたが、受取人の名前は書いてない。だから、夕市からの恋文なのはわかっても、誰に宛てたものかわからない。






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