21話 憎しみは終わらない。

「バカがよおおおおお! バチが当たらねえわけがねえんだ!」


 ミラクの合図と共に、憲兵達がスタジオに流れ込んでくる。その状況を見て、アキーノの態度が豹変した。


「……コイツカ」


 続々と現れる憲兵の中に、一際目立つ巨大な甲冑姿の男がぼそりとつぶやく。大罪人を裁く処刑人。重罪の時にしか現れない司法の執行人であり、最強の男。そんなことを、風の噂で聞いたことがある。


「お前はハメられたんだよお!」


 アキーノは俺に向かって声を荒げる。激痛も、アドレナリンで感じてないのだろう。希望というのは、人を奮い立たすのだな。


「現場で一番偉いのは誰だ!? 俺だあ! 俺様プロデューサー様だあ! 俺が白と言ったものは白にしなくちゃいけない! 殺せと言ったら殺す! そんでそんな俺より偉い上司が時間を稼げと言ったら……稼ぐよなあ!? そんで俺は稼いだ〜! 上司の言うことをまた遂行した〜! こうなりゃこっちの勝ちだ! さあ、やっちゃってください! ミラクさん! こいつに正義の鉄槌を! タジルさんの命の分まぶぉ……」


 一瞬のことだった。処刑人が斧を大きく振りかぶり、アキーノの首を刎ねる。転がるアキーノの首の断面は、横一線の滑らかな切り口。美しささえ感じさせる、完璧な仕事ぶりだった。


「な……なん」


 一瞬で完遂された仕事は、アキーノに最期の言葉すらろくに話させない。


「ハメられたのはあなたもですよ。アキーノさん」


 転がる首を見て微笑むミラク、一方自身の魔力がぐっと落ちる感覚がする。


「圧倒的に弱くなりましたね。やはり、テクレックス時代の人間への恨みは相当なものだ」

「……そうか。そうだよな」


 ギルモアの社長を殺した時から、違和感はあった。社長が絶命した瞬間の、これまでに感じたことのない、妙な身体の重さ。


 俺の恨みの原動力はという怒りと憎しみ。それが魔力の源となる。


 ならばそいつを殺して、どうなるのか。


「なぜあなたがこれほどまでに圧倒的な魔力を持っているのか。不思議でしょうがなかった。でもマリアの存在を知って、合点がいきました」


 ミラクはマリアを知っている……。


「つーか、国家憲兵が一般人殺しても大丈夫なの?」

「ふっふふ、あははははははははは!」


 俺の言葉を聞いて、ミラクは笑い声を抑えられないようだ。 

 しゃべっている間にも、自分から魔力が漏れ出ていく感覚を覚える。

 

「察しが悪いですね。アキーノはが殺したんだ。逆恨みでついに手を掛けた。そういう筋書きでしょう」


「……そういうことね」


 理不尽な権力のやり口。揉み消し方。覚えはある。

 やっぱ根幹は、どこの組織でも変わらないな。

 

 汚いやり口に怒りを覚え、魔力が上がる感覚を覚えた。

 しかしその怒りには積年の重みがない。焼け石に水程度のものだ。


「……まだ抵抗する気ですか?」

「心底、世界が嫌いだからな」

「もうすぐタジルさんも死ぬでしょうし、無駄な抵抗はやめたほうがいいかと」


 ミラクがパチンと指を鳴らすと、会場のモニターにタジルの姿が映った。


 仄暗いダンジョンの中に、ポツポツと点る蝋燭。蝋燭の火が、処刑人が歩みを進めるたびに揺れる。白装束に身を包んだタジルの足取りはゆっくり、だが着実に処刑台へと向かっている。


「タジルさん、ミラクです」

「……はい」


 タジルの声音に生気はない。


「もう処刑台の前ですか」

「……ええ、やっと罪を償えます」


 改めて見るとタジルはこんなに細かったのかと驚く。それともここ最近やつれていたのだろうか。毎日のように会って殴っていたから気づけなかった。


「貴方からは見えないでしょうが、ここにブレイくんがいます。お望み通り、最期の言葉をどうぞ」

「……ミラクさん。手配、ありがとうございます」


 少し涙声になりながら、タジルは訥々と話し始めた。


「ブ、ブレイ。本当に申し訳なかった。謝っても謝り切れない。入社した時、ブレイには期待していた。光るものがあると思った。だから厳しく指導するのが、お前の為だと思った。だけど、それは重荷だったんだろう。お前を追い詰めてしまい本当に申し訳ない。だから俺の命を持って、少しでも贖罪させてくれ」


「……」


「この程度で俺は許してもらえるとは思っていない。だが俺にやれることは、やらせてくれ。……映像越しですまない」


 そこでプツリと映像は途絶えた。


「……憎しみの要であるタジルさんが死んだら、あなたの魔力はさらに減少する。念のためアキーノさんも殺しましたし。処刑人レベルの力があれば流石に倒せるでしょう」

「……」


 言葉が、すぐに出なかった。


「震えてますね。怖いですか? 今まで散々調子に乗っていた根幹にある魔力が尽きるのは。それか恩義を感じて魔力が弱まりましたか?」


 人は喜びを噛み締めると、案外すぐに言葉は出てこないらしい。


「よかったあ……」


「……は?」


 虚をつかれたミラクが目を見開き、口をあんぐりと開けている。


「まだ死んでない」


「……は?」


「ウェンディ」

「ん」


 希望が見えたのなら、走り出すだけだ。

 魔法映像録画機器を出すと、ウェンディが登場し、それを構える。

 

「マリア、あの場所わかるか?」

「んー、そんなに遠くないわよ。ダンジョン自体の難易度は高いけど」


 マリアに問うと、端的に状況を伝えてくれる。


「何をする気だ!」

「決まってるだろ」


 ――これからも上司も末永くぶん殴るために、上司を救う。


「……意味がわからない」

「わからんだろうな。けど」


 やりたいから、やる。


「絶体絶命の状況をひっくり返すのが、真の配信者だろ?」

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