20話 ハプニングが起きないことはない

「おしまいだ……」

「何が?」


 アキーノがうずくまり、頭を手で抱え、必死に己を守ろうとする。


 荒れ果てた会場に横たわるザリアは、人間の形をかろうじて保っていた。俺が目配せすると、スタッフは恐怖から出る嗚咽を必死に抑えながら、現場の処理を行う。


 現場に蔓延する、敗戦処理のような絶望感。だが、まだ全然撮れる。魔法録画機器を止めるのはまだ早い。これまでの経験を考えれば楽な仕事だ。


 だから、アキーノがおしまいと言っている理由が分からなかった。


「お前が撮りたかった、本物の映像だ。嘘偽りのない、自業自得の」

「……」

「ふん」


 アキーノはガタガタと震えながら涙を零して反応を示さない。限界なのだろう。それは、現場という最も見栄を切らなければいけないこの場所で、情けない姿を晒していることが、何よりの証拠だ。


 地位も名誉も社会性すらもかなぐり捨てて、こいつは本能的に死にたくないんだ。その姿を見て、おおむね満足した。殺してはいけない。この情けない姿を晒したという羞恥を持って、無様に生き続けてほしい。それが心からの願望だ。


「俺はおおむねやりたいことはできた。最後に何か言いたいことはあるか」


「……た」


 唇が震え、アキーノは言葉に詰まっている。


「タ?」


「タジルさん。は、早く」

「……タジル?」

 

 その名に、一瞬虚を突かれた俺の隙を突こうと、アキーノは咄嗟に魔力を込めた銃口を俺の方へと向けた。俺は反射的に魔力で銃口を捻じ曲げ、暴発する。アキーノの指が原型を留めず、ぐちゃぐちゃになっていた。。


「あああぁあああぁああああああああぁぁあ!!!」


 ……わからん。疑問が残る。わからないことはすぐに質問すべきだ。そうアキーノに教わった。


「なんでタジルの名前が出てくる?」

「ぐいあああぁあああぁああああああああぁぁあ!!!」


 問いかけるも、痛みからアキーノの叫びが止まらない。いざ質問すると、忙しさから返事を貰えなかったりするのはあるあるだ。


「おい、うるせえ。喚く暇があるなら早く説明しろ」


 しかし容赦をする必要性を感じなかった。それが、アキーノが今までやってきたやり方だから。


「それは僕から説明しましょう」

「……! あああ! きたぁッ……!」


 そこにいたのは、喫煙所にいた構成作家だった。


「ミラクです。本番お疲れさまでした」

「……本番?」

「ああブレイ? ハッキング元がわかったわよ」


 真意について聞こうとした瞬間、マリアから魔法通信機器に連絡が入る。


「仕組まれてたらしいわ。ハメられてたみたいよ、あなた」


 ・・・


 ブレイブリーダウンの収録が始まる数週間前。

 夜更けのテクレックス会議室にて、二人の男が討論を交わす。


「……アキーノ。これは罰なんだよ。俺たちはアイツをそれだけ追いつめた」


 憔悴しきった様子のタジルとは異なり、アキーノにはまだ悔しさを残っていた。


「……そんなの! 元をたどればあいつが仕事できないのが悪いだけじゃないですか!」


「あいつへの指導の中に、苛立ちや嫌味が微塵もなかったと胸を張って言えるか!?」


「……」


「……受け取り手がいじめと受け取ったら、いじめなんだよ」


「ち、違いますよ! 逆恨みですよこんなの! いくら何でも限度がある。俺は仕事をする上で最低基準に達してないアイツのために――」


 会議室はテクレックス本社の最上階にある。タジルはアキーノの弁解を聞きながらカーテンを上げ、魔法都市を見下ろした。


「まあ、意見を押しつけるつもりはないさ。……でも、俺はもう限界だ」


 タジルが背広のポケットから出したのは、一枚の紙きれだった。


「……何ですかこれ」


「今度、お前がやる番組あるだろ? そこに送られてきた履歴書だ。これを見た瞬間、なぜか頬が痛んだ。以前あいつに殴られた場所だ」


 机の上に履歴書が広げられると、不思議とアキーノも同じような感覚を、殴られた部分に感じた。


「気になったのでアイツに殴られた直後、すぐさま残留する魔力の痕跡を判定した」


 履歴書から、指紋が浮き上がる。それは、履歴書に添付されていた写真が変容する。


「……マジっすか」

「ああ。こいつは、だ」

「—―というわけで、アキーノさんにお願いがあります」


 アキーノは驚愕のあまり言葉が出ない。その意識の間隙を縫うように、ぬるりと別の存在が部屋に入ってくる。


「神出鬼没なブレイが長時間その場に滞在する、そして弱体化も見込める絶好の機会だ。その演出を、あなたにお願いしたい」


「お前……構成作家の」


 そこに居たのは、いつぞやの打ち合わせで一緒になった男だ。アキーノは自分より立場の下の者の名前を覚えられない。


「ミラクです。立場を詳しくは言えないんですけど、まあ察してください」


 しかしその言いぶりから、格下ではないことをすぐに察し、名前を覚えた。


「単刀直入に言います。アキーノさん。これはチャンスです。ブレイを殺して日常を取り戻すチャンス。この計画に、あなたにも協力してもらいたい」


 ミラクは握手を求めるように、右手を差し出した。


「あなたは気づかない振りをして、ただいつもの様に番組を回して時間を稼げばいい。そして然るべきタイミングで戦力を整え、ブレイ・アンダーガードを始末する」


「……すいません、ちょっと状況が飲み込めないです」


「でしょうね。でも……」


 ちらりとミラクはタジルを一瞥する。


「……アキーノ頼む。俺は命を賭ける。最後のお願いだ」

 

 タジルが頭を下げる。


「……」


 アキーノはタジルに徹頭徹尾、テクレックスの仕事を教わった。目上の者が頭を下げることなど、アキーノの常識ではありえないことだ。


 自分がやるとしたら、それは相当の覚悟が決まっている時。

 ならばと、アキーノも覚悟を決めた。

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