19話 早いに越したことはない。

「さあ、どうくる?」


 ずかずかと歩き、ザリアとの間合いを詰めていく。一気には詰めない。それはもちろん、拮抗した実力者同士の様子見ではない。


 シンゴ同様、ただザリアがどう足掻くかが見たかった。ただの好奇心だ。


「……」


 無言を貫いたまま、ザリアは俺に対し、エネルギーを内包した弾魔ペネトを放つ。そのひとつひとつの弾丸に込められた魔力量は少ないが、その分質量が少なく、弾速が速い。


 言葉はなくとも雄弁に語る。まずは『牽制』だというザリアの思案が、弾に内包されている。これで一気に蹴りをつけてやろうなどと、微塵も考えていないだろう。


 そういうことなら乗るか。


 俺は障壁魔法ガルクを展開し、距離を詰めにかかる。


 常に大きな障壁魔法ガルクを展開しながら、距離を詰める。これは愚策だ。常時発動は魔力消費が多く、攻撃への余力を残せない……というのが一般論だろう。無論、今の俺の魔力量なら込められるが。


 だが聞きたかった。シンゴ同様『お前は普段どうやって戦ってきたんだ』と。耳を傾ければ、存外相手は答えてくれる。その応酬が、さらに俺の価値観を確固たるものにしてくれる。


 弾魔ペネトが放たれる度に、なるべく最小限の魔力消費を意識した障壁魔法ガルクで、距離を詰めていった。


 ザリアもただ押されるだけではない。時折感覚をずらしつつ、俺の虚をつこうとしながら、弾魔ペネトを放ってくる。


 ……なるほど。初めてやったがこれは中々に難しい。つい最近、魔法という概念を手に入れた初心者だからこそ、猶更そう感じる。


 ザリアの攻撃を生身で食らってしまえば、いかに速度を重視した魔法と言えど、安く済むものではないのだろう。致命傷にはならないが、出来れば食らいたくない魔法といったところか。


 となると、次に人はどういう行動を取りたくなるか。恐らく距離を詰めたくなる。飛燕ウェンディを使えるものは上空から。疾速ザントが使える者なら、地上から。一気に間合いを詰める。


 物は試しだ。軽率に疾速ザントで、一気に距離を詰めてみた。しかし、それはザリアの想定内の行動だった。


「正せ、聖龍盾グレガリアス


 ザリアは俺が距離を詰めるタイミングで、神々しい盾を構えた。それはザリア自身を護る行動ではないことは明らかだ。ザリアは全身を使って、盾と共に突進する。距離を一気に詰めようとした俺を正面から突き飛ばすために。


 そしてその目論見は功を奏し、俺は吹き飛ばされ、身体が悲鳴を上げる。


「……意外とパワー系?」

 

 体が悲鳴を挙げていたのはコンマ何秒にも満たない時間だけだ。危機を察し、直感的にすぐさま回復魔法レミアをかけた。


「……」


 ザリアは答えない。本気で戦いにきている。俺も先ほどのように、安直に距離を詰めることはしない。


 別段攻め立ててもいい。愚直に殴りかかってもいい。だが、回復魔法レミアを展開したということは、少なからずダメージを受けたということ。ザリアが他にも何か手立てを持っているのだとすれば、千分の一の確率ぐらいは土をつけられる可能性があるかもしれない。


 千回やって、一回でも負ける可能性がある選択肢ならば、俺は安直で、相手に都合の良い行動は取らない。完璧なる屈服にたどり着くために。


 この瞬間、先ほどとは異なり、この一戦は蹂躙ではなく闘いの体となった。間合いを図り、相手の一瞬の隙を突き、勝敗を競う、そんな崇高なものに。


「……そっちから来ないなら」


 時空を破り、ザリアの眼前に顕現したのは光に包まれた槍。


 なるほど。こいつが持っている槍と盾は聖遺物アーティファクトか。


「こっちから行かせてもらう! 聖龍槍グレガリオン!」


 振り翳したザリアの右腕と共に、槍の先端は消える。


 ……見失った? いや違う。どう見失いようがあるこのリング内で。しかし、魔力探知が出来ない。


 攻撃が見えない以上、いまやるべきことは死角を突かれないことだ。首を振らず、目線だけを動かし、なおかつ周囲の魔力探知の感度をより鋭敏にする。


 しかし突如現れたのは、消えた槍の矛先。召喚印と共に、俺の心臓の前に現れた。


「……ッ! マズいッ!」


 ――その瞬間、危機を察し脳裏をよぎったのは、走馬灯ではなくアキ―ノとの飲み会の席。入社して間もない時の記憶だった。



 俺は期待していた。アキーノ班の飲み会に遅れて呼ばれた。入社時、歓迎会はなかったから、今日してくれるのだろうか。


「コイツ、本当に仕事出来なくてさー」

「えっ……」

「マジで~。まあ何となくわかるかも」

「だろ? それで俺がいつも尻拭いしてんのよ」


 同調するのは、俺より立場は上だが、アキーノの部下に当たる男女。俺をチラチラと見ながら嘲けるような視線。こだまする笑い声。楽しそうだ。俺以外。


 ……なるほど。ストレス解消兼、自分の価値向上のための根回し運動か。


 そこに感じたのは、圧倒的な気持ち悪さと怒り。


 こいつの駒になるぐらいなら、アキーノを殴ってしまおうとさえ思った。全てを無に帰しても、殴ってもいい状況だろう。怒りがこみ上げ、机の下で握った拳の力が強くなる。


 プツンと何かが切れて、俺はおもむろに立ち上がった。その瞬間のことはよく覚えている。だが、まだ僅かに理性が残っていやがった。拳を振り上げる寸前で、躊躇った。びくっとした皆の表情も視界に入ってしまった。


 その瞬間は、数秒にも満たないはずなのに、やけに鮮明に覚えている。


「……も、もう、やめてくださいよアキーノさーん!」


 理性が蓋をした俺は、冗談めかして俺は手をパタパタと振って過剰なリアクションを取った。飲み会での何ともない一幕、覚えている者など、俺以外どこにもいないだろう。


 走馬灯がよぎった理由が分かった。この瞬間は、あの時を挽回する機会だ。

 ここでまた負けて己を通さなかったら、憎きエリート達に復讐ができない。


 召喚印と共に、俺の心臓の前に現れた槍を手で振り払い、寸前で受け流した。


「はっ……?」


 ザリアは困惑している。手応えがあったのだろう。

 今まではこれで葬ってこれたのだろう。


「距離を詰めてきた相手への対策は事前に準備し、戦略を立て実行し、とどめを刺す」


 邪気が己の範疇を超えたことを感じる。それは抑えず溢れさすことにした。全てを力とすべく。


「優秀な、理に適った戦い方だ。試験官や審査員も喜ぶだろう。多くの人から、祝福と喜びを受け、望まれるべくしてここまで来たのだろう」


 自分と対比しながら、立場の違いを整理するように言葉を紡ぐ。冷静になればなるほどコイツとの格差に憎しみが生まれる。右手の拳を見ながら握ったり開いたりする度に、魔力が強くなっていくのが分かる。


「俺はその間、誰からも祝福も望まれもしないまま。俺をコケにしてきた奴、あえて傷つけようとした者、自分の優位性を確かめるために俺を嘲り笑う者、今まで関わってきてムカついた奴ら、一晩も忘れずに」


 邪気は溜まった。周りにも溢れた。その力すべてを結集して、逆恨みを込めて、ザリアに向けて振り抜く。


「覚えておけ。憎しみは、浅ましく愚かしい。」


 拳がザリアの顔面に達すると、魔力が膨張する。それを魔力で一気に押さえつける。突然に収縮を繰り返した魔力は、その場で一気に爆散する。


「だからこそ、最強の負の力だ」


 絶命に至る、魔力の爆散。それはいともたやすくザリアの頬の肌を焼き、骨を砕き、命を絶つ。その瞬間に、再生魔法を繰り返し、復元。それをコンマ何秒満たない時間の間に、何千何百と繰り返す。


 そこにあるのは、死に至るほどの壮絶な痛みと、完全なる再生の繰り返し。


 あれだけ嘲り笑っていたザリアの顔面が、ただただ醜く歪む。治し、また歪む。それを繰り返す。


 最後の一撃の後は、初級者が使う回復魔法レミアを発動し、応急処置だけ行なった。


 ザリアは瀕死だ。瞳に生気は宿っていない。

 舐めてたから、俺がここまで追い込んだ。


「コイツは三十分前に俺を見下した。だからたったいま制裁を受けた」


 何事も、早いに越したことはない。

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