18話 戦いに待ったはない。

 リングに転がっていたシンゴを救急班が運び、番組は仕切り直された。

 死を覚悟する痛みだったろうが、過度な魔力は込めてないので死ぬことはないだろう。


「次は」

「……」

「誰がやるんだ?」

「……」


 流石にシンゴ以外に、まだ演出だと考えているバカはいないようだ。しかし、バカはバカなりに相手にするのは楽しい。ここにいる、黙りこむだけの秀才たちには、思わずため息が出る。


「何だおい。悔しくないのか。ただの下っ端スタッフに、こんだけ滅茶苦茶にされて」

「「「「「……」」」」」


「……心底嫌いだよ。お前らみたいなのが」


 苛立ちを隠せなかった。


「威勢良く見下した相手にはとことん強く出る。叩き潰そうとする。だがそいつが反旗を翻すと被害者のように俯き何かを訴える。世間の手を借りて徒党を組んで潰そうとする。お前等が蒔いた種なのに、自分だけで責任を取らない」

「あ、あの……」

「なんだ!」


 これまでに感じていた不満を思いっきりぶつけると、名前もわからない一人が気まずそうに口を開いた。


「そ、そもそもバカにしていたのはザリアとシンジだけで、僕らは別にあなたをバカにしていません……」

「……」


 た、確かに。


「あの、そういうことなので僕たちは降ります。こんなの命が幾つあっても足らない」

「……わかった」


 何て言葉を返せばいいのかわからなかった。トボトボと出演者達の大半は帰っていった。俺も止めはしなかった。


 でもあいつらも多分、俺に力がなかったら正義ぶって止めにきたりしてたんだろうな。しかしそれは流石に被害妄想の域を出ていない。言葉にしなかっただけで感謝することにしよう。


 まずい……。思い描いていた番組が諸々と壊れてしまった。これから次々に倒していく予定が。そう考えていた最中、見逃せない背中があった。


「おい。お前は違うだろ」

「……」


 トボトボとスタジオを出て行く背中の一つに、ザリアの姿もあった。信じられなかった。思わず煽ってしまった。自分のことだと察しているザリアは一人歩みを止めていた。


「お前の見下した奴が思いの外強かったら、尻尾巻いて逃げるのか? ダサすぎるだろ」

「……ルールが壊れてる。こんな安全性の欠片もない配慮に欠けた番組につきあう気はない」


 本心は、体裁など考えず表に出る。


「……ふ、ふふっ。はははははははははははは!」

「……」


「あ、安全性?」


 脳裏にクソ上司とフェリルの顔がよぎる。


「嘘だろ。お前は安全に配慮されなきゃ戦えないのか? ダンジョン攻略できねえのか? いつからそんな勇者は、甘ちゃんになっちまったんだ? モンスターが安全を配慮してくれるか? ダンジョンに理不尽はないか? いつ如何なる状況でも、最強であり続けないで、胸張って勇者を名乗れるのか?」


「……」


「なんちゃら兵士学校の主席も、大したことねえな。お前は家柄も何もない奴に手も足も出ないの? お母さんとお父さんぶっ飛ばして拉致して、奴隷に売り飛ばしてやろうか? え?」


「……ッ!」


 安い挑発。しかし強すぎる選民思想の男には、今の発言は許せなかったようだ。


「お、おい! やめろ!」


 アキーノが、慌ててザリアに対し声を掛けたが遅かった。


「殺してやる」

「リングならそこにあるぜ?」

「……ッ!」


 そうだ。反抗してこい。それを叩き潰す。そうしないと、俺は俺を証明できない。使えるものは全部使って叩き潰す。それが最大の賛辞だ。


「死ぬぞ! やめておけ」


 最早アキーノの声はザリアには届かない。ザリアはリングへと歩みを進める。審判の方を俺が見やると「やるんですか?」と言わんばかりの困惑の表情を見せ、リングへと小走りで向かう。


「る、ルールは……」


 審判が言葉に詰まりながらも、ルールを告げる。


「……」

「お前の好きなルールの上での試合だ。良かったな」

「……」


 ザリアははらわたが煮えくり返ってるのだろう。無視を決め込んで、自分のコーナーへと戻っていた。


「お、おい! 頑張れ!」

「死ぬなよ……!」


 会場から出ていったはずの参加者の何人かが、ザリアの勇姿に心打たれ、戻ってきていた。そして皆、思い思いの声をかける。自分がやらないからって、他人には背負わせる。気楽なものだ。


 だが素晴らしい光景だ。大型魔法モニターを見ると、俺たちの顔が魔法映像機器で抜かれ、ばっちりとその姿を映していた。


 これでいい。何の加工もない、盛りもない、本当の映像。

 そして開始のゴングは鳴り、試合が始まる。

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