17話 ここまでしないとわからない。
幼少期、闘技場の戦いを見て、疑問に思ったことがある。
この人たちはなぜ、すぐに殴り合わないのかと。
屈強な男たちが時折攻撃をする素振りを見せながら、じりじりと距離を詰めていく。
俺はその状況が心底不思議だった。しかしこれは、俺の方が間違いであると、年を経るにつれ実感し始める。
実力が長けた者であるほど、隙を見逃さない。安直な攻撃は致命傷に繋がる。だから互いにまずは牽制し合う。
闘技場の男達は正しかった。そしてそれは、今でも特段、間違っていると思っていない。
だが、蟻を踏みつぶすときに、間合いを測ったり、全力で潰しに行く奴はいないだろう?
「来いよ! ごらぁ!」
「……何してんの?」
シンゴの出方を窺っていると、予想外の行動に驚かされた。シンゴはようやく動き出したと思ったら、すぐさまリングの金網に、自身の身体をぴったりとくっつけた。
「ほらあ! 来いよ! 俺をぶっ飛ばしたいんだろ?」
「……」
なるほど何か考えがあるらしい。魔法弾を飛ばすことでコイツを蹴散らすことは出来る。一気に距離を詰めて潰すことだってできる。だがそうしたところで、俺の得るものは少ない。
ならばコイツの策略に乗った上で、正攻法で潰す。
シンゴの方に向けて、一歩を踏み出したときだった。「あっ!」とシンゴが大きな声を出した。
「歩いたなお前ぇ! 俺が見ているときに!」
「おっ」
勝ち誇るシンジの声が背後から聞こえてくる。
俺がシンジに背後を取られたのではない。俺が後ろを向かされているのだ。
「……なるほど」
恐らく固有結界上での条件魔法だろう。この魔法で、自分より格上の者を倒すダンジョン配信者の動画を見たことがある。
リング上を固有結界とし、あいつと目が合ったら運動回路を乗っ取られる。そしてこの魔法は狭い空間でのみ発動する。制約を厳しくするほど、跳ね返りとしての恩恵も大きい魔法だったはず。
「ひ、ひひ。俺の勝ちだ。確実にザリアをぶっ殺すときまで、取っておきたかったんだけどな」
背後からシンジの声が段々と近づいてくるのがわかる。
「ずっと考えていたんだ。背も小さい身体も細い俺が、どうやったらタイマンで勝てるかって」
何かを振り回している。風を切る鋭い音が聞こえる。おおむね何かはわかる。ドスのようなものだろう。
「的確に武器で急所をついちまえば、
ズブズブと俺の身体にドスが入っていく。同時に、現場に残っている女性スタッフの悲鳴が上がる。自分から、生暖かい血液が漏れ出る感覚がわかる。
「真に強いのは腕っ節の強い奴じゃない。躊躇わずに人を殺せる、イかれたやつだ、ってな」
やがて循環すべき血液が回らず、身体の機能が止まっていくのがわかる。視界がぼやける。意識が遠のく。身体が地面に倒れ込む。
「……呆気ねえ。ただのおっさんが出しゃばるなよ、おい審判!」
シンゴは顎で審判に判断を促す、
「ワ、ワン、ツー、スリー……ひえっ!」
審判が手を広げ試合を終わらせようとしたので静止した。
「おい、まだ全然やれるぞ」
口を開くと、脇腹から再び血が漏れ出しているのがわかったが、特に気にすることもなかった。
「な……なんでお前……動けぐッ!」
困惑するシンゴの口を掌で潰して、無理やり閉じさせた。
「なるほど。喧嘩を売ったり暴れまわったりしたのは、仕掛けを施すためだったわけだ。リングで眼をあわせた俺は呆気なく罠に引っかかる……という算段だろ?」
刺さったドスを魔法で抜き出し、治癒魔法で傷口をふさぐ。宙に浮いたドスに、血を経由して魔力を込める。身体の動きを封じられたシンゴが危機を察し必死に抵抗し始めた。
「んッ……! ンンンッ! ンンンンンンんんッ!!!!!」
「それなら、俺の解決策はこれだ」
必死に首を振って、シンゴは命乞いをする…
「リング上に結界魔法が張られているなら、会場全体に結界魔法を掛けて上書きしてしまえばいい」
「ほ、ほんほの! ひふ」
「いま張った」
魔力をコントロールし、会場の至る所に魔力を配置した。なるほど魔力はブン殴るだけじゃなくてこういう使い方もあるのか。
「ほ、ほうやって……!」
「お前ウゼえんだよ。一辺倒な不良の動きして、勝手に青春した気になりやがって。努力を放棄して周囲に流されるミーハーがよ」
「は? は?」
シンゴは俺の魔力の源を理解していない。だから、酷く困惑している。
シンゴを投げ捨て、コイツと同じ要領で目を合わせる。すると、シンゴの抵抗はぴたりと止んだ。
なるほど。どうやらこの魔法は、相手の行動は制御できても、感情は制御できないらしい。シンゴは無抵抗に尻餅をつき、涙を浮かべている。
「お前の勝利の定義は、人を刺すことか」
ゆっくりとドスを腹部に近づけていくと共に、魔力を体内に流し込む。シンゴの体が膨大な魔力に対し、拒絶反応を起こす。言葉にならない叫びが上げる。
「俺は違う」
ドスはゆっくりゆっくりと、シンゴの腹に入り込んでいく。
「あ、あああああああああああああ!!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い! ぎゃあああああああああああああ! やめてやめてやめてぇええええええええええぇぇえええ!!」
魔法には、価値観が出る。
「俺の勝利は、圧倒的な蹂躙の先にある。ムカつく全てに対してのな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます