16話 すでにあるものはいらない。

「えーっと……これは……」


 司会のガニエが言葉を失っていた。流暢なこれまでの現場回しが嘘のようだ。だが無理もないか。

 

 たったいま、何の関係もないスタッフが、出演者を殴って失神させたのだから。


 困り果てたガニエは、縋るようにアキーノに視線をやった。アキーノは自分の立場を思い出すかのように、現場に指示を出そうとする。


「と――」

「取り押さえられるとでも思ってるのか?」


 だが俺にとって、アキーノが次の行動に移るまでの時間は長すぎた。だから暇つぶしに拳を振り上げ、アキーノを一発でぶん殴って黙らせようとした。


「貴様ぁぁぁああ!」


 その瞬間、すかさず死角を突いた斬撃魔法を放ってきた者がいた。

 しかしその攻撃は、難なく防壁魔法で防げた。死角と認識されている死角は、死角ではないからだ。


「なに!?」


 声を上げたコイツは審査員の……ダメだ。名前を思い出せない。企画書を適当に読み流したせいだ。審査員Aの魔法を皮切りに、様々な魔法が飛んでくる。炎やら光やら、魔法の種類はよくわからない。


 魔法を放ってきたのは、他の審査員、司会のガニエ、参加者。俺に脅威を感じた者達だろう。俺が魔力を解放した瞬間、零が百に上がりきる前に抹殺しなければと判断できた、優秀な魔法使い達。


 この世界における上位カーストに位置する、優秀な魔法使い。


「……そ、そんな」


 しかし誰かから漏れた声は、絶望に満ちていた。


「終わりか?」


 こいつらの眼前にあるのは、すべての攻撃を受け止めつつ、傷一つない俺の姿だ。


「……昔、初等学校の教師に言われたことがあったな」


 攻撃を受け止めたのには理由がある。

 力を目一杯込められるよう、左腕を引き、両膝を軽く曲げる。そして身体全体で魔力の塊を引く。一本の弓矢を放つ姿をイメージして。


「やられてから、やり返せと」


 何の変哲もない、ただ、魔力を鋭く放つイメージ。ただそれだけで、途方もない魔力が込められる。衝撃波で辺りに吹き飛んでも仕方がない。


 なぜそんな力が出るか? 全員ムカつくからだ。


「……ゆ、許して」

「逆に許してくれ。全員死ぬかもしれん」


 魔力で創った矢を、雑念を消し、放つ。

 しゅんという鋭い音共に鎌鼬が発生し、衝撃波が広がる。


「が、がはぁっ!」


 絶命の一歩手前、優秀な人間達は切り刻まれ、阿鼻叫喚の様相となった。


「俺の魔力が全開になる前に仕留めようとした、お前らは優秀だ」


 だがどうだ。知恵に知恵を絞り、研鑽を重ねた高等技術が、ただの憎しみの力で蹂躙される。


「ぶ、ブレイ……」


 恐怖で呼吸は浅く、何もしてないのにアキーノの息は絶え絶えだった。


「アキーノさん、あんた言ってたじゃないですか本物の映像がみたいって」


「お、お前ぇ……」


「ならやろうや」


 お前じゃ撮れない、最高の番組作りを。

 引き続き、魔法映像機器は回っている。


 ・・・


「ルールは簡単だ。ブレイブリー・ダウンのルールに則って、俺と一分間、何でもありの喧嘩をしろ」


 俺は反省していた。さっきはついカッとなって後先考えず力を振るってしまった。

 突然現れた俺に対し、アキーノは恐怖を覚えたことだろう。


 それでは、いつもゲリラで顔面に暴行を加える俺と何ら変わらない。


 だから、恐怖のベクトルを変える。


「こほんっ」


 一度咳払いをして、編集点を作る。


「アキーノさん、番組の体裁は保って上げますよ。でも、あんたが指揮するより、俺がやったほうが面白い」


 にも蹂躙する。舐め腐っていた俺に、プロデューサーとしても負ける瞬間を。これまでの経歴も生き様も、全て否定する。


「……っ!」


 アキーノが恐怖に怯えながらも、奥歯を噛んだのが見えた。この状況下でも、舐められた悔しさがあるのだろう。矜持はまだ、残っていたらしい。


「……じゃあ、誰から行く?」


「「「……」」」


 そう問いかけるも、流れる沈黙。まあ無理もないか。俺が逆の立場でもこうなるだろう。


「お、おい!」


「ん? ……シンゴだったっけ? なに?」


 震えながらも煽ってきたのは、ザリアに喧嘩を売っていたシンゴとかいう男だった。俺に殺しの意志がないことを感じ取ったか。じゃなきゃふっかけられないだろう。


「一人ずつやる必要なんてねえのに、わざわざ人数限定して。こええのか。俺たちが」


「……」


 思わぬ言葉に呆気にとられてしまった。なるほど。特攻服に奇妙な髪型。この服装のイメージに違わぬ言動。


 こいつ、もしかしてまだ、これが番組上の演出だと思っているのか……。


「あ? どうなんだよ? あ?」


「……それは実質、お前単体じゃ勝てないって言ってるけどいいのか? 一人の漢として」


「……っ! そ、それは……」

 

 俺が問いかけると、シンゴは目に見えて焦る。この流れだと、単体で戦わなければならないと察したのだろう。だが、それは一瞬だけだった。シンゴは覚悟を決めたように、中央のリングへと向かってきた。本能より、役割意識が勝った瞬間だ。


「おいキミ! あんな口車に乗るな! 死ぬぞ!」


 ザリアが慌てて声を掛けるも、シンゴの歩みは止まらない。


「……お前、もし俺が負けたら頼むぞ」


「……っ! ......ああ、わかった」


「ガニエさん、それじゃあ試合決定なので」


「あっ、ああ……」


 俺がガニエに進行を促すと、審判がリングに入り、ルールを説明しようとする。しかし、それを制止した。


「喧嘩に細かいルールなんて要らねえよ。開始だけは合わせてやる」


 そうしないと、番組としての体裁が崩れるしな。


「……は、はい。それでは……一旦両者コーナーへ」


 離れ際、俺が「おい」と声を掛けると、シンゴは睨みつけながらこちらを向く。


「お前とザリアのさっきの会話。素直に思ったよ」

「……んだよ」


「さっむ」

「……ッ!」


 手垢まみれの、定型的な友情シーンは見るに堪えない。だからフリにする。 

 正義は悪も関係ない。ただ力のある者が蹂躙する。残酷すぎる現実を見せるフリに。


 そして開始のゴングが、鳴る。

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