15話 高みの見物は許さない。

「ザリアくんは何、シュライヴ兵士学校出てるの?」

「すげえ。名門じゃん」

「はい、一応。卒業試験を満点で突破したのは今のとこ僕だけですね」

「聞いてないけどすげえな。先に戦っておきたい人いる?」


 きょろきょろとザリアが周囲の出演陣を見回す。ブレイブリーダウンは指名制だ。その場に応じて勇者達の関係性や意気込みを聞き、最終的にガニエが対戦相手を決定する形態をとっている。


「んー、特にいないです。誰でもいいですよ」

 ザリアは自信ありげな笑みを見せる。それが不満だったのか。後ろの席で聞いていた参加者のシンゴという男が、ガンッと椅子を蹴った。


「おい、じゃあ俺とやれや」

「……君と?」

「お前みたいにすかした奴嫌いなんだよ。やれや」

「いいけど……相手になるの?」

「あぁ!?」


 その言葉をきっかけに、シンゴが胸ぐらを掴みにかかる。ザリアは視線を逸らさずふっと鼻で笑い、掴みかかる手を払いのけた。嫌そうな顔をしながらスタッフが止めにかかる。何度もこのくだりをやって、皆疲弊していたので、俺も止めに入った。


 ADの言葉を思い出す。

 —―半数以上が事務所所属の配信者ですし、『売名のため』と割り切って出てもらってるので。

 『売れたい』という意志が各人の瞳に宿っている。言い換えると、こいつら完全にかかっている。変な張り切り方をしている。それが状況を悪化させている。


 しかもこの状況下でアキーノは、仁王立ちしてうんうんと満足そうに頷くもんだから、また出演者が争いを繰り返す。


 スタッフが止めに入ると、シンゴは身体を激しく揺らして暴れている雰囲気を出したが、すぐに抑えつけられた。本気で争う気はないのであろう。所詮、目立つためのパフォーマンスだ。


「……ヤメロー。ヤメロー」


 俺もなんとなくその場の空気に当てられて、手を広げ守るように、ザリアの前に立って棒読みの声を出して参加していた。

 

 ...しかしこういうことか。いざこの場に立ってみると、それっぽい行動をとりたくなるのも分かる気がした。裏方と審査員達の鋭い視線と、張りつめた空気。自分に向けて当てられる照明魔法。ここには、独特の空気感があった。誰も魔法など使っていないのに、魔法のように強力だ。


 ――パチン


「……ん?」


 そう実感していると、ザリアを守るように広げた俺の右手が突如弾かれた。時が止まったかのように、現場の空気が張り詰める。


「ああ、すみません。下っ端の手が触れたので耐えられず」


 ここにいる全員が、耳を疑う言葉だった。


「え?」

「おいおい」


 さわやかな表情とは裏腹なヘビーすぎる発言に、審査員が戸惑うと共に思わず笑みをこぼす。


 こ、こいつ清々しい程の選民思想だー!


「なんだお前! 裏方さんに向かって!」


 スタッフに抑えられながらシンゴは叫ぶ。おお、さすが不良っぽいだけはある。周りの人を大事にするな。


「じゃあ、君は生まれてすぐ、裏方になろうと思った彼らの気持ちがわかるかい?」

「そ、それは……」


 言い淀んじゃった……。あと別に生まれてすぐになろうとはしていない……。

 このやりとりを聞いていたアキーノは、笑いを必死に堪えるように、手を口に当てている。


「ま、まあ、彼は高貴な生まれなんでね。そういう教育を受けてきたのかもしれません」


 ガニエのフォローになってないフォローが入り、ほどなくして、騒ぎ自体はおさまった。そそくさと舞台から捌けるスタッフ陣と俺。アキーノは拍手で戻ってくるスタッフ達を称え、俺の肩をぽんと叩いた。


「あはははは。いやあ神演出。言われちゃったな。まあここまで来れば演者の見方も変わったのにな。頑張れ頑張れ! あっ、わかってると思うけど流石にいまのくだりはカットね」


「……」


 開いた口が塞がらなかった。こんな節度のない人間がいるのか、と。

 

「じゃあ、そこ試合決定で」

「いや、待ってくださいよ。俺にやらせてください」


 ふと、フェリルの時の記憶や、殺した社長のことがフラッシュバックする。こいつらはまるで過去のことなどなかったかのように振る舞う。


「こんな雑魚よりまず俺対戦相手にさせてくださいよ」

「あ? なんだてめー」


「おらぁw とめいけー!」


 アキーノの指示を皮切りに、またスタッフ達は喧嘩を止めに行く。様々な感情を押し殺して、真剣な表情を作って。


「止めんなよてめえ!」

「ぐっ……!」


 騒ぎに巻き込まれ、顔面を小突かれるスタッフの姿が見えた。


 ……なんだこの茶番。


 ぷつんと何かが切れた感覚がした。

 —―くだらねえな。


 瞬間、身体がふっと舞台の方に引っ張られていく。


 ああ、もう金とかどうでもいいや。


 俺は揉めていた出演者に思いっきり掌底をかました。


「ぐぶうぅ!」

「お前らそんなに偉いのか?」


 突然、超加速をしたので首をいわしかけた。顎に手を当てて首の筋肉を伸ばす。周囲を見渡すと、司会の、審査員、出演者、スタッフ、アキーノ。

 みな開いた口が塞がらない様子で俺を見ていた。


「もうムカついたわ。死ね」

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