14話 何が起こるか分からない。

 一服終えて現場に戻ると、本番開始前ということもあり、各スタッフが慌ただしくしていた。


 俺自身は打ち合わせも済み、やることはやった。あとは本番に備え、何かあったら対処するのみだった。


「誰だよこの協賛告知の原稿、勝手に通したのは!?」


 ……だが現場は生き物だ。現在進行形で、仕事が増えた空気を感じ取る。


「あ、あの、僕です……」

「お前か」


 声の主はアキーノだった。そしてアキーノの問いに対し、罰が悪そうに手を挙げたのは、賞品のハリボテ大剣ヴェアトリクスを一緒に運んだADだった。


「で、でもこれはミラクさんにちゃんとチェックを……」

「なんで俺のチェックも通さないんだ?」

「い、忙しそうでしたし、その時現場入りもまだだったので……」

「俺のせいか?」

「あっ、いえ……」


 ADに声を荒げていたアキーノのトーンが最後に一段階下がった。すかさずアキーノが再び「俺のせいなのか!」とすごむと、ADが言葉を詰まらせ涙目になる。


 ……アキーノは圧を上手く利用する。背後に大企業がいるという圧。現場にいるよくわからない偉い人という圧。虎の威を借りる狐も、鼠には恐々足る存在だ。


 思わずため息が出て、止めに入ろうと歩みを進める。しかし、その場に俺よりも早く割り込んでいったのは、さきほど喫煙所で一緒になった構成作家だった。


「ああアキーノさん、すいません。監修どこまで必要か知らなかったので、そのまま了承しちゃいました。原稿直しますよ。どこですか?」


 構成作家はニコニコとしながら質問をする。そして何かを耳打ちすると、アキーノはばつが悪そうに俯いた。


「……いや、もういい。事故が起きると面倒だからな。体制はしっかりしておきたいんだ」


 はい嘘。一見ごもっとものように聞こえる言い分だ。だが真意は違う。


 現場の人間は、この番組の主旨を的確に捉えているのは、台本を書いた構成作家だと直感的に理解している。だから構成作家のミラクに相談を持ちかけた。


 そんな状況に、自称発起人のアキーノは気にくわない。助手の視線もある。だから不機嫌をそれっぽい言葉で包んで皆に届ける。しかしその中身は、「俺がすごい、偉い」と言いたいだけの幼稚なものだ。連絡不足への叱責に見せかけた、ただの自己主張だろう。


「……ダサいなあ」


 思いの外、静まりかえっていた現場に、俺のつぶやいた言葉が響く。アキーノには流石に聞こえなかったのだろう。反応しているのは周囲の人間だけだ。しかし状況が状況なだけに、焦っている者もいる。


 どうせこんな現場、すぐに辞めるし、その場を後に出来るし、いつでもボコれる。


 いつでも殺せる。


 こんな無敵の状況で仕事をするのは生まれて初めてだ。


 この場を長く楽しむためには、まだ全然泳がせられる。金も必要だ。こいつを殴るのは後日でいい。


 そしてついに、本番は始まる。


 ・・・


「はい始まりましたブレイブリーダウン。司会のガニエです」


 ガニエは伝説の勇者ご一行のタンクをつとめた男らしい。その顔に刻まれた無数の深い切り傷が、受け止めてきた攻撃の凄絶さを物語る。名前自体は聞いたことはあるが、ダンジョン配信が栄える前の有名人だったので、詳しくは知らない。


「それでは、この伝説の瞬間を見届けるゲストを紹介していきます。セラフさん、お久しぶりです」


「久しぶり、ガニエ」


「セラフさんはキエリーニ會の創設者です。今はニコニコしてますが、一度暴れ始めると止まらないので怒らせないでください。俺の顔の傷が増えます」


 出演者とスタッフ陣がわざとらしい大きな笑い声をあげる。


「あとセラフさんの隣がレイジさん。僕がこの企画をやるならぜひ、と推薦させてもらいました――」


 こんな調子で、ガニエは心地よいテンポ感で、気の利いた一言コメントを添えつつ、次々とゲストの紹介を進行していく。


 現場の人間たちとしては願ってもない状況だろう。番組がスムーズに進んでいく。


 ……だが、いかんせん笑ってしまいそうだ。


 現場の雰囲気は異様だ。アキーノが本番前に荒げたせいで、裏方の作業員達は萎縮しており、布擦れ音が聞こえるほど静寂に包まれている。


 その一方、会場では風貌に合わないガニエの軽快なトークが進んでいく。……思いがけない爽やかな、甲高い声で。


 打ち合わせがアキーノの独壇場だったこともあり、ガニエら相槌を打つ程度だったので気がつかなかった。このギャップのある甲高い声に。


 周囲を見渡すとミラクと目が合った。だが、彼はすぐに目を伏せた。ああ、これは笑いを堪えている人間がとる行動だ。


 思いがけない状況に対し、必死に頬の内側を噛んで耐える。そしてガニエが喋り続けるゲスト紹介パートが遂に終わり、番組は今回の主役である、勇者一行の入場パートへと入った。


 何の変哲もない呼び込みと入場。それ以上でもそれ以下でもない。


「んだてめぇ……」

「あ?」

「あははははははっ! ははっ!」


 ......筈だった。予想とは常に役立たないものだ。今にも殴りあいそうな雰囲気で睨みあいを始める勇者たち、ヘラヘラと不気味な笑みを見せている勇者、煌びやかな宝石を纏ったドレスで舞いながら登場する女勇者。


 日常生活で近づいてはいけないタイプの人間が、嫌な個性の出し方をしながら登場してきてしまった。そして、睨み合いを続けていた先頭の二人が、ついに取っ組み合いをはじめる。


「ええ……」


 呆気にとられ俺は茫然としてしまった。しかし仕事を思い出し、仲裁に入る。


「はいはいやめてやめて」


 やがて俺に続き何人かのスタッフが手伝いに来て、何とかその場はおさまった。


「てめえ殺すぞ!」

「やってみろこの野郎!」


 ……まずいなあ。あくまで勇者同士が争う番組主旨だったので、守衛などは配置していない。今後も同じようなことが起きたら、スタッフが駆けつけなければならない。そもそも守衛が必要な番組ってなんだよ。


 この状況を総責任者はどう思ってるのだろう。気になってアキーノのほうを一瞥すると、この光景に目を輝かせながらうんうんと頷いていた。


 ……そうかい。あんたが望んだ本物の映像は取れているかい。裏方の安全面もろくに考えず。


 その満足そうな顔が、俺の苛立ちをさらに助長させた。魔力が強まる感覚を覚える。

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