13話 人は変わらない。
「おはざっすー。おねしまーす」
「おはようございまーす! ……えっ!?」
予想外の出来事に、思わずでかい声をあげてしまった。
「……。なにか?」
「い、いえ、なんでも」
「......そう」
心臓が悪い跳ね上がり方をした。だが、そんなに驚くのも無理はないだろう。気怠そうに、やる気のない声を出しながら撮影所に入ってきたのは、アキーノと、その助手の女性二人だったから。
「アキーノさん、大丈夫ですかぁ〜?」
「大丈夫じゃないよ、昨日も一昨日も殴られて、たぶん今日も殴られる……」
「死なないだけマシですよ〜」
若い女性二人がテンションの低いアキーノをなんとか励まそうとしている。
この番組の製作会社、テクレックスかよ……。
一瞬、魔法で容姿を変えて「おっ! アキーノ先輩~」と声をかけようと考えたが、金が脳裏をよぎり、すぐに心の中で却下した。昨日殴った右頬が腫れているのが感慨深い。あとさりげなく現場の人間にはしっかりため口なのも、印象が悪くて趣深い。
「ブレイさーん……あっ、アキーノさんおはざっす! 来て早々悪いんですけど司会のガニエさんきてるんで、打ち合わせの同席お願いできますか?」
「……ぶ、ブレイ?」
ADが俺の名前を出すと、アキーノは反射的に身構えた。アキーノの顔からは冷や汗が止まらない。
しまった。さっそく事故発生。名前捻ってなかった。履歴書に俺、なんて名前書いたっけ……。いや、下っ端の履歴書なんてアキーノがちゃんと目を通しているわけがないか……。
様々な思考を一瞬で駆け巡らせ、怪しまれないように即座に言葉を発する。
「あー、っと。自己紹介遅れました。ディレクターを担当します……ブレイザッパー・シェフィールドです。以前どこかの現場でお会いしました?」
「……あ、ああ」
俺の名前を聞いて、どこかほっとしたようにアキーノの声色が明るくなった。
「よ、よろしく。打ち合わせ場所は?」
「こちらです」
ADにはブレイとしか伝えていなかったので、そんな本名だったのかと少し驚いていた。しかしその後は特段気にすることもなく、アキーノ、そして取り巻き助手の女の子二人を会議室に案内した。
助手コンビがきょろきょろしながら、「大きい会場ー」などと呑気な声を出している。ほとんどの人間が、現場で人権などない歯車であるというのに。
……思えばテクレックス時代、俺がついていたのもアキーノの下の助手の立場だった。忌まわしい記憶だ。
当時、俺は契約社員としてテクレックスに入社した。不安定な立場ではあったが、活躍すれば昇格して色んな大きい仕事ができるかも、と目を輝かせていたのが懐かしい。
しかし、昇格などがあったのはテクレックス自体が成長途中だった過去の話だ。一流企業となった当時は既に、業務拡大に伴い人員を安く雇えれば十分な状況だった。
アキーノは製作部の総合統括者だ。テクレックスが金を出し、この番組が作られてる。だから製作の責任者として、こいつが現場に来る。上の立場にある男だ。
アキーノは一見、人当たりのいい男だった。自身より目上の者、女性にはニコニコと糸目でおべっかを使い、気の利いた男を演出する。自分はここまで人柄で登ってこれた苦労人です、みんなの気持ちはわかります、と言わんばかりに。
これはアキーノ自身が、過酷な制作会社出身であることが起因していると、誰かから聞いた。彼も長時間労働や過剰な叱責を受けてきた、だから上司にも部下にも優しくできる男だと。
しかし実際は、部下が年下の男となると、態度が豹変する男だった。大半の仕事を俺に押し付けてきた。限界がきて潰れると、俺の能力不足として上に報告する。そうやって追い込んだ。
「なんでこんなことができない?」
「ちゃんと寝たのか? そうか。頭働いている状態でこれか」
「なんだか俺一人で仕事している気分だ」
何度、嫌味を言われたかわからない。それは独り言を装う時もあれば、真正面から言ってくることもあった。
自分は過酷な環境から、ここまで這い上がってきたのだと。だからお前も、そういう扱いに耐えて成長しろという言い分らしい。
ある日、そういう態度を許してほしいと部長からも懇願された。彼は上司と女性には優しいからな。上からの評価は悪くない。根回しがうまいのだろう。
まあ世間や誰がどう思おうと、俺はこうとしか思わなかったが。
自分がされて嫌なことだったなら、他人にやるのはやめろ。
俺に押し付けんな。
くたばれ。
「楽しい番組にしましょう」
「ははっ、頑張ろう」
俺はコイツが間違ってると思う。だから殴る。毎日ぶっ飛ばす。罪を後悔させて、ただ嫌な気持ちにさせる。
そして、ストレスから解放される時間が一秒もなく、苦しみながら日々を生きてほしいと考えている。
・・・
「俺さぁ、台本通りやる番組って嫌いなんだよね」
「は、はあ」
アキーノと俺と司会者、台本を作った構成作家を入れた打ち合わせが始まると、アキーノは自分の番組観を語りだした。俺以外の二人もちゃんと困惑している様子が見て取れる。
「なんというかさ、台本は受け皿としてあっていいと思うんだけどさ、それって結局作り物なんだよね。今回のもそんな感じ。想像の域を出てない。俺は結局、演者の化学反応を見たいから、この番組を作ったんだ」
構成作家は気分良くないだろうな。台本を作った手前、こんなことを言われて。
こういう無礼は現場では大いにまかり通る。金を出す側、出される側、権力があるかないかで、歪な状況が出来上がる。
「名もなき配信者たちが、人生を変えるために、伝説の大剣を求めて争いあう。シンプルながら力強いコンセプトだ」
配信者は事務所所属の血統書付きで、伝説の大剣はハリボテだけどな。
「ルールなしの何でもありで。何が起こるかわからない緊迫感。これこそ、俺の納めたかった映像なんだなって。それを創っていくチームだ。頑張っていこう!」
こんなダサい番組の仲間にしないでくれ。
「アキーノさんの今までの経験が集約した番組なんですね」
適当に俺がまとめると、その言葉を聞き、アキーノは改めて重大さを認識するように、眼を瞑り、深く噛みしめるように間を置いて、また気持ちよく話し始めた。
「……ああ、そうだな。基本録画回しっぱなしで、多少グダっても、ヤバいことがあっても、撮影魔法機器は止めなくていいし、カンペもいれなくてもいい。緊迫感が、画面に欲しいからさ」
「緊迫感」を強調してアキーノは話す。
何が画面だ。何が緊迫だ。映画でも撮ってるつもりか。
テクレックスの人間にはこういう人間が多い。自分がさも、創造的な仕事をした気になっている人間が。お前らに価値があるのは製作能力ではなく、親組織の資金が主だ。それの擬人化でしかないというのに。
「俺は所詮、番組作りしか取り柄のない男だよ。でも、これに関しては曲げたくないんだ。どんな結果になるかはわからないけれど、全力でやらせてもらうよ。君たちも制作者の端くれならば、どんな状況でも手は抜かないで頑張ってほしい」
「ははは、わかりました」
驚くほどに何も響かない。嘲けりを含む乾いた笑いと共に、何の意味もない打ち合わせが終わる。
・・・
本番前、最後の一服として、物陰に隠れてタバコを吸おうとすると、先ほど同席していた構成作家と鉢合わせる。
「お疲れさまです」
「あっ、お疲れさまです」
「吸われるんですね。今時珍しい」
「最近は少なくなりましたね。あっ、構成作家のミラクです。バタバタで挨拶できずすいません」
「いえ、こちらこそ。ブレイです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「「……」」
挨拶を終えた後、気まずい沈黙が訪れる。
それに耐えがたくなって、話題を切り出した。
「なんか色々言ってましたね。本物の映像を、みたいな」
「ああ、はは」
あまり興味なさそうに、構成作家は片頬を上げた。自分の作った台本があんな言われ方をしたら落ち込んでいるかもしれないと考えたが、そんなことはないようだ。
「……まああるんでしょうね。曲がりなりにも、この番組を立ち上げようとしていた矜持が」
「……ん?」
「ああ、こちらの話です。お気になさらず」
古くからの仕事仲間なのだろうか。何かをわかっているような口振りだった。真意は知らないし、正直、今後関わらないと思うのでどうでもいい。
俺たちの間にそれ以上の会話はなく、互いにそそくさと現場へ戻っていった。
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