12話 楽な仕事はない。

『電子魔法の発達により、お前らは直接ぶん殴られない環境に慣れすぎている』。


 かの有名な伝説の武闘家マリクアリソンの言葉であるが、俺もその意見に心底同意だった。


「ここの説明もよろしくね。なんか会ったら僕が言われるんだからね。今日付けとか新人とか、先方には関係ないからね。よろしく頼むよ」


「……」


「返事は?」


「うるせえ殺すぞ」


「ん? なんか言った?」


「いえなにもー」


「よし、いこう。……ってなんだよ! ……あれ? 誰もいない」


 先輩社員は、背後から何かに殴られたような気がしただろう。しかしそこには誰もいない。俺が魔法でちょっと小突いただけだからな。


 何とか採用された。短期労働契約ではあるが、長く働く気はないので願ったり叶ったりだ。この番組だけ撮れればいいので、ある程度、現場を回せる経験者なら誰でも入れたのだろう。


 前職の経験を活かし、収録の準備を進めていく。人手はあり余るほどいたので、少し指示だけすれば、俺がやること自体は少ない。この作業員の数は予算が潤沢なのだろうな。ギルモアとは雲泥の差だ。……やっぱりあそこ、ブラックだったんだなあ。


 あとは優勝賞品を運び込めば準備は万端だった。


「ああ、ブレイさん。ディレクターなんすからそんなことしなくていいですよ」


 俺が布にかかった賞品を担ごうとすると、ADが駆け寄ってきた。ああ、俺はそんな崇高な立場じゃないんだ。申し訳なくなる。


「いやいいよ。あと準備これだけだし。前職の癖で、何かやってないと怒られそうで落ち着かないんだ」


「いや、というわけにも……。じゃあせめて手伝わせてください」

「ありがとう助かる」


 正直、魔法の力を使っているので、まったく重くないのだが、そういう問題ではない。上司は殺しても、敬意のある部下の善意は無下にしたくない。少し魔法の力を緩めて、ADの彼にも重みが感じられるように調整した。


「うおっ、重いっすね。さすが一応は伝説の大剣だ」

「伝説の大剣?」

「あれ、聞いてないんですか? なんか伝説の勇者にしか抜けない大剣らしいですよ。それが抜けるやつを探すオーディション番組だって」

「へぇー。そうなんだ。」


 興味なさそうに返事すると彼は辺りをキョロキョロと見回したのち、人気がないことを確認して、小さな声で言った。


「……でも、噂によると偽物らしいんです。結局、強い奴なら、何でもいいだろって」

「……まあ、よくあることだね」


 その言葉を聞いてADがガクっと肩を落とす。さっきよりこっちに重みが加わったのが分かる。


「やっぱそうなんすか……そういう感じなんすねこの業界。俺、こんなことするために、ここで働いてるんじゃないのにな」


 ……なんだかちょっと可哀そうだ。


 番組はまず完成させなければならない。完成させなければ魔法を通じて放送・配信もできないし、お金も生まれない。成果も生まれない。完成のためならば、多少の嘘はつく。清廉潔白にしたところで、面白くなければ誰も見ない。それならば、もっと嘘をつく。


 別にそれが全て悪いこととは思わない。一種の努力ともいえる。だが、単純に嘘が粗末だと、茶番をやってる気がして、演者も関係者も視聴者も、全員冷める。制作陣がダサい番組を作って、視聴者にダサい番組を見させてしまったという、後悔の渦が生まれる


「気持ちはわかるよ。でも、こういう番組ばっかじゃないから」


 俺は経験したことないが。その言葉は無粋なので呑みこんだ。この若者が今後どんな仕事をしていくかは分からない。そんな中で、自己顕示を満たすだけの業界の愚痴は、雑音でしかないと思ったから。

 

「ちなみにさ、賞品が偽物っていう点、演者も知ってるの?」


 なぜか俺も彼に釣られて小声で聞いてしまった。


「はい。演者は半数以上が野良じゃなくて事務所所属ですし、『売名のため』と割り切って出てもらってるので」


「……おおう」


 色々と思うところはあった。いや、ありすぎた。だがここで言っても不毛なので、言葉にはしなかった。絶対その態度透けて画面に出るだろとか、癒着しまくりじゃねえかとか。


 いや待て。冷静になれ俺。金を得るためなんだ。割り切れ。質は気にするな。


 なんだか本番を前に色々と不安が増えてしまった。荷物を運んだ後、番組企画書に改めて目を通すことにした。


―――――――――

■スペシャル配信番組企画

『ブレイヴリーダウン』


■番組概要

家柄・名声・流派・武器・装備。

すべてを問わず、純粋に最強を決めようという勇者選抜型エンターテインメント。


この番組に出る者は何かしらの事情があっての参加……そのわけは?


どんなものが集い、どんな戦いを見せるのか? そのワクワク感。


突然集められた勇者たち、何を起こすかわからない? そのドキドキ感。


全てを、余すことなく見せる前代未聞の番組です!



優勝した暁には、真の勇者しか扱えないという伝説の大剣ヴェアトリクスを贈呈。この番組から、今後のダンジョン配信界の先頭に立つ、真の勇者が誕生します。

――――――――――

 

 企画書と共に置いてあった台本にもさっと目を通す。


 そこには大まかな流れが書いてあるだけで『基本流れで!』と書いてあった。

 

 ……俺にはわかる。この手の現場で、しんどくなかったことはありません。

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