11話 最低限はない。
「こんなはずじゃなかったんだ」
古城に来てから何度もそう呟いてる。しかしそんなことを言っても貯金は増えない。
想定外の事態は、上司を殺した事件から三日後に起きた。
俺は家にあった貯金を切り崩して生活をしていた。それもいつもより大胆に。
なぜなら来月には何百万という金が入る見込みがあったからだ。前の職業柄、動画の再生数に応じて。どれほどのお金が入るのかは予想できた。
あの後、フェリルの動画で莫大な知名度を得た俺は新しいアカウントを作り、配信後の未公開映像を投稿した。その動画で世間に本物と証明し、収益を自分の懐に入るよう設定した。
名だたる英雄が死んだ。謎の男が残虐の限りを尽くした。その男がのこのこと動画投稿している。そもそもこの動画は本物なのか偽物なのか。議論が議論を呼ぶ。動画は人びとの好奇心を煽るのには十分すぎる内容であり、日付を経て、千五百万再生から、二千万再生まで伸びていた。
残虐な内容に伴う広告剥奪の心配はない。何しろここにはその魔法動画サイトを構築した張本人の魔女、マリアがいるからだ。単価の高い良質な広告はつかないだろうが、どれだけ低く見積もっても、収益は二百万から三百万ギルは見込める。月二十万ギルの収入で働いていた俺からすれば、超のつく大金だ。
それに今後の配信ネタもある。まず今までにムカついた会社の上司や同僚を一発だけ毎日殴っていく。それを撮影し、痛みつけられた人間はどのように心変わりしていくのか。その変化を記録していく。ただ、己がためだけのドキュメンタリー。
自己満足。それ以上でもそれ以下でもない。だが世間は逃亡犯、殺人犯である俺の素性を知りたがっている。その男の動画が捕まらず、更新されていくのだから。勝手に盛り上がる図式はできている。
ふと今までの仕事の馬鹿らしさを感じて虚しくなる。結局、何をやるかではなく、誰がやるかなのだ。証拠に、有名なダンジョン配信者が剣を薦めれば、多少の粗悪品でも、売上は伸びた。なのに俺は何をするかに焦点を当てて仕事をしてきた。……まあそれも大事だと思うが。
そして本当にただ仕事に携わった人間たちが、自慢げに誇らしげに有名人の名と共に酒の場で仕事を語る。不毛な内容。……いいや。俺はもう卒業した。やるべきことは、いかに俺の恨みを晴らしつつ、金を得るかだ。
「ふふん」
魔法動画配信サイト「ヨーゼウス」にアクセスする。動画の再生回数を確認するのが最近の楽しみだ。見る度に伸びる数字を見るのは楽しい。今まではあまり体感できなかった感情だった。今までは演者のおかげとしか思えなかったから。代わりはいくらでもいるから。
嫌いな奴をぶっ殺すという下劣な行いが、自身の存在証明になりえてしまった。悲しい生き様だ。だが、うずくまって殴られっぱなしという道は進めなかった。
そんな時、再生数の推移が示される分析画面を見た時、一つの異変に気がつく。配信した動画の情報がどこにもない。
「……え?」
……嫌な予感がして投稿画面を見る。
ない。どこにもない。動画自体が消えている。反響が大きすぎて無視していた通知画面を見にいく。そこには運営からの情報が届いていた。
「こちらの動画は内容に問題があったため削除されました。以下申立て先からのメッセージとなります。
・・・」
長く堅苦しい定型文の羅列に嫌気がさした俺は、重点をさらうように流し読みをする。そこには兵団からの、要は以下のような文章が綴られていた。
俺の罪状。
遺族の声。
このままだと懲役だが、自首すれば罪状が軽くなるという話。
己の行いを自戒せよというお説教。
ざっと流し読みしたところ、大体そんなところだった。
しかし、今更くだらない社会の犬共が書いた文章など、どうでも良く。
「マリア!」
「んん……」
ウェンディの膝を枕にしてソファの上で寝ていたマリアは、瞼を擦りながら俺の方を見た。邪魔をするなと言わんばかりにウェンディがこちらを睨む。
「動画が消えている! どうなってるんだ」
「なになに……」
マリアは寝ぼけ眼を擦りながら、俺の見せた『ヨーゼウス』の分析画面を見た。
「ああ、誰かが消したのね」
「はあ!?」
さも当然のことのように答えるマリアに思わず声を上げた。
「お前が構築した電子構築魔法物だろ!?」
マリアはこくんと頷く。
「そうね。構築はした。でもそれ以上でも、それ以下でもないわ。構築魔法陣を全世界に公開している状態なら、誰かが侵入を試みてもおかしくない」
「……マジかよ」
「とはいっても、こんなの初めてだけどね」
見誤っていた。俺はこれまで無能力だった故に、魔法については全然詳しくない。そんな可能性があるなんて、知らなかった。
「マズいぞ。俺は金を稼ぐ術を持っていない」
「堂々と情けないことを言うわね」
「……これは、そんなどうでもいいところに問題はありません」
黙々と話を聞いていたウェンディが口を開く。どうでもいいとはなんだ。
「……マリア様が構築した魔法陣。それを上書きしたとなると、相当な手練れが憲兵側にいるということです」
……国家憲兵も本気ってことか。
「魔法陣の解読に必要なのは、相応の魔力、そして私の構築の癖を分析できる切れ者……」
右手を顎に当てながら、新しい『ヨーゼウス』の構築魔法陣を見ながら、マリアは考えあぐねている。
「……ブレイ。この件はちょっと預からせてちょうだい」
「あ、ああ」
力を手にしてから、わかった。マリアの莫大な魔力量が。そしてその澱みや揺らぎのない、美しい収まり方に。一方で俺の魔力は刺々しく、荒く、乱れている。手練れのマリアが預からせてくれというのだ。俺の出る幕はないという判断だろう。
「どのぐらいかかりそうだ」
「わからないわねえ。魔法陣の解読には短くて三年。長いと何百年かかることもある」
「はっ!?」
な、何百年!? そう聞かされては話が違ってくる。
「収益はどうなる!?」
「あなたまだ金なんてくだらない輪廻に乗る気?」
「利用してやるんだ! 無益な殺生をしないために」
「奪えばいいじゃない?」
「恨みのない奴には手を出さん!」
そういうと、マリアは「はあ」と深くため息をついた。
「私がけしかけたとはいえ、真っ直ぐに歪んだ感情だこと……。喜ばしくも面倒くさくもあるわ」
マリアは考えるように顎に手を当てながら、答えた。
「とはいえこっちに出来るのはなるべく急ぐことだけ。すぐに金が入る保証はないわ」
「おいじゃあどうすんだよ」
「あいにく、私は俗世とはかけ離れてるから。とはいえ、まあ食べるために必要なのは……あれじゃない?」
「……」
というわけで……。
「はい、私が御社を志望した理由は……」
俺は魔法で顔を変え、社会の犬に戻る準備を始めていた......。
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