第二章 元底辺社畜が残りのムカつくやつ順にぶん殴っていった結果、国営騎士団に突撃された件

10話 理由などない。

「や、奴が……!」


 『テクレックス』。魔法映像作品の製作を多数担当し、知る人ぞ知る有名企業だ。故に懐に入る金も多く、会社の廊下も無駄に綺麗で長い。


 その廊下を、転びながら、息を切らし、必死で走る男がいる。こんな時間まで会社に残って、今日は残業だったのだろうか。せめてもの自衛策だろうか。


「奴が、来るっ……!」


 しかしそいつがいくら必死に走ろうが、俺の前では意味のないことだ。


「ひどいなあタジルさん。前みたいに呼んでくださいよ。役たたずとかゴミとか。『話すの苦手か?』って嫌味っぽく確認してくるのもムカつきましたね」


「ひっ……!」


 タジルは突然正面に現れた俺に、理解が追いついていない様子だった。胸ぐらを掴み投げ飛ばして、タジルを近くの会議室にぶち込む。


「さすが一流企業で昇進している男ですね。あの時のやり方は徹底的に陰湿で、飲み会やマンツーマンの時に冗談半分を装い人格否定。罪悪感を持たせるだけ持たせて、後は何食わぬ顔でフェードアウト。それで排斥完了です」


「お、俺が悪かった……! だから許してくれ」


 タジルの顔は青ざめ、目には涙を浮かべている。一流企業に勤めているもの特有の、溢れ出る自信はそこにはなかった。


「いやいや、別に謝ることじゃないっすよ。実際、俺は無能でしたから。何か言いたくなるのは、しょうがなかったのかなと思うんです今では」


 心は凪いでいた。俺にはこいつのように、たとえ傲慢だとしても、時にパワハラをしようとも、物事を進めて成立させる力はなかった。今では負けを認められた。心の整理はついていた。


「だからこれは、逆恨みです」


 ただ、別にあんなに責め立てることはなかったんじゃないかな?

 その一点に関しては、今でも納得がいっていない。

 柄にもない笑顔をにかりと浮かべて、俺はタジルの顎を目掛け拳を振り抜く。痛い思いはしたくないと、必死に訴えかけていたタジルの黒目が昇天し、白目を剥いた。脳が揺れ、その優秀な頭脳は、痛みに支配され何も考えられないだろう。その事実が、堪らなく自分を満たす。


「……ゆ、許して」


 ちらと一瞥すると、会議室の外で警備員が青ざめている。騒ぎを聞きつけて駆けつけたらしい。だが何もせず、ただ俺のことを見ている。まあ、仕事如きで死にたくはないよな。悪いな。すぐ出ていくから気にしないでくれ。そう心の中で謝り、俺は何度も脇腹と顔面、そして腹部、鳩尾を殴り続けた。ある程度満足したところで、お礼も兼ねた別れの挨拶をする。


「それでは、また来ます! 失礼します!」


 お前には常識がない。人として多くが欠損している。そう言われてタジルには徹底的に上下関係を教え込まれた。過激に、高圧的に。当時を思い出しながらの、別れの挨拶だった。タジルの体は情けなく崩れ、ピクピクと痙攣を起こしている。いつものように体裁を気にする余裕すらないようだ。


「も、もう勘弁して……っ」


 タジルの最後の懇願を聞かないふりをして、テクレックスをあとにした。


「も、もうやめろおおおおお!」


 次に転移したのは元テクレックスの先輩社員、アキーノの下だ。ふむ、みんな似たようなリアクションを取るな。俺が鬼か悪魔かにでも見えてるのだろうか。


 アキーノの魔力を感知して転移した先は、既に何度かお邪魔した奴の自宅だった。周りを見渡すと酒瓶とコップが二つ。所帯持ちのアキーノは、奥さんと晩酌をしていたようだ。


 奥さんは恐怖の表情を浮かべ震えていた。まあ、あんたの夫が悪いから。アキーノの左レバーに一発ぶち込む。奥さんが叫び声を上げる。


 魔法込みの一発はキツいだろう。アキーノは情けなく崩れ落ち、唾を垂らしながらピクピクと痙攣している。レバーはじわじわ効くと言う定説があるが、あれは嘘だ。すぐ効く。


 社会に出てから無駄に下っ端仕事だけはしてるから腕っ節では勝るとは思っていた。いつかぶっ殺したいとも。夢が叶って感無量だ。


「もうやめてぇ!!」


 アキーノの奥さんが泣きじゃくる。心配してくれる人間がいるというのは素直に羨ましいものだ。一流企業での地位に、出来た奥さん。アキーノも社会的に成功していると言っていいだろう。なんかムカつくからもう一発ぶち込みたかったが、すでに心は折れているようだったので、その場を後にした。


 次は嫌味を聞こえる範囲で言い続けてきたニーゼルス社のミグリーの自宅に転移した。そしてぶん殴った。鼻っ柱を。


 反抗しようと包丁を構えていたが、魔法で払い退けた。前から歪んでいた顔がより曲がっていく。女性を殴るのは流石の俺でも躊躇うが、それは善人であることが前提だ。こちらが気を遣っているのに人の心を無視して攻撃してくるなら、物理的に殴ってしまっても仕方ない。指を鳴らして次の転移先へと向かう。


 転移先には、ギルモアの後輩、ナイルの墓があった。綺麗に花が添えてあったので、墓石をとりあえず破壊しておいた。愛され、甘やかされ育ったのだろうな。


 そのほか含めると計十五人ほど。恨みのあるものの場所を転々とし、ぶん殴っていった。そしてその場を後にする。また次の日にぶん殴る。後にする。力を手にしてからそんなことを二ヶ月ほど繰り返していた。


「悪趣味ねえ……」


 全員をぶん殴り家に戻ると、狂熱の魔女マリアはだらしない姿勢でソファに寝そびり、書物を読んでいた。時折ウェンディが、マリアの口に菓子やら飲み物やらを添えている。


 自宅は例の騒動で居られなくなったので、今はマリアが千年前に使っていたという古城に移り住んでいる。しかしここは……。DIYのし甲斐があるというか独創的というか。端的に言ってしまえば、廃墟であり、実質俺はホームレスだった。


 それにしてもこいつ、悪しき魔女のくせに俺の崇高な行いが理解できないのか……。


「即死刑になっても、心からの自省と後悔は生まれない。だから日々、俺が来る瞬間に怯えながら生活することに意義があるんだ」


「どうせそんな複雑なこと、考えてないでしょ?」


「一日の最後には趣味に興じるだろ? それが俺にとって、今まで一緒に働いてて、ムカついたやつをぶっ飛ばすことなんだよ」


「趣味だけして金を稼がない人間をなんというか知ってる?」


「殿上人だ」


「無職ね」


 そう他を圧倒する力を手に入れたのに、俺はそれを金に変換することができてない。そして俺が殿上人になってしまったのには深い理由がある。


――――――――――――

2章書きまとめたので、ぼちぼち更新していきます~

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