第9話 ムカつくやつはこの世にいない。
臓物を引きちぎり、あらゆる部分の皮膚を引き裂いた。殴り、蹴飛ばし、裂くと、やがて屈強な黒蜘蛛は絶命した。今回は自分でも満足できる程度に発散できた。
指を鳴らすと装束に飛び散った血漿は吹き飛び、仕立て上げのようにピカピカになった。
「移動したら、もう一回撮影だ」
「……了解」
俺の配信は電子の海を駆け巡り、瞬く間に世界中に知れ渡った。内容に対する意見は様々で賛成一割、批判九割ぐらいに見受けられた。こんな鬱憤を晴らすだけの無茶苦茶な配信に、賛同している人間もいることに驚きだ。
「それにしても、よく配信停止しなかったな。あんだけ派手にやったら普通なるもんだけど」
「……ヨーゼウスはマリア様が作った電子魔法構築物だから」
「そうなの!?」
色々詳しく聞きたかったが、それは後でも聞けるか。優先順位を整理して、そして次やることを決定した。
「まあ、最後の仕上げと行きますか」
その言葉にウェンディが頷き、
・・・
「……おい! どうなってる!?」
「落ち着いてください。いま対策を……」
「そんなことどうでもいい! アイツが……アイツが殺しに来る……!」
「アイツって、誰のことですか?」
「ひ、ひいいいいいいいいいい」
俺が背後からポンっと肩を叩くと、ビクッと跳ね上がり、そのまま腰を抜かして自分の机にぶつかっていた。
「いいリアクションするなあ」
「お、お前……!」
「お前?」
まだそんな強い言葉を吐けたか。ムカついたので普通にぶん殴った。
「あ、ああ な、殴った! 殴りましたよこいつ!」
俺に指を差して、クソ野郎が弁護士の方を振り向くも、弁護士は頭を押さえて、その場から動けなくなっていた。
「ああ、ちなみに安心してくれ。お前が欲しい証拠映像は、全世界のみんなが見てるよ」
「は、はあ?」
それを聞いて、クソ野郎はきょとんとしていたが、俺の後ろにいるウェンディを見て、「あっ……」と声を漏らした。
「は、配信、してるのか?」
「ええ」
「な、なぜ? 捕まるぞ……?」
「捕まりませんよ。もうクソくだらない社会と付き合うのは、辞めることにしましたから。それより、あなたに見せたいものがあるんですよ」
「……ぎ、ぎいいやあああああああああああああ」
小指の爪をはぐと、クソ野郎は声にならない叫びを上げた。一番痛くなさそうな小指の爪からいったが、十分痛そうだ。だが、憐れむ気持ちは微塵も起きない。まだまだこれまで受けた自分の痛み方が勝るようだ。
「おお、痛そう。でも唾飛んで汚ねえな」
反射で左手が動いて一発ブン殴る。
「ああ、いまのは何となくです。とにかく聞いてください」
にこりと微笑む。こくこくと頷くクソ野郎。我ながら今のは理不尽だったが、もはやそれを指摘する気も失せたようだ。
「弁護士さん、あなた持っていますよね。この部屋での口論の映像」
うずくまってた弁護士が怒られた子供のように、指の間から俺の目を見て、こくこくと頷いた。
「そのデータください」
弁護士は手が震えており時間がかかったが、なんとかこっちの魔法通信機に映像が送られてきた。現場だったら殴られている遅さだ。
「よし、これをこうしてっと……」
設定して、配信上で口論時の映像が流れる。なるほど、確かに不利な部分は上手に消されているな。
「それで、これをこうしてっと」
とあるデータを起動すると、音声データが流された。
「あぁっ……」
社長はそのデータに覚えがあったようで、空いた口が塞がらないようだ。
×××
「……はあっ、はあっ」
吐き気がこみ上げてくる。ここまでの悪意と怨みを、一気に受け止めた経験がなかったから。実名と配信で移り込んだ俺の画像がさらしあげられ、瞬く間に世に広まった。
まるで全てが俺のせいだと言わんばかりの報道が。
「…………っつ!」
俺は吐き気を気持ちで抑え込むように掌を強くつねった。この後、何が起こるかわからない。俺は魔法通信機を取り出していた。
×××
「ええ、あの時僕が録音していたデータです」
フェリルが死んだ次の日の出社時、俺も体一貫で社長室に行ったわけではない。社長が報道組織に俺に罪をなすりつける言い方をしたとなると、無茶苦茶なことを言い出すだろう。そう踏んで、自衛のために録音を回しておいた。
「か、返せ……っ、あああああああああああああ!」
俺が録音を再生し、にこりと微笑むと社長は必死に、自分の人生を守るために手を伸ばす。だが、それをいともたやすく払い退け、ついでに右手を落としてやると、絶望と痛みで先ほどより大きい悲鳴が上がる。うるさいので口を魔法で閉じさせた。
「ここ、消されていた部分ですね。ああ、ここも。自分が有利になるように消してた。社長の編集点が手に取るようにわかりますよ。なんたって、一流の、毒にも薬にもならない動画を納品して、登り詰めてきた人間ですからね」
「……ブ、ブレイぃぃぃ…」
「名を呼ぶなら、助けを乞わなきゃなあ?」
満足した。俺は示した。自分の主張を。
俺は決して、自分が恥じるような仕事をしてはいないと。
これを世間がどう取ろうが、構わない。どうでもいい。
ただ、俺は自分の納得できる行動を実行しただけだ。
「さあ、あとは楽しみましょう! 社長!」
「地獄の生放送を!」
社長室にあった魔法音楽再生機器を起動し、俺はクソ野郎をひたすら殴り続けた。
「や……やめっ!」
豪華絢爛な音楽隊と合唱隊。何かは知らないが聴いたことある気もする荘厳な音楽だった。
「やめっ」
やがてクソ野郎の顔と体は痣でパンパンに腫れ上がり、泣いてるのか笑ってるのかわからなくなった。
「……こ……………し……」
一方、自分の表情は手に取るようにわかる。満面の笑みで、このショーを楽しんでいる。一発、二発、三発。音楽に合わせるように殴る。
「ころ……し…て……」
“こういう人間が生まれる前に国はなんとかしろよ”
“もう終わりだこの国は”
“なんでこんな放送みんな見てるの?”
“ブーメラン乙”
“いいぞもっとやれ!”
“権力者はひれ伏せ!”
コメント欄に目をやると、そこにはどん引きのコメント、安全圏から打たれた正義感ぶったコメント、時折賞賛の声。
それを見ても、無感情だった。
何より俺が俺を、いま楽しめているから。
……てかよく見たらコイツの顔きもいな。殴っているときにふと我に返って五曲目の終焉で絶命させた。
「「……」」
本能的に全てが終わったことを感じ取ったからだろうか。どっと身体に疲労感を感じる。身体が一気に重くなる。だがそれは、今までに感じたことのない、心地よい疲労感でもあった。
「……今日はありがとうございました!」
“酔っててきめえ”
“喋んな”
“死ね”
“早く騎士団突入しろよ”
“ヨーゼウスも騎士団もみんな無能”
“8888888888888888”
久しぶりに気分が高揚して、そんな言葉を、笑顔でカメラに向けて吐いていた。そんな予定はなかった。顔も見せる予定はなかった。アドリブだった。時折演者がアドリブ入れてくる時はあったが、こういう気持ちだったんだろうか。
まあ、そんなことどうでもいいか。
俺が今感じているのはたったひとつ。
生まれて初めて、心の底から笑えた気がする。
「いやー、気持ちいいですね!」
「理不尽を、理不尽でねじ伏せるのは!」
第1章終
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読んでくださった方、ありがとうございます。
とりあえず1章を投稿してみようぐらいしか考えてなかったので、2章書くかノープランです(構想はあります)。
次の作品か続きになるかわかりませんが、更新されたらぜひ~。
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