第8話 怖いもの見たさは隠せない。
「いい眼になったな」
それが黒蜘蛛の第一声だった。恐れ慄くでも罪悪感に駆られるでもなく、ただただ平坦に放たれた言葉だった。
「あんたのおかげだよ」
心の底からそう思った。お前が厄介ごとを持ち込まなければ、俺は心を鈍感にして生きていけた。だが、そのままでも気分は晴れなかった。複雑な気持ちだ。
“やばいやばい死ぬぞ”
“グロ注意”
“話せるのか?”
「やはり魔力の源はお前だったか」
「昨日の夕方、お前がわざわざ40年ぶりに出てきたのは、俺の魔力が狙いだったんだろ?」
口から涎を垂らす黒蜘蛛。待ちきれんと言わんばかりだった。本能は理性を溶かす。
「……そうだ。まさかお前だ。この魔力だ。まさかお前から喰われにきてくれるとは、思ってなかったがな」
「……」
ウェンディは役目に徹し、その姿を撮影する。その言葉に配信のコメント欄がざわつきはじめる。
“フェリルは巻き込まれたってこと?”
“やっぱコイツが原因じゃねえかよ!”
“食べちまえ! 蜘蛛!”
「あいつの魔力、しょぼかっただろう?」
「ああ、腹の足しにもならなかったわ」
“は?”
“【悲報】フェリル、しょぼかった”
“もうこれBANしてよ”
「俺はいま人間達に責められてるんだぜ? 安全管理の不足がなんだって」
魔力を解き放つブレイ。
「責任のなすりつけあいをしないと気が済まないからな。世間ってのは」
疑問だった。俺が窮地に追い込まれた右手の意味。
「弱いから喰われた。ただそれだけじゃねえか」
「そうだな。それ以上でも、それ以下でもない」
“適当言ってんじゃねえよ”
“てめえが倒しとけばよかったんだよじゃあ”
“フェリル信者さん必死なんよ”
“いや正論だろこれ”
“はよ死ね”
「死にたくなかったら……こうやって生きりゃあ良かったんだよ!」
高速で突っ込んでいく最中、黒蜘蛛が無数の肢を中心に固め、防御態勢を固めたのがわかった。肢に生えた無数の棘は、人間サイズで見るとより鋭利で、危険を知らしめるものだろう。
だが、だからなんだというのだ。肢を敵が差し出したなら、それを一気に砕くチャンスだ。
選択肢は変わらない。そのまま突っ込んでいった。そしてただ、なすがままに、右手を振り、剣を引く。しなやかに、鞭のように、最小限の力で、鋭く、切り裂くときにのみ、力を入れる。ただ、憎しみを込めて。
それだけでスパスパと肢は切れていく。面白いぐらいに、理想通りに。
「お前……!」
だが、驚きの声を上げる先にはまだ物理的に遠い。思いの外、この壁は分厚いようだ。
そうだ。そもそも非効率だったのだ。刀で斬っていくなど。俺が攻撃したいのは奴の顔面。それなら、ただ真っ直ぐの道を作ればいい。
「撃ち抜け、
右手に具現化したのは、悪魔の装飾を模した銃。巨大な弾丸を撃ち抜く仕様。並の人間じゃ引き金すら引けないだろう。
だが、俺の憎しみは、人並みじゃない。
――シュオン
周囲のエネルギーが弾丸に集約し、一瞬の静寂が訪れる。静寂を切り裂き、光が辺りを包む。
光景が晴れたときにあったのは、崩れ去った瓦礫の山。そして瀕死の黒蜘蛛の姿だった。
「苦しめ。雑魚が」
「……き、貴様ぁ……」
「よし、まだ生きられるよな?」
その姿を見て安心した。痛みを堪え、漏れ出る蜘蛛の息。それでいい。初めてだろうか? 生きるか死ぬかの瀬戸際の痛みは。歪め、表情も感情も全て。
「それでいい」
顔面に近づけた俺は、絶命しない程度に、かといって痛みはじわじわと効いてくるように、ただ己の苛立ちの解消のために、拳を振り下ろす。何度も何度も何度でも。
「ぐっ、ぐうう……!」
「死ぬな? 死ぬなよ! なあ! 生きていることがこんなに苦しいなんてなあ!」
「うっ、うう……」
「おまえもたくさん殺して生きてきたんだから因果応報だよなあ!?」
「ゆ、ゆるし……」
「許したところでおまえはもうまともに生きられねえんだよ!」
殴る殴る殴る。ただひたすら殴り続けた。時折魔力を込めずに拳を振りかざした。当然魔力がなければ弱い俺の拳は痛む。悲鳴を上げる。骨折しているかもしれない。
だけどそれが気持ちいい。無抵抗な堅い黒蜘蛛の顔面から伝わる痛みが、蹂躙しているという快感で身体をむしばむ。
「……悪魔」
ウェンディがぽつりとそうつぶやく。
“やりすぎだろ……”
“悪趣味すぎ。育ちが悪いんだろな”
“何をこんなにキレてるんだ?”
流れる配信を見て、コメント欄は阿鼻叫喚だった。
誰も共感などしないだろう。というより出来ないだろうこの怒りは。
俺の状況を知らない
「……あ、あいつを」
「なになに!?」
「……こいつを譲るから許してくれ」
震えながら黒蜘蛛が口を開くと、何とそこにはフェリルの姿があった。しかも動いている。
「ブレイくん! もうやめてくれ! 僕は大丈夫だ!」
「……フェリルさん?」
「……傀儡人形だが、意志はある。改造はしているが、脳はいじっていないから記憶もある。感情もだ」
“フェリルきたああああああ!”
“生きてたじゃん”
“はい茶番。解散”
「……他の喰った奴のコレクションもあったが、お、お前が吹き飛ばしてしまった。いまあるのはこれだけで、精一杯の誠意だ」
“よかったああああああ”
“生きてたああああああ”
“ありがとう蜘蛛さん!”
「おまえさあ……」
フェリルに近づいていく。一歩二歩と近づいていくと、フェリルがにこやかに微笑む。これ以上暴れる必要など、憎む必要などないと言わんばかりに。
だけど、
「面白い展開作るじゃん!」
俺は迷わず刀に具現化した
“きゃあああああああああ”
“やば”
“ああああああああああ”
“死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死”
“おい”
“あ”
「なっ……」
「いいこと教えてやるよ」
「フェリルさんは俺の名前なんて知らねえ」
「……は、はっ?」
わからないだろうな。人間としても扱われない職業があるということを。お前は。
「……一端の技術工作員なんて、奴らにとってただの奴隷だからな」
「つまりコイツは、もうフェリルじゃねえってことだよ」
そしてまた殴った。絶命するまで、痛みを与え続けた。
「これが社会だああああああああああああああああ!!!!」
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
・・・
「……そろそろいいか」
子蜘蛛も殲滅し満足して配信終了しようとしたとき、ちらと今回の配信の情報が見える。その数字を見て、思わず右頬が上がった。
再生数 15,764,232
コメント数 28,730,452
「……過去最高の配信だな」
だが、まだメインディッシュが残っている。
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