第7話 こざかしい導入はいらない。

「……」


 ダンジョン前に行くと、深夜にも関わらず報道陣がちらほら見られる。憲兵の現場検証と処理が終わり、ようやく映像を撮れる頃合いか。この事件が他人事だとしたら、俺もどこかから依頼を受けて、撮りにいかされていたかもしれない。しかし、もはや俺には関係ない。


 疾速ザントの魔法をかけ、ダンジョン右側の岩壁まで移動する。俺が何度一人でサボるためにダンジョン近辺をうろついたと思っている。


 もともと、受付嬢がいる正面入口から入る気などない。夜も更け、人気が失せたところで機材の準備を始めた。


 ……何年ぶりだろう。始まる前に、武者震いがするのは。


「これ頼むな。もう回しておいていい」

「……はい」


 ウェンディが返事をする。どうしても今回の撮影には、カメラマンが必要だった。共犯になってしまう旨を伝えながらその役目を頼むと、嫌がるでも喜ぶでもなく、ただその責務をこなすとだけ言ってくれた。


 魔法通信機からフェリルのアカウントのセキュアキーを入力し、アカウントと結びつける。


「どうだ、つながった……な」


 アカウントの視聴者数が天井知らずで増え続ける。同接数、1万、2万、10万……。その数字が、フェリルのアカウントに結びついたことを証明していた。


“えなにこれ”

“乗っ取り?”

“ゾンビ配信きたあああああああああああ”


「……いくぞ」


 言葉通り、俺は行き続けた。道なき道、岩壁を魔力で破壊し続けながらただ前を歩き続けた。手をかざすでも、魔術をぶつけるでもない。ただ前に進んで、道を造り、歩き続けた。


 ・・・


 一方、とある個室の高級酒場。


「ありがとうございます、先生」

「いえいえ、社長も今日はお疲れさまでした」


 「それでは、乾杯」


 二人は満足気にグラスを当てて、優雅にワインをたしなむ。


「あの録音があればだめ押しの武器となる。やはり拙速こそが、我が身を救うんですね」


「お力添え感謝します。今日は前祝いですかね」


「そうですね。この件に関しましては。がはは」


 二人は目配せして豪快に笑った。そのとき、弁護士の魔法通信機が鳴った。


「ああ、私だ。いま会食中でな。またかけ直す」


 その姿を見て、社長は『ごゆっくり』と手を差し出してもう一口ワインを煽る  


「……配信? フェリルのアカウントで? おい、どういうことだ?」


 その言葉を聞いて、ワインを煽る手が止まる。

 慌てて社長はヨーゼウスを開いた。


“これ報道されてたやつじゃね?”

“こいつクソつええや!”

“祭りきたあああああああああ”


「……ブ、ブレイ? なにをしてる?」


 ・・・


 岩壁を壊し続けると、開けた場所に出る。そこには夜営で食事をするゴブリン達の姿があった。その中には一際大きいボスゴブリンの姿もある。


 言葉にならない叫び声を上げ、踊り、各々で興奮を表現する。たき火の近くには骸骨が転がっている。食材には困らないのだろう。残飯といえど、あれだけの人が死ねば。


 その様子を見やると、一斉にゴブリンがこちらを見やった。


「……怒りや不快さ、それが一定値を越えると、あなたの魔力は跳ね上がります」


「なるほど」


 俺の存在に気がついたゴブリンがにやにやと卑しい笑みを浮かべて、じりじりと距離を詰めてくる。夜にダンジョンに忍び込む人間はいない。夜行性のモンスターが目を覚まし、狩りをはじめる時間だからだ。奴らから見れば、格好の餌だろう。


「……」

「……! キィィイイイイイイイイイイ!」


 だが、俺はこいつらに用はない。こいつらに時間を取られる筋合いもない。づかづかと前に歩いていくと、戦闘の間合いに入っていたのだろう。数十匹以上のゴブリンが一斉に襲いかかってくる。


 だから、睨みつけた。


「ギ、ギイイイィアアアアアア!」


 ただそれだけで、ゴブリンは粉々に消し飛んでいった。無惨に、ある一匹は壁にぶつかり、ある一匹はその場で爆ぜ、ある一匹は恐怖から自害する。それぞれの形で、命を落としていく。


 ……俺がした睨みつける行為、というのは少々省略しすぎだったかもな。

 俺は、睨みつけた。


 こいつらの存在が何度撮影をリスケさせただろう。大量発生すれば撮影場所を変え、その許可撮りに数多の時間を割かれ、俺の睡眠時間が削がれる。それがミスを誘発し、あのクソ野郎に怒られる。段取りの悪さを目の当たりにした後輩が、より一層見下すようになる。


 ……ああ、でもあの後輩は死んだんだっけ。

 人をバカにして足元見てるからこうなるんだよ。クソ野郎。最後にブン殴りたかった。その機会すら逃した。


 ……クソが。


 怒りの余り、眉間に皺がグッと寄ったのが自分でもわかる。その瞬間、残党のにたにたと笑っていたゴブリン達の顔が青ざめたのも。


「……なに、見てんだよ!」


 人は感情を取り違える。何が原因とか、そんなのどうでもいい。ただ俺を舐めて、食えると思って、油断して近づいてきていたゴブリン達の顔が、ムカついた。一匹、二匹、ついでにぶちのめす。しかし、こんな奴らに時間を割いても、ただ無作為に時間を食うだけだ。


「もういいや」


 俺は親玉ゴブリンの背後を疾速ザントで取り、思い切りブン殴った。死なない程度に、と思ったが、気を失う寸前だった。


「……思いの外もろいな」


 ただただ、死なない程度にボスゴブリンを殴り続けた。足が腕が耳が欠損していく。血しぶきが飛ぶ。段々と抵抗する力が弱まっていく。目の光が失われていく。


「やっとわかった? 俺の方が強いって!」


 何発か殴り続けたのち、ボスゴブリンが死んだとわかった。だが、俺は自分の無能っぷりが酷く悲しくなった。こんなので、こいつが一瞬で逝ってしまったら、どれだけ与えられた絶望を損してしまったのか。その苛立ちから、死体を憂さ晴らしでひたすら殴り続けてしまった。


「ああ、うぜえなあああああ!」


 何十発も殴ったのち、周りを見渡すとゴブリンがちじこまり、頭を押さえ、泣いているのがわかった。


 ……ああ、本能的に感じたのだろう。こいつは狂っている。逃げても意味がない。俺たちはここで死ぬんだって。


「……それでいい」


 俺はその事実に満足して、盛り上がっていた食事会場に転がっていた骸骨達を粉々に砕いて、ダンジョン内に吹く風に乗せた。


「せめてもの役に立てよ、クソ後輩。ゴミ社員ども」


 弔いの気持ちなど微塵もない。微かに通る風に乗った骨塵の方へと疾速ザントの魔法で跳んでいくと、岩肌に瘴気を感じた。


 それが黒蜘蛛の子供だとわかった瞬間、握り潰した。怨みのない子供には、せめてもの苦痛は一瞬でいい。


「……ほう、お前」


 そこには、黒蜘蛛エメリの姿があった。

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