第3話 新しい配信などない。
「なんかこのダンジョン、異様な雰囲気だな」
「気のせいだろ。初心者用のダンジョンだぞ」
「それもそうか。あっ、さっき照明と通信魔法の切り替え、最終確認しといたわ」
「了解」
「……」
本番前の最終予行演習も終え、ようやく一服。煙草を吸っていると、近くにいた技術工作員がそう話していた。
――それにしてもすごい殺気出していたな。殺されるかと思った。
――なんか見てると、寒気がして
……なんか今日は、みんな不穏なこと言ってるな。
まあいいや。大きなハプニングなく、無事に終わらせる。それだけだ。
ギリギリまで吸った煙草の火をもみ消して、ダンジョン入口前へと向かった。間も無く本番だ。
・・・
「三、二」
指での一のカウントダウンと共に、フェリルが一声目を放つために大きく息を吸う。
「はいみなさんこんにちわ! ダンジョン配信者のクラウス・フェリルです! 今日はこのリスト地方にあるアイーノダンジョンを攻略して行きたいと思います」
必要な本番前の段取りは無事に終え、放送は始まった。台本の打ち合わせでも、上司があれやこれやと難癖を入れてきたが、あらかじめ想定済みの内容だったのでうまく躱せた。
“こんフェリ~”
“えビジュ良すぎ”
“がんばって!”
さすが人気配信者。スタートした瞬間に、待機していたファンたちのコメントが流れ込んできた。通信魔法配信プラットフォーム『ヨーゼウス』の同時接続者数は1万5千を超えていた。
「視聴者数、上々ですよ」
「……まあ、フェリルさんの配信がいつもこのぐらいいくからな」
技術工作員の一人が嬉しそうに声をかけてきたが、それほど喜ばしいことでもない。あくまでフェリルさんの力だ。俺たちは何もしていない。
……とはいえ1万5千人が見ていることも事実。粗相がないように引き続き気を張らなければ。
「このアイーノダンジョン。ゴブリンやスケルトンが多く、新米攻略者も多く訪れることで有名ですね。かくいう僕も、兵士学校時代に仲間とよく行かされました」
“え、アイーノいるの!? 地元なんだけど”
“さっきまでそこにいた、、”
“ショタのふぇりーる(;´Д`Aハアハア”
「というわけで今日はそんな兵士学校の教訓でもある『初心忘れるべからず』の精神で、アイーノダンジョンを攻略していきたいと思います。……このレイヴン社から新たに製造される、ダンジョン特化型初心者剣、<エクスカイザー> フェリルモデルと共に!」
“案件助かる”
“クソ真面目で可愛い”
“カンペチラチラw”
つまらない。実につまらなく平凡な導入だ。
世の中にこんなつまらない配信が溢れている理由は数多くある。最たる理由が、“周囲への配慮”だ。一見それは必要なことに思えるが、いき過ぎるとこんな形になる。
お金を出しているスポンサーの商品を褒めなければいけない。
スポンサーの多少の無理を通すのはサービス。
出演者のイメージを損なう企画はNG。
出演者に怪我をさせてはいけない。
ユーザーの低評価は今後の仕事に響く。
スポンサー、出演者、出演者の所属団体、関わっている広告会社、技術工作員、ファン、全ての顔を立てて配慮しなければならない。
その全てに配慮してできたのが今の導入だ。丸くなりすぎて何も尖りはない。だが、これで全ての人間の監修は通った。別段誰しも、そんな尖った面白い配信など、求めていないのだ。変に炎上することの方がよっぽど怖いのだ。
結局これが皆が求めている形ならば、お金をもらっている俺たちは、そういうものを提供する。それだけだ。
導入は終わり、フェリルはダンジョンへ潜っていった。
・・・
フェリルは次々と襲い掛かるスケルトンとゴブリンにとどめを刺していく。
「うん。この剣、軽量な割に切れ味や威力はしっかりしていますね。長すぎず、大きすぎないので女性の初心者攻略者でも安心できそうです! 両手でしっかりと振り下ろす構えがおすすめです。距離を測り違えると、胸に隙が生まれるので、そこは気をつけてください」
そりゃそうだろ。
鼻くそでもほじりながら『アホらし』と言いたくなる内容だ。
このダンジョンのレベルは、明らかにフェリルの実力に見合っていない。そりゃ君ほどの剣士ならこの剣は振りやすいし、簡単に薙ぎ倒していけるでしょ。
……という野暮なツッコミはなしだ。現にコメント欄は大いに盛り上がってる。
“私にも切りかかって←バカw”
“所作が美しすぎる……”
“戦う男の汗ほんますこ”
結局推しがそこにいて、イキイキとしていればいいのだ。推しは生きているだけで、描き下ろしだからな。
ぼーっとフェリルの無双っぷりを見ながら、ふと我に帰る。
……ああ、俺はこれからもこんな風に、毒にも薬にもならないダンジョン配信者のお手伝いの仕事をして、上司に蔑まれながら、見下されながら、金をもらい生きていくのだろうな。
せめて、自分の人生を生きてみたかった。
――ヒリヒリ
その時、不意に背後から肌がひりつくような感覚に襲われた。咄嗟に振り返るも、そこにいるのは見慣れたスタッフの顔だけ。
「……?」
そして右手で何かを握るような形を取っていた。その手の真意は、自分でさえわからない。
「……」
背後に潜んでいた影の正体も。
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