うるせえコッチ見んな

あしゃる

うるせえコッチ見んな

 悲鳴。

 胃袋から食道、気管にかけて雑巾絞りをするぐらい声を捻り出す。

 面倒だから、酸素は吸わない。

 水分を空気中に吐き出して、喉をからからにする。

 酸素不足。

 頭が痛い。

 喉が痛い。

 人間は回遊魚なんだ、酸素を吸うために何か目標がないといけない。

 生きる目標。

 面倒くせえ。

 ただ生きるが目標だ。

 目標が無くなれば、生きる意味が無い。

 誰かに殺されんのは癪だ。

 だから、自分が殺す。

 悲鳴。

 今度は音声無し。

 かぴかぴの喉じゃ、音は出ない。

 頭の血管がどくどく言う。

 鼓膜が脈動する。

 目の前に星が光り出した。

 あと少し。あと少しで、殺せる。



 「――――――、―――――」



◯◯◯


 ひでえや、と呟いた。誰も答えてはくれないけど、そのまま続ける。

 「うん、ひでえ。なにやってんだよ」

 目線の先には、地面に転がる幼馴染。首に手をかけていて、また自分の首を絞めていたことが見て取れる。意識が飛ぶ直前で絞める力を緩めて、死なないようにしたんだろう。

 「なにやってんだ本当」

 幼馴染に近づくと、すう、すう、と呼吸音。安定しているし、手を握るとあたたかったので今回も命に別条はないんだろう。毎度発見するこっちの身にもなってほしいが。

 優しく頬を叩いても目を覚まさない。声をかけても起きない。多分こいつ、満足するまで起きない。

 「…………ああもう、またかよ」

 こいつは、死にたがりだ。よく自分の首を絞めては、死ぬ直前でやめてそのまま意識を失う。そして、発見するのはいつもこっち。家だろうと道路だろうと公園だろうと学校だろうとこいつは思い立ったらすぐに死のうとするので、誰かが見ていないとそのうち本当に死ぬんじゃないかと思ってる。

 幼馴染は尋常じゃない叫び声を上げて首を絞めているので、見つける為にはまず叫び声を探すのが必要だ。そして、見つけた後も大抵意識を失って寝ているので、見つけた人はなんとかしければならない。

 とりあえず、そのまま放置することもできないので、幼馴染の身体をぐっ、と持ち上げて背中に担ぐ。一度地面に置いたビニール袋を片手に持って、歩き始めた。

 一歩一歩、目的地に向けて歩を進める。その度に幼馴染はずり落ちてきて、八歩に一回、こいつを元のポジションに戻さなくちゃならない。正直言って、すごく面倒。でもほっておけないから、何とかしなくちゃという謎の使命感でこいつを背負っている。多分この使命感は幼馴染に対する気持ちの表れ。

 「おまえマジ起きろ早く……」

 またずり落ちそうになる。元のポジションに持ち上げると、がさ、とビニール袋が音を立てた。

 くっそ、こいつ重い。昔に比べてかなり重くなった。つーか早く起きろ、こっちがおまえの重さで潰れそうなんだよ。いいのか、小学校来の幼馴染が潰れて。

 重さによる疲労で、腕が痺れてくる。足を踏み出すごとに、地面に沈み込みたくなる。汗が首筋を、頬を伝って地面に落ちた。

 「…………くそ」

 なんでこいつを運んでんだろう。疲労で分からなくなる。変な考えばかり浮かんでくる。あー見放せばよかったとか見ないふりしとけばよかったとか。


 自分で首を絞めて、そのまま死んでしまえばよかったとか。

 そんな考えが、汗とともに流れ落ちる。


 でも、そんなのはタラレバ話。それに、本当に”そう”とは思っていない。ただの冗談。

 冗談だけど、本当になったら嫌だから口には出さない。言葉には言霊というなんか妖精?精霊みたいなのが宿るって誰かが言ってた。厨二病に罹患してた時に知った。

 「おーーきーーろーー!!」

 元のポジションに戻すがてら、大きく体を揺さぶる。ぶっちゃけそれすらもキツくて、これで起きなかったらこっちが倒れてしまう。

 頼む、起きてくれ。そう願いながら体を揺さぶる。と、

 「…………う゛ん」

反応があった。もぞ、と体が動き、眉間にしわを寄せる。

 起こすなら今がチャンス。そう思って、更に声を出した。

 「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ」

 ”起きろ”、がゲシュタルト崩壊するぐらい言いまくって、約三秒。

 「うっせ聞こえてる…………」

 やっと幼馴染が起きた。


◯◯◯


 「おまえとりあえず降りろ。重い潰れる」

 「は?…………なんで担がれてんの」

 「おまえが!道で!寝てたの!」

 「…………ああ、首絞めたから」


 ふざけんじゃねーよ誰がおまえ運ぶと思ってんだ。ぶつぶつと呟きながら、幼馴染を地面に下ろす。同時に訪れる開放感。全身が今までにないほど軽い。

 「マジ首絞める癖直せよ」

 「無理」

 「はあ〜〜〜〜〜〜?こっちは倒れてるおまえ見る度に心臓止まりそうになるんだけど、絶対寿命おまえのせいで縮んでるぞ何年か。責任取れよ」

 うっせ、だったらほっときゃいいじゃねえか。幼馴染はうざそうに耳を塞いで、そっぽを向く。この状態になったらしばらく機嫌は戻らない。本当こいつ面倒くさい。昔はあんなに素直だったのに、と言いたいけど、こいつは昔から面倒くさかった。

 「とりあえず行くぞ。公園」

 「は。なんで」

 「約束したやんけ。明日行こうって」

 「あ………。すまん忘れてた」

 機嫌悪いながらも謝ってくるから見捨てられないんだよな〜〜〜。面倒だけど嫌なやつじゃないもん。ずっと前から知ってる。

 ほら行こう、と手を引っ張って目的地である公園へ向かう。自分の手が汗で濡れてたけど、こいつも汗で濡れてるからおあいこ。ここで気持ち悪いとかくさいとか言われたらこいつを投げ捨てる腹づもりだ。

 「…………んで見捨てないんだよ」

 手を引っ張って歩いていると、ぽつり、と呟かれた。その声色は酷く不機嫌で、ぶすくれている。後ろを振り返ると、幼馴染はまだそっぽを向いていた。

 「おい」

 「………………」

 こっちを見ろ、と言外に伝える。でも、幼馴染は黙ったままだ。

 「おい、こっち見ろ」

 「………………何で迷惑掛けてんのに見捨てないんだよ」

 そっぽを向いたまま、幼馴染が続ける。声は不機嫌なままだけど、それに少しの不安が混じっていた。………不安があるってことは、罪悪感は感じてるって事だよな。

 は?

 こいつ何に対して不安になってんの?

 こっちが見捨てるとか思ってんなら、めっちゃムカつくんですけど。

 「おーまーえーはーよお!」

 「っ何す、」

 「うるせえ黙れ!」

 繋いだ手を強く握り、そのまま幼馴染を引き寄せる。そして、そっぽを向き続けている顔を無理矢理こっちに向かせて、目を合わせた。

 額をつき合わせて、ほぼ吠えるように言う。これだけは絶対言わなくちゃならない。

 「嫌ならおまえのこと、とっくに見捨ててる!おまえが大事だから、助けるんだよ!」

 「…………は」

 「何年幼馴染やってると思ってんだ、大事に決まってんだろ!ほら公園着いたぞ、ベンチ行く!」

 幼馴染は目を丸くして、言葉も出ない様子。はくはくと口を動かして、必死に言葉を探しているようだ。でも、言葉を待つ必要は無い。

 ずりずり、幼馴染を引き摺るようにしてベンチへと向かった。


◯◯◯


 幼馴染をベンチに座らせる。その隣に座って、ビニール袋からアイスを取り出した。

 「はい、おまえの分」

 「ちょっと溶けてる…………」

 「おまえのせいだっつーの。嫌なら食べなくてよろしい」

 「食べないとは言ってない」

 じゃあ文句言わない、と言いながらアイスの袋を開けた。少し溶けてるけど、その分食べやすくなってる。

 いつも公園に行く度、アイスを買ってベンチで食べる。いつ始まったのか覚えていないけど、何年も続いているこいつとの時間の一つであることは確かだ。

 アイスは何を買うか決まっていて、こっちはチョコモナカジャンボ、幼馴染はブラックモンブラン。ちなみに、ブラックモンブランは一度も当たりが出ていない。

 二人してこぼれやすいアイスを選んで買っていた。特に、幼馴染はブラックモンブランのアーモンドをこぼしやすく、食べ終わった後のベンチ下では鳩が群がったり、蟻が群がっている事が多くあった。

 ぼろぼろウエハースだのアーモンドだの地面にこぼしながらアイスを食べ進める。会話は特にしない。それよりも先に、アイスを食べ終わりたい。その一心で、食べ続ける。アイスを食べながら話しても、アイスを食べるのに集中してしまって話の内容が頭に入ってこないから。

 やがて、食べ終えて。

 幼馴染は、ブラックモンブランのハズレの棒を咥えながら、話し出した。


◯◯◯


 「んで、回遊魚なんだろうな」

 「ああ、マグロみたいな?」

 「ん。何で人間も回遊魚なんだろうな。目標なかったら死んじまうなんてクソな生態だろ」

 「……あー、感情と欲があるからじゃね」

 「その感情と欲だって、なんであるんだろ」

 「無かったら人間は死んじゃうからじゃね。それに付随して、目標も必要なんじゃ」

 「一生目標を立て続けなきゃ死んじまうなんて疲れるだろ。生きるじゃだめなのかよ」

 「なんかアリストテレスみたいな事言うなあ。哲学始まっちゃう」

 「俺あのおっさん嫌い。生きるとか知らねえし、分かんねえ。つうかよく生きなくても、ただ生きときゃ人間でいられるだろ」

 「それは確かにそう。でもそういうの考えんのは楽しいだろ」

 「まあ、確かにそうだけど。……それは置いといて。なんかさ、人に殺されるのって癪じゃんか。何の許可あって殺してんだ馬鹿がって」

 「うん、まあ思うよ」

 「誰かに殺されるなら自分で殺した方がマシだよな」

 「うん」

 「だから、首絞めてんの」

 「文脈がおかしい」

 「は?ちゃんと順序立てて話してるだろ」

 「話がぶっ飛び過ぎなんだって。何で今、首絞める必要があんの!?誰にも殺される必要ないだろ」

 「それでも、殺されるかもしれないだろ」

 「絶妙に話が噛み合ってないと思うのはわたしだけ?今!おまえを!殺すやつはいないだろ!」

 「いるかもしれないだろ。だから先手を打って自分で殺す」

 「いやドヤ顔すんな。おまえ自分の命とんでもねえ事に晒そうとしてんだぞ。消す必要のない生命を無駄に危険に晒すんじゃねえよ」

 「…………つか何でお前は俺に構うんだよ。俺が死んでも、幼馴染が減るだけだろ」

 「それが嫌なの!おまえに死なれたら、わたしは!…………ああもう、本当おまえ鈍いよなあ!」

 「は、俺のどこが鈍いんだよ」

 「そう言うところ!おまえさ、考えてもみろよ!普通、幼馴染とは言え何度も死のうとしてる奴いたら嫌われてるんだぞ!わたしがここまでする意味を考えたことないの!?」

 「………無い」

 「ッは〜〜〜〜〜〜〜。あーそうだよな、おまえは言わせるもんな。言いたくねえけど、言わせんのがおまえだもんな。分かってる、もうおまえがどんな奴かはちゃんと分かってる。ずっと幼馴染やってきてるから分かってる。それを踏まえて言うぞ」

 「なにを、」


 「わたしは、おまえの事が好きなの」

 「おまえとずっと一緒にいたいの」

 「だから、自分で殺そうとするなよ」


 「死なないでよ、好きだから」



◯◯◯


 ずっと昔から一緒に居た幼馴染は、俺の事が好きらしい。

 いつものように大胆不敵に笑っている顔は赤面していて、目にはうっすらと涙を浮かべていた。普段は男勝りな様子なのに、今は年頃の女子、というような様子。いつもとあまりに違うその様子に、柄にもなく動揺してしまう。

 「おまえにその気が無いのは分かってる。でも、おまえが死ぬのは嫌なんだ」

 だから、殺そうとすんなよ。小さく呟かれたその言葉は、俺の心臓を跳ね上げさせた。


 不覚にも、ときめいてしまった。


 「付き合おう、とかそう言うのは別に良い。ただおまえにわたしの気持ちを知って欲しかっただけだ」

 まだ赤面している幼馴染は、今まで見たことのない顔をしている。こいつこんな顔できるんだ、と思考を半ば放棄しながら俺はぼうっと見ていた。

 …………いや待て、こいつなんて言った?俺の事を「好き」っつった?こいつが?自他ともに認める面倒な男の俺を、「好き」って言った?


 は?


 こいつ、こんな手のかかる、しかも死にたがりな男が好きなのか?男の趣味悪すぎるだろ、こいつ頭大丈夫か。

 「おま、頭大丈夫か」

 「あ゛?喧嘩なら買うぞ………おまえ、顔赤いけどどうした?」

 呆然と呟く。俺の幼馴染は、頭がおかしいのか。それとも、俺の頭がおかしいのか。

 だって、こいつが言った事に対して、「嬉しい」と思う気持ちがある。「よかった」という想いがある。

 「どした、本当に大丈夫?熱あんの?」

 こいつはさっき、「ずっと一緒にいたい」と言った。そもそも、俺たちはずっと一緒にいるもんじゃ無いのか。離れることなんて無いはずだろ。

 「なあ、俺たちって離れることあるの?」

 「?あるだろ、おまえが彼女とか作って、どっか行ったら」

 「俺どこにも行かないぞ?」

 「は?」

 「「???」」

 話が噛み合ってない気がする。

 なんでこいつは、俺と離れる気なんだ?

 俺はこいつと生きていかないのか?これからもこいつと生きて、そんで俺が死んだ後に俺の線香をあげるはずじゃ無いのか?

 こいつなら、そこまでやってくれそうなんだが。

 これは、俺がおかしいのか?

 「俺の線香、あげるよな」

 「ねえまだ死のうとしてんの!?」

 「それでも死んだ時俺の線香あげるよな」

 「それはまあ、そうだけど」

 好きだし。好きなやつの線香はあげに行くよ。幼馴染は、少し哀しそうな顔をして答える。

 ………そうだよな、あげるよな。俺もこいつが死んだら、こいつの線香あげる予定だし。

 「そう言うこと当たり前に言うからいけないんだよ。おまえが、そんな当たり前みたいにわたしと一緒にいるって言うから」

 「は、当たり前じゃねえの?一緒に居るんじゃ……」

 「おまえに好きな人が出来たら一緒にはいられないよ。いつまで経っても異性の幼馴染がそばにいたら、おまえの彼女さんにも申し訳ないし」

 好きな人。

 ……………好きな人?


 こいつは俺が好きだから一緒にいたい。

 俺に好きな人が出来たら一緒にいられない。

 俺は好きな人がいないけど、こいつと一緒にいたい。

 好きな人。

 改めて考えてみる。

 好きな人は、俺が「好き」と思う人。ずっと一緒に居たいと思う人。

 これからも、一緒にいてくれる人。


 「あれ?」

 俺、もしかして好きな人いるんじゃ。


 「どうした?」

 幼馴染は未だ俺の体調が悪いと思っているのか、心配するように顔を覗き込む。


 その顔を見ると、声を聴くと心臓が跳ね上がる。

 妙に苦しい、でも満たされる気持ちが湧き上がってくる。

 何だ、これ。


 「……って、顔真っ赤じゃん!本当に大丈夫!?家戻るか!?」


 この感覚は、もしかして。

 今まで感じたことはないけど、何度も小説や漫画で取り上げられていた感覚。


 俺は、こいつの事が好きなのでは?


 すとん、と気持ちが落ち着く。あ、本当なんだと素直に納得できた。

 俺は、こいつの事が好きなんだ。


 顔が熱くなる。多分、俺の顔は真っ赤になっているだろう。俺の反応がない事に、幼馴染は血相を変えて尋ねる。

 「おい!本当に大丈夫か!?」

 頼む、今は話しかけないでくれ。自分の気持ちをやっと自覚できたところで、頭が混乱してるんだ。

 「ねえって!」


 「う………」


 ぐるぐると廻る思考の中で、何とか捻り出せたのは。


 「うるせえコッチ見んな」


 幼馴染への、照れ隠しだった。

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うるせえコッチ見んな あしゃる @ashal6

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